約束が破られるとき
俺が二人の元へと辿り着いた時、目の前で男に強引に腕を引っ張られ、あいつが無理矢理連れていかれそうになっていた。
「やめて・・・・・・離して・・・・・・」
必死に抵抗する葵葉。
その姿は、どこか苦しそうで、胸元を抑えては息も途切れ途切れ。
「葵葉っ!」
慌てて葵葉を助けに行こうと飛び出しかけた俺を、師匠が突然後ろから腕を捕んで制する。
「師匠!どうして止めんだよ」
「待って下さい。あの人・・・・・・」
「っあいつ!ここ最近、朝早くに参拝に来る人間じゃないか。どうしてあいつが葵葉を追いかけてるんだ?」
「さぁ?私に聞かれても。その理由を知る為にも、もう少し大人しく様子を窺がってみませんか?」
師匠の言葉に、俺は近くの木に隠れて、もう少しだけ二人の様子を窺う事にした。
「お兄ちゃん離して。神耶君と約束したの。今日も一緒に遊ぼうって、約束したの。」
「ダメだ!この大事な時に無茶なんかさせられない。さぁ、帰るぞ!」
「嫌・・・・・・離して・・・・・・・・・。お願いだから・・・・・・離して・・・・・・。
神耶君、神耶君どこにいるの?お願い・・・・・・出てきてよ。」
「葵葉、頼むから言う事を聞いてくれ!」
なかなか大人しくならない葵葉を、後ろから羽交い締めして、真剣な顔で葵葉を諭す兄と呼ばれた少年。
「これはこれは、危ない兄弟関係ですね~」
「・・・・・・」
緊迫した様子に似つかわしくない冗談を、師匠が俺の耳元で囁いた。
だが俺は、そんな師匠を無視してじっとその光景を見つめ続ける。
「嫌だお兄ちゃん、お願い・・・だがら・・・・・・離し・・・て・・・・・・」
「葵葉?おい、葵葉!」
おかしい。明らかに様子がおかしい葵葉の姿に、俺は思わずその場から飛び出す。
「あっ、神耶!」
師匠の制止も無視して。
俺に気付いたのか、額に大粒の汗を沢山浮かべながら、葵葉の視線がこちらを向く。その顔には笑顔が浮かんだ。だが、笑顔の葵葉とは対称的に、彼女の兄はガサガサと俺が立てた物音にビクンと肩を跳ね上げ、驚きと恐怖を表情に浮かべながら、キョロキョロと辺りを見回していた。
そんな二人の元へ、俺はゆっくりと近付いて行く。
「神耶君・・・・・・ゴメンね。約束守れなくて・・・。明日、明日は絶対・・・遊ぼうね」
そんな俺に向かって必死な様子で謝る葵葉。
「何言ってるんだ葵葉?誰もいないじゃないか。良いから、早く帰るぞ」
だが、俺の姿が見えない兄貴の方は、恐怖心に顔を真っ青に染めながら、すぐにでもこの場から離れようと必死に彼女の腕を引っ張る。
「痛い。痛いよお兄ちゃん。ちょっと待っ・・・・・・」
半ば引きずられるように、俺から離されて行く葵葉。助けてと言わんばかりに、必死にこちらに向かって手を伸ばしてくる。
手を伸ばせば届くはずの距離まで俺も二人に近づいていた。
・・・・・・けれど、進めていたはずの歩みを、俺は突然止めた。
俺に向かって伸ばされたその手をとる事はしなかった。
ただただ、遠ざかって行く二人の様子を・・・・・・じっと睨み続けた。
「あいつが・・・・・・葵葉の兄貴?」
あの少年は、毎朝のように通っては、真剣に願っていた。
俺の睡眠を邪魔してまで必死に願っていた内容は---
『神様・・・お願いします。どうか・・・・・・どうか妹を助けて下さい。』
「・・・・・・あいつ」
「神耶?そんな怖い顔して…どうしたんですか?」
いつの間に俺の隣に立っていたのか。師匠のそんな問い掛けにも答えずに、二人の後ろ姿を俺はいつまでも、いつまでも、睨み続けていた。
***
その次の日--
葵葉は神社に来なかった。
次の日も、そのまた次の日も・・・・・・あいつが社に来る事はなくなった。