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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
69/94

葵葉と朔夜の初デート?

「次は、終点〜終点〜」


車内に流れるアナウンスに、はっと目が覚める。


結局あの後、ホームを駆け下りる私達に気付いてくれた車掌さんが、私達が乗車するまで発車を待っていてくれて、何とか無事電車に乗り込む事が出来た。

田舎ならではの温かい心遣いに心から感謝だ。


そうして電車に乗った私達は、お母さんが用意してくれたおにぎりを食べながら電車に揺られ、いつの間にか眠りに落ちてしまっていたらしい。気が付けばあっと言う間に電車は終着地点へと辿り着こうとしていて――



「神崎君、ねぇ起きて神崎君!」

「……ん〜」

「起きてってば。私達、終着駅まで来ちゃったみたいだけど大丈夫? もしかして乗り過ごしたんじゃない?」



神崎君が目指す目的地を知らされていなかった私は、慌てて四人がけの向かい席に座る神崎君を揺すり起こした。



何度目かの呼び掛けで、やっと目を覚ました神崎君は、酷く不機嫌な顔をしながら視線を漂わせていた。



「ん〜……なんだよ、どうしたんだよ葵葉?」

「だから、私達乗り過ごしちゃったんじゃない?」

「大丈夫だって。乗り過ごしなんかないから。だって俺等の目的地は終着駅なんだから」



寝ぼけ眼でそれだけ言うと、神崎君は再びすーすーと寝息を立てながら夢の世界へと戻って行ってしまう。



「そっか、なら良かった。けど……」



どうしてわざわざこんな遠くに?

終着駅は、私達が乗った駅から一時間はかかる。

まさか、ここまでの遠出をするとは思ってなかった私は驚かずにはいられなかった。


遠出をしてまで神崎君が行きたがっている場所とは、いったいどんな場所なのだろうか?

窓から見える見慣れない景色をぼんやりと眺めながら、私はそんな事を考えていた。


そして、それからさほど時間を待たずして、電車は終着駅へと到着した。



「ここが、神崎君の目的の場所?」

「正確には、駅を出た所にある商店街が、だけどな」

「商店街?」



そんな会話を交わしながら私達は電車を降りる。

私達が乗り込んだ時には1人、2人しか乗っていなかった車内が、今は降りる順番待ちをする程に混雑していた。

駅校内に降り立つと、更に電車に乗る人、降りる人、そして乗り換えに慌ただしく移動する人と、様々な人の波でごった返していた。



「おえ、人がいっぱいいやがる。気持ち悪ぃ。やっぱり帰りてぇ……」

「帰りたいって、まだ来たばっかりだよ。神崎君がここに来たいって言って強引に連れて来たのに、もう帰りたいの?」

「うるせぇな。俺は人混みが嫌いなんだ」

「嫌いって……神崎君が来たいって言ったのに」



今にも回れ右して、降りたばかりの電車に乗り込みんでしまいそうな程うんざりした顔の神崎君を、決して逃すまいと私は彼の手をがっちり掴んで先へ進むよう促した。


――と、その瞬間、私の中に何か懐かしいものが込み上げてくるような、そんな不思議な錯覚に襲われて、私は足を止める。



「どうした、葵葉?」

「…………ううん。何でもない」



今の感覚は、何?

突然襲われた不思議な感覚に、私は首を傾げながらも、何でもないと返事をして再び歩き出した。



改札を抜け、駅の南口を出ると、綺麗に飾り付けられた大きなクリスマスツリーが目に飛び込んで来る。

目の前に広がる幻想的な景色に、「うわ〜凄い!」と私の口から感嘆の声が漏れる。

その隣で、神崎君は感嘆とはまた少し違った驚きの声をあげていた。



「何だこれ? こんな巨大な木、前はなかったのに」

「何って、クリスマスツリーだよ」

「クリスマスツリー?」

「そう、クリスマスツリー」


と言ってもピンときていない様子の神崎君に、今度は私が驚きの声を上げた。



「……て……え? 神崎君もしかして、クリスマスツリー知らないの?」

「な、バ、バカにするな! クリスマスツリーぐらい知ってる! 西洋から入ってきた、やたら派手な木の事だろ!」

「…………まぁ、確かに、間違ってはいないんだろうけど」

「な、何だよ。人をバカにしたような顔しやがって」

「いや、あまりに変化球な返しに、どう反応したら良いのかわからなくて。もしかして神崎君って、クリスマスツリー見るの初めて?」

「う、うるせぇ。悪いかよ」

「嘘、本当に初めてなの? 私でさえ見たことあるのに、今時そんな人いるんだね」

「お前今、絶対俺のことバカにしただろ!」



顔を真っ赤にして怒る神崎君。

恥ずかさを隠してムキになって怒る彼の姿が、何だか可愛いらしく感じられて、私は自然と声を出して笑っていた。



「な、何笑ってんだよ! 笑うな!」

「だって、何か可愛いんだもん」

「かっ……可愛いだと? 葵葉のくせにバカにしやがって! もう良い! いつまでも笑ってねぇで早く行くぞ!」

「あ、ちょっと待ってよ。行くってどこに行くの? そろそろ行き先を教えてくれても……」

「良いから黙ってついて来い!」



神崎君に手を引かれながら駅前を離れ、南に向かって歩いていくと、すぐに様々なお店が立ち並ぶ賑やかなな通りが見えて来た。

きっとここが神崎君の言っていた商店街なのだろうとすぐにわかった。


クリスマス一色に飾り付けられた華やかな商店街の姿を、落ち着きなくキョロキョロ見回しながら、私達は奥へ奥へと進んでいく。


と、突然前を歩く神崎君が立ち止まり、周囲に気を取られていた私は前方不注意で、彼の背中に突進してしまった。



「わっぷ――」

「あったあった、着いたぞ葵葉。あれが目的の場所だ」



鼻を抑えながら、ひょっこり神崎君の背中から顔を覗かせ見ると、彼の指し示す先には全く予想もしていなかったお店が立っていた。



「……え……目的の場所ってもしかして、あのお店?」



そこにあったのは小さいながらも一際派手に装飾されたお洒落なお店で、側には「クレープ」と書かれたのぼり旗が、ヒラヒラとはためいていた。

旗を揺らす冷たい風に乗って、甘い香りが私の鼻先まで漂ってくる。


甘党な人にとっては、匂いだけでよだれが出そうなほど良い香りではあるが、まさか神崎君がクレープ好きと言うまるで乙女のような一面があったとは。

しかも電車で1時間もかけてわざわざ食べにくる程クレープ好きだったとは。

想像もしていなかった彼の以外な一面に驚きつつ、その驚きは次第に笑いへと変わって行った。



「おい、また何堪えたように笑ってんだよ、葵葉」

「だって、やっぱり今日の神崎君、何だか凄く可愛いから」

「だっから、可愛いって言うな! やっぱりお前、俺の事バカにしてるだろ!」

「バカになんかしてないよ。どっちかって言うと、褒めてるんだよ?」

「うそつけ。可愛いなんて言われて喜ぶ男がどこにいんだよ。それは絶対バカにしてる」

「違うって。神崎君って我が儘で自分勝手で面倒な人で、ちょっと苦手意識もあったけど、素直じゃない子供っぽい一面とか、実はクレープ好きって言う意外な一面を見られて、ちょっと神崎君に親しみが沸いたって言うか? ん〜、やっぱり可愛いって言葉が一番しっくりくるんだけどなぁ」

「はぁ?俺が我が儘で自分勝手? んな事、お前にだけは言われたくねぇ!」

「えぇ酷い。私、神崎君に我が儘だなんて思われるような事した覚えないんだけど」

「あぁ〜もう、うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ! んな下らない話、今はどうでも良いから、早くあの列に並ぶぞ!話してる間にまた列が伸びちまったじゃないか」



ばつが悪いのか、それとも早くクレープが食べたくて我慢できないのか、無理矢理話を終わらせた神崎君は逃げるようにクレープを買い求める人の列へと並びに行ってしまった。



「あ、ちょっと待ってよ、神崎君!」



私も急いで彼の後を追いかけた。




***




その店は余程人気なのか、私達が順番を待っている間にも、どんどんと列を後ろに長く伸ばしていた。

私達がクレープにありつけたのは、並び初めてから30分以上経った頃。

今から並びはじめていたら、もっと時間がかかったかもしれない。

神崎君が朝早くから迎えに来て、早く行こうと急かしていた理由が何となく分かった気がした。


やっとの思いでクレープを手にした私達は、行列を離れ、近くにあったベンチにどちらかりともなく腰掛けて、二人揃ってぐったりと項垂れる。



「…………疲れた……」

「……私も……」

「……食うか」

「……うん」




疲れ果てた声で短く会話を交わし、一息吐いた後で念願のクレープを口にする。

すると、一口食べて思わず「美味しい!」と声が自然に漏れ出た。

その一口に、ここに辿り着くまでの苦労がキレイさっぱり吹き飛んで行く。



「雑誌で紹介されるくらい人気の店らしいぞ」

「へ〜そうなんだ。なるほど、だから神崎君は来たがってたんだね」



神崎君の説明に納得しながら、私のクレープを食べる勢いが止まらない。

神崎君との会話もそこそこに、夢中でクレープを頬張った。


「そんなに旨いのか?」

「うん! スッゴく美味しい」

「そうか、なら俺にも一口くれ!」



横からの突然のお願い。

私がその言葉の意味を理解するより先に、クレープを頬張ろうとしていた私の顔を無理矢理押さえつけ、私のイチゴクレープへと大きくかぶりついてきた神崎君。



「………………あぁ〜〜〜〜〜! 私のクレープ!」



一瞬の思考停止の後、私は感情の大きな声で叫んだ。



「うん。確かにこっちも旨いな」

「確かに旨いなじゃないよ。私のイチゴクレープを勝手に食べるなんて酷いよ神崎君! しかも最後のイチゴまでごっそりなくなってるし!」

「はぁ? んなちっせぇ事でいちいち大騒ぎすんなよな」

「小さい事って、全然小さくなんかないよ! 30分以上も並んで買ったクレープだったのに……。返して、返してよ私のクレープ! 返して〜!!」

「返せったって、食っちまったもん返せるわけないだろ、バ〜カ」

「バカじゃないもん! 私のイチゴを奪った神崎君が悪いんだもん! もう良い!こうなったら私だって神崎君のクレープ食べちゃうんだから!!」



最後の“バ〜カ”の一言にカチンとなった私は、神崎君が手に持つ、彼の食べかけのチョコバナナクレープを強引に引き寄せると、それに大きくかぶり付いた。

今度絶叫するのは神崎君の番だ。



「あぁ〜〜〜〜〜俺のバナナチョコクレープ! お前、何勝手に食ってんだよ!」

「神崎君が先に私のイチゴクレープ食べたんでしょ!神崎君だってこんな小さな事で怒ってバッカみたい!」



チョコバナナクレープをごくんと飲み込んだ後、私はあっかんべーをして見せながら、先程の神崎君と同じ台詞を彼にお返しする。


互いに恨めしそうに睨み会う私達。

ふとその時、周りからクスクスと忍び笑う声が聴こえてきて、私ははっと我に返って辺りを見回した。



「見てあのコ達、クレープ取り合って喧嘩してる。可愛いカップルね。高校生かしら?」



気付けばたくさんの人の視線が私と神崎君の2人の元に集まっていて、笑い声に混じって、そんなコソコソ話まで聞こえてきた。

私は急に恥ずかしさに襲われ、一瞬にして顔が熱くなるのを感じた。


――と同時に突然、またあの不思議な感覚に襲われた。

以前にも今と同じような体験をした事があったような、懐かしさにも似た不思議な感覚に。



「っ…………」



今のは……何?



「どうした葵葉、怖い顔して遠くを見つめて?」

「……」




神崎君が心配して声を掛けてくれていた事にも気付かずに、私は手に持っていたクレープと、私達に向けられた周囲視線を交互に見比べながら、一瞬襲われた“不思議な感覚”について一人考えていた。



初めてくる街、初めて食べるクレープのはずなのに、どうして今、前にも同じ経験をしたような、そんな不思議な感覚が込み上げて来たのだろう?

そしてその不思議な感覚に私は何故か、懐かしさを覚えている。


記憶と感覚の間に生じている矛盾に違和感が消えなかった。

でもいくら考えてみても、結局その理由は分からないままで――




「おい葵葉、さっきからずっと難しい顔して黙り込んでどうしたんだよ? 具合でも悪いのか?」




何度目かの神崎君の呼び掛けに、やっと私は返事を返した。



「……ううん、何でもない。ただ一瞬、不思議な感覚に襲われて、今のはなんだったのかなって、考えてただけ」

「不思議な感覚?」




キョトンとした顔で訊ねくる神崎君に、私は今沸き起こった一瞬の感覚を話して聞かせた。

私の話に神崎君は一度眉を潜めた後で、暫く何かを考え込んだ後、こんな話を聞かせてくれた。



「それ、デジャブって奴じゃないか?」

「デジャブ?」

「あぁ、体験したことがないのに、まるで一度体験してるように感じる事をそう言うらしい。でもその感覚は、単なる脳の錯覚だって話だぜ」

「脳の錯覚? そうなのかな?」

「あぁ、だからあんま気にするな」

「でもね、考えてみれば、ここ最近よくあるの。今日だって今ので2回目なんだよ。駅を降りた時にも同じような感覚に襲われて……デジャブってそんな短時間に感じるものなのかな?」

「さぁ? 詳しい事は知らねぇけどさ、あんま気にする事ないんじゃねぇの。ほら、ととっと食えって。他にも行きたい所たくさんあるんだからさ」

「え? あ……ちょ、あにふうのはんはひふん(何するの神崎君)!」



私の話に興味がなくなったのか、何だかうやむやのまま強引に話を切り上げた神崎君は、私の手に残るクレープを無理やり私の口に押し当てたかと思うと、ケラケラ笑いながら一人先にふらふらと歩いて行ってしまった。


私は未だ晴れぬモヤモヤを感じながら、残りのクレープを頬張って、急いで神崎君の後を追い掛けた。


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