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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
68/98

お出迎え

――それからあっと言う間に時間は流れて、文化祭から2週間と空かずして始まった期末テストも無事に終わりを迎えた。


返されたテストの結果は無事に――とはいかなかった人も中にはいたようだったけれど、今はテストの結果よりも間近に迫った冬休みへの期待に、クラス中が沸き上がっていた。



「あ~終わった! これでやっと忙しかった日々から解放されるな朔夜! あとはクリスマスにお正月、冬の二大イベントを待つだけだぜ」

「…………」

「ん? どした朔夜、不機嫌な顔をして?」



最後のテストが返却された英語の授業後、井上君と神崎君の会話。

いや、井上君が一方的に話すだけの状況に、私もどうしたのかとチラリと神崎君に視線を向けると、確かにテスト用紙を凝視する彼の眉間には深い深い皺が刻まれていて――



もしかして? と頭に過った疑念を確めようと、私はこっそり隣の席の神崎君のテスト用紙を盗み見る。

するとそこには見るも無惨な点数が書かれていた。



あぁ、神崎君も赤点を免れなかった一人だったかと苦笑を漏らす私に気付いたのか、神崎君は急いでテスト用紙を私から隠した。

その反応に井上君も何かを察したらしく



「まさか朔夜、お前赤点だったのか?」

「うるさいっ!」

「何点だったんだよ。見せてみろよ」

「誰が見せるか!」



からかうように質問を浴びせる井上君。

からかわれる側の神崎君は、ついにはテスト用紙をグチャグチャに丸めて机の中に隠すものだから、井上君はすぐに私に話題を振った。




「白羽、コイツの点数何点だった?」

「うわ~~言うな! 絶対言うなよ葵葉!」



慌てたように神崎君が私の口を塞ぐ。

これでは喋る事は出来ないと、私は両手で指文字を作ってみせた。



「マジ? 8点?」

「おい葵葉、何教えてんだよ!」

「だって……あまりにも衝撃的な点数だったから」

「なら余計に黙ってろよ!」

「コラコラ。自分の不甲斐なさを棚にあげて人を責めるなんてみっともないぞ、朔夜」

「うるせぇ井上! お前は笑いすぎだ!」

「だって8点て……100点満点中8点て……お前すごすぎ。よくそんなんで転入試験合格出来たな」

「………………余計なお世話だ」



拗ねたように唇を尖らせる神崎君の肩をバシバシ叩きながら井上君は楽しそうに言った。



「ま、せいぜい冬休みの補習、頑張れよ」

「ふん。誰が補習なんか受けるかよ」

「おいおい、補習受けなきゃ進級出来ないぞ」

「別に進級する気なんてねぇからいいんだよ」

「進級する気ないって、いきなり留年宣言か? そりゃ開き直り過ぎだろ朔夜」

「うるせぇ~! この話はもう終わりだ!」




散々笑われ、完全にヘソを曲げてしまった神崎君は、机に突っ伏すと一方的に話を終わらせた。




「あ~悪かった悪かった。ちょっとからかい過ぎたよ。ま、補習が始まる前には、楽しみも待ってる事だし、明後日の打ち上げ会兼朔夜の歓迎会は、嫌な事全部忘れてパァッと楽しもうや。な、朔夜!」

「ふん!」



井上君の慰めに未だ顔を上げようとしない神崎君。

余程ヘソを曲げたらしい彼の態度に、井上君は私の顔を見ると苦笑まじりに肩を上げてみせた。

つられて私も苦笑いをかえす。


その後井上君は他のクラスメイト達の元へと行ってしまい、私は不機嫌な神崎君と二人その場に取り残された。



「……」

「…………」

「なぁ、葵葉」

「……?」



机に突っ伏したまま、私を呼ぶ神崎君。

私は返事をするでもなく、再び彼へと視線を向けた。



「明後日の約束……覚えてるか?」

「約束? うん、もちろん覚えてるよ」

「そっか。ならよし。次こそは約束破るなよ」



伏せていた顔を少しだけ上げて、からかうような笑顔を浮かべた神崎君と視線が絡まる。

瞬間、私の心臓がドクンと少し強く跳ねたのを感じた。



「う……うん」

「絶対だからな!」

「………うん」

「よし。じゃあ明後日、お前ん家に迎え行くから」

「えぇ? ウチまで来るの?」

「当たり前だろ。お前には約束を破った前科があるんだから」

「あの時はしょうがなかったんだよ。行きたくても体が言う事きいてくれなかったんだもん」

「だから、今度は風邪なんかひくなよ」

「分かってる」



不機嫌だったはずの神崎君の機嫌もいつの間にか戻り、気付けばいつも通り彼のペースに流されている。

でも以前程の嫌悪感はもうなくて、まるで遠足前の小学生みたいにワクワクした顔の彼を見ていると、不思議と私まで明後日が楽しみに思えてならなかった。


クリスマスイブまであと2日。

そして、あと9日もすれば残り少なくなった今年も終わる――




***



「あ〜お〜ば~! 迎えに来~たぞ~~!! あ〜お〜ば~~!起きてるか~~!?」



――2日後、12月24日



朝早く、外から聞こえて来た私を呼ぶ声に驚いて、ベッドから飛び起きた私は、何事かと慌ててバルコニーへと駆け出した。

バルコニーから身を乗り出し外を見回すと、ブンブンと力強く腕を振る神崎君の姿が目についた。

冬の冷たい風に吹かれ、ブルリと大きく体を震わせた私の頭はそこで一気に覚醒する。



そうだ。今日は12/24。神崎君との約束の日だ。

土曜日だからと油断して寝過ごしてしまったか。

急いで時計を探しに部屋へ戻れば、壁掛時計が指し示す時間はまだ朝の8時10分前。


え? まだ8時前?

こんな朝の早い時間に待ち合わせの約束をした記憶はなく私は首を傾げる。

そもそも、今日の待ち合わの時間を決めていただろうか?


沸き起こる疑問に記憶を辿っていると、今度は隣の部屋から怒鳴るような大きな声が聞こえてきた。




「コラ~~~!今何時だと思ってるんだ! 朝っぱらから大声出して、近所迷惑にも程があるだろ!」

「近所って? 見渡す限り田んぼだらけのど田舎だけど?」

「うるさい!どや顔で人の挙げ足とるな!ヘックショイ!」



隣の部屋からパジャマ姿のお兄ちゃんが身を乗り出して神崎君を叱りつけている姿に、おかしいのは私ではなくやっぱり彼の方だったかと思い直す。

そして、お兄ちゃん同様、私自身もまだパジャマ姿であった事を思い出し、恥ずかしさから慌てて窓とカーテンを閉めた。



「あ、おい葵葉! 何で窓閉めてんだよ! 迎えに来たって言ってんだろ。早く出て来いよ。聞いてんのかコラ、葵葉! 葵葉~~~?!」




なかなか顔を出さない私に、何度もしつこく私の名前を叫び続ける神崎君。

いい加減恥ずかしくなって私は、パジャマの上に上着を羽織り、しっかりと上着のチャックを閉めた後、再びバルコニーへと顔を出した。



「ちょっと神崎君、まだ朝の8時だよ? どうしてこんな早い時間に迎えに来るの? クラスの打ち上げ会は夕方からでしょ? まだ全然時間あるのに……」

「その前に俺と付き合うって約束しただろ。もしかして忘れてたなんて言わないだろうな!」

「勿論覚えてるけど……それにしたって早すぎない?」

「何言ってんだよ。お前はいつもこの時間だったじゃないか」

「……え?? 何のこと?」



神崎君の言葉の意味が分からなくて、私は一瞬ポカンとした。




「とにかく早く準備して降りてこい! あと5分しか待ってやらねぇからな!」




その間がいけなかったのか、それ以上神崎君は全く聞く耳をもたないといった様子で「1、2、3」と大きな声で数字を数え始めた。



もう、相変わらず勝手なんだから!

怒りにも似た感情で勢いよく窓とカーテンを閉た私は急いで着替えを始めた。




「葵葉ちゃん、お友だち?」



一階に降りると、オタマを片手に台所から出てきたお母さんに声を掛けられる。

その顔は、何故かニコニコと嬉しそう。



「違うよ。クラスメイトの神崎君。今日、クラス皆で文化祭の打ち上げがあるって話したでしょ。それで私を迎えに来てくれたの」

「そう、良かったわね」



それだけ言うと、お母さんはルンルンと軽やかな足取りで台所へと戻って行った。



「???」



何故そんなにも上機嫌なのか、私は頭にたくさんの?マークを浮かべながらも、深く追求することはせず、そのまま洗面所へと向かった。



顔を洗い、寝癖を直し、歯磨きをして一通りの身仕度を終えた私は、家族のいる居間には顔を出さずに玄関へと直行した。

そんな私の足音に気付いたのか、玄関で靴を履いていた私の元へ、再びお母さんが現れて、何やら手提げ袋を差し出された。



「……?」



差し出されたものに、キョトンとした顔でお母さんを見上げると、やっぱりお母さんはニコニコと嬉しそうに笑っていて



「これ、朝ごはんの代わりにおにぎり作っておいたから、外にいる“彼”と食べなさい」



と“彼”の所をやたら協調してお母さんが言った。



「あ……うん。ありが……とう」



更には受け取る私にガッツポーズを作ってみせながら今度はファイトとエールを送られる。



「???」



いったい、何を訴えたいのか? 何をガンバレと言うのだろう? 全く訳も分からないまま、ご機嫌なお母さんに見送られながら私は家を後にした。





「おせぇぞ葵葉! 15分も待たせやがって。5分しか待たないっつっただろう」

「ごめんなさい。でも5分なんて無理だよ。これでも急いで支度したんだよ」

「言い訳はいいから、ほら急ぐぞ! 早くしないと電車が来ちまう」



乱暴に手を引っ張りながら、私の事を急かす神崎君。



「えぇ?! 電車って? 電車なんかに乗るの? いったいどこまで行くつもりなの?」

「良いから急げ!」

「あ、ま、待って……私……走るのは……」

「分~かってるよ。だから用意しておいた。ほら、お前は後ろに乗れ!」



家の前の道路に置かれた自転車を指指しながら神崎君は言う。

でもちょっと待って! あの自転車って――



「ほら、突っ立ってないで早く!」



呆気にとられて固まっていた私から荷物を奪い取り、自転車のガゴへと押し込む神崎君。

抵抗する隙も与えないまま強引に私を自転車の後ろへと乗せた。

でも、本当にちょっと待って。この明らかに見覚えのある自転車は――



「ねぇ、神崎君、この自転車って……うちのお兄ちゃんの自転車だよね? 勝手に使って良いの??」

「大~丈夫だって」

「大丈夫って……」



本当に? 絶対許可なんてとってないよね?

絶対絶対大丈夫なんかじゃないよね?!



「いいから!出発するぞ。しっかり掴まってろよ~!」

「きやっっ?!」



私の必死の抵抗も虚しく、動き出した自転車に私はバランスを崩して思わず神崎君の背中を掴んだ。


そこへやはりと言うべきか、着替えをすませたお兄ちゃんが鬼の形相で玄関から飛び出して来て



「こらお前、人の自転車を勝手に使って人の妹をどこへ連れて行くつもりだ?」



怒鳴りながら私達の後を走って追いかけて来る。

予想通りのお兄ちゃんの剣幕に、一人小さくなって怯える私。

そんな私を他所に、相変わらずの軽いテンションで神崎君はお兄ちゃんに向かって叫んだ。



「ちょっと葵葉と自転車借りてくぜ~。大丈夫、大丈夫~。今日中にはちゃんと返すから~」



お兄ちゃんの剣幕にも、私の戸惑いにも全くお構いなしの神崎君は一人楽しげで、そんな彼が漕ぐ自転車はぐんぐんとスピードを上げて行く。





「葵葉、大丈夫か? 寒くないか?」



すっかりお兄ちゃんを引き離した頃、少し心配した声で神崎君からそんな事を訊ねられた。



「う……うん。大丈夫だけど……」

「だけど、どうした?」

「本当に良かったのかな?」

「何が?」

「お兄ちゃんの自転車を勝手に……」

「大丈夫だって。そもそも鍵をつけっぱなしにしておく方が悪いんだ。大事なものなら盗られないようにしっかり守っとけってな」

「それは……」



あまりにも勝手な言い分。

とも思ったが、病院生活の長かった私にとって自転車に乗る事は実は貴重な体験で、ましてや男の子との二人乗りなんて初めてのこと。今日一日、一体どんな出来事が待っているのだろうかと、言葉に反して実は結構楽しみに思ってる自分がいて、お兄ちゃんには悪いけど、神崎君の言う通り細かい事はこの際気にせず、ドタバタと始まった今日一日をめいっぱい楽もう。

お兄ちゃんには心の中で小さく謝りながら、私は今日一日を全力で楽しむ事を決めた。




「げっやべー。もう電車が来てやがる。お前がもたもたしてっからだぞ!」



と、思ったのもつかの間、目の前に迫る小さな駅舎に電車が停車しているのが見えると、神崎君から私を責めるような言葉を投げ掛けられる。



「酷い! 神崎君こそ前もってちゃんと時間教えてくれてたら、それに間に合うように支度したのに」

「言い訳なんかどうでも良い! 今は言い争ってる場合じゃねぇぞ! これ逃したら、次一時間は電車来ねぇんだからな」

「えぇ、本当に?!」

「分かったらほら、これ持って、お前先に行ってろ。俺は自転車置いてから追いかけるから。お前、俺が行くまで何とかして電車止めとけ! 良いな!」

「えぇぇ?! 止めとけって……そんな無茶苦茶なぁ〜」



前言撤回! やっぱり神崎君に振り回されるばかりで楽しめる気なんてしない!!

心の中で、いつもの神崎君の強引さと横暴さに悲鳴を上げながら、私は駅の駐輪場からホームへと続く階段を必死になって駆け下りた。


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