打ち上げパーティーのお誘い
文化祭から4日が経とうとしていた。
水曜日のこの日、やっと私は5日ぶりの登校を許されて、朝からそわそわしながらお兄ちゃんと共に学校へ向かった。
こんなにも学校へ行く事を楽しみに感じたのは、いつ以来だろうか。自分でも思い出せないくらい久しぶりに感じる。
早く神崎君に会いたくて、会ってお礼を言いたくて、バス停から学校へ続く坂道を昇る私の足は、自然と早くなっていた。
「お……おはよう。神崎君、井上君」
登校一番、窓際の席で楽しげにおしゃべりしている神崎君と井上君の姿を見つけて二人に挨拶する。
そんな私に、二人は何故か驚いた顔をして固まっていた。
「……え?」
二人の反応に、思わずこちらまで固まってしまう。
やはりクラスの皆は、文化祭で迷惑をかけた私の事をずっと怒っていたのではないかと、凄く不安になって。
すると井上君は驚いた顔から一転、口許を緩めながら嬉しそうに挨拶を返してくれた。
「おはよう白羽。なんか白羽から声掛けてくれるのって新鮮だね」
「え、そうかな?」
「あぁ、ちょ~レアだよ。なぁ、朔夜!」
「あぁ」
二人からの指摘に、そんなに私は愛想のない子だったのかと、言われて初めて恥ずかしくなる。
「白羽、風邪はもう良いの? あの日40度も熱があったんだってな。後で聞いてビックリしたよ。ゴメンな、気付いてやれなくて」
「そ、そんな……私の方こそゴメンなさい。文化祭、何も協力出来なくて。役たたずでゴメンなさい」
「え? 全然そんな事ないぜ。白羽と朔夜が描いてくれた看板のおかげで、お客さんもいっぱい来てくれたし。なぁ朔夜」
「あぁ」
井上君が求めた同意に神崎君からは短い返事が返された。ふと神崎君へ視線を向けると彼の視線と私の視線がぶつかって、私は思わず反射的に顔を反らしてしまった。
久しぶりに目にした彼の姿に、何故か緊張感を覚えたのだ。
そんな小さな変化に我ながら戸惑いを覚える。
だって学校へ来るまでは、神崎君に会えるのを楽しみにしていたはずなのに。
彼に伝えたい言葉がいっぱいあったはずなのに。
文化祭で約束を守れなかった事を謝って、迷惑かけた事も謝って、それから美術部の絵の展示の事も、ありがとうって感謝の気持ちを伝えたい。そう思っていたはずなのに、伝えたいと気持ちが焦れば焦る程、緊張が増して、まともに彼の顔を見る事が出来なくなっていた。
そんな私の戸惑いを知ってか知らずか、井上君は新たな話題で止まりかけた会話を繋いでくれた。
「そうだ白羽。12月24日の日曜日って予定空いてる?」
「え? 24日ってクリスマスイブ? 別にこれと言って用事はなかったと思うけど、どうして?」
助け船を出してくれた井上君に、心の中では感謝をしながらも、唐突に投げ掛けられた質問に、何故そんな事を聞くのかと私はキョトンと首を傾げた。
「実はさ、その日にクラス皆で文化祭の打ち上げパーティーをしようって話が出てるんだ。で、白羽もどうかなって思って」
「えぇ?!私も?」
全く予想していなかった誘いに、思わず声を大きくして驚いた。
そんな私の声に、クラス中からの視線が一斉に集められる。
けれど井上君は、周囲の視線など全く気にした様子もなく会話を続けた。
「ビックリした~。何そんなに驚いてんだ白羽?」
「え……だ、だって私……当日参加出来なかったし、たいしてクラスの役に立てなかったのに、打ち上げ会に参加しても良いのかなって……」
戸惑いを隠せない私の返答に、突然全く違う場所から横槍が入る。
「別に嫌なら来なくて良いわよ。ってか井上、あんたも何白羽なんて誘ってんの。打ち上げなんだから、当日不参加の人間なんて呼ぶ必要ないじゃない」
「あ……安藤さん……」
横槍を入れた人物の名前を口にしながら、思わず私は身構えた。
眉間に深い皺を刻みながらゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる彼女の表情は険しく、冷たい。
「おいおい安藤、何でそんな事言うんだよ。白羽だって準備頑張ってくれてたんだから参加する権利はあるだろ」
「頑張ってた? 何処がよ。そんなに大した事もしてないくせに」
「お前、なんて事言うんだ! 相変わらず性格のきつい女だな」
「余計なお世話よ井上。言っとくけど私はクラス皆の意見を代表して言ってんだからね。あんたもクラス委員だからって良い人ぶって、勝手な自己満足押し付けるのやめてくれる? そのお節介のせいで迷惑する人間だっているんだから」
「はぁ~?! 何がクラスの意見を代表してだ。お前の単なる我儘で自己中な意見だろ。そんなに白羽が来るのが気に入らないなら、逆に安藤が来なければ良いんだ。参加は自由、強制じゃないんだから」
「はぁ~~?! 何で私の方が参加を辞退しなきゃいけないのよ! 私はちゃんと準備も当日も参加して、クラスに貢献してたじゃない。そもそも、こんな何考えてるのか分からない根暗が来たって、せっかくの打ち上げパーティーが盛り下がるだけでしょ。白羽だって内心はクラスの集まりに誘われた事、迷惑してるんじゃないの?」
「そうなのか、白羽?」
言い争いをしていた安藤さんと井上君の二人から、突然こちらに意見を求められて、ただただ戸惑うしかない私。
迷惑か迷惑じゃないかなんて、この質問には何と答えるのが正解なのだろう?
どちらを答えても、結局二人のうちどちらかは納得出来ないだろうこの質問に。
井上君のお誘いは、素直に嬉しかったし、クラス皆で過ごすクリスマスパーティーにも参加してみたいと素直に思った。
けれど、安藤さんの言う通り、文化祭に貢献出来なかった私が参加するのも違うと思うし、そんな私がいる事でクラス内に揉め事が起こるのならば、私は参加すべきではないのかもしれない。
「あの……えっと……井上君、誘ってくれてありがとう。でも私、安藤さんの言う通り、やっぱり大した役には立てなかったから、打ち上げ会に参加するの止めておくね。皆で楽しんできて」
「何でだよ白羽! そんな事ないって。安藤の言う事なんて全然気にしなくて良いんだって。皆で一緒に打ち上げ行こうぜ」
「ううん。やっぱり私に参加する資格はないと思うから……。ゴメンね井上君。でも、誘ってくれて嬉しかった。ありがとう」
「白羽………」
悩んだ末、私の出した答えに井上君の表情は残念そうに曇る。
けれど、それ以上無理に誘う事はして来なかった。
せっかく誘ってくれた井上君には本当に申し訳なかったけれど……もう充分。今回の文化祭ではもう十分良い思い出を作らせて貰ったから、これ以上の幸せを求めてはいけないと、私は自分のくだした決断に1人静かに納得しかけていた。そんな時、私の隣の席でそれまでずっと口を閉ざしていた神崎君が突然短く言葉を発した。
「井上、じゃあ俺もパスな」
「「「えぇ?」」」
突然の神崎君の発言に、クラス中の女の子達から悲鳴にも似た驚きの声が上がる。
「さ、朔夜君どうして? 朔夜君は一緒に行こうよ。朔夜君の歓迎会も兼ねて計画してるんだからさ!」
きっとみんな、神崎君と過ごすクリスマスを、心から楽しみにしていたのだろう。何とか神崎君をパーティーに連れ出そうと、必死に説得する安藤さん。
けれど神崎君は、そんな安藤さんの説得も、女の子達の悲鳴も全く耳に入っていない様子で、腕組みをしながら一人呑気な大あくびをしていた。
そんな彼の隣で私はと言えば、幾人もの女の子達から向けられる敵意の視線に狼狽えていた。
……何故? 何故私は今、彼女達からこんなにも恨めしそうに睨まれているいるのだろうか?
皆の反感を避ける為。空気を読んで打ち上げの参加を辞退したはずだったのに。
自分のおかれた理不尽な立場に耐えきれなくなって、私はこっそり神崎君に耳打ちした。
「か、神崎君、私に気を使ってくれてるなら大丈夫だよ。私の事は気にしなくて良いから神崎君は皆と一緒に行ってきなよ」
「行かね~。葵葉が行くなら俺も行くけど、葵葉が行かねぇなら俺も行かねぇ~」
「で、でも皆がせっかく神崎君の歓迎会も兼ねて計画してくれてるパーティーなのに、神崎君が行かないって言うのは……やっぱり皆寂しがると思うよ?」
「別に俺、歓迎会してくれなんて頼んだ覚えもねぇし。そもそもそう言うの興味ねぇし」
「……」
こ、この人は……空気を読むと言う事を知らないのか。それに言われた方の人間の気持ちも考えずに、なんてズケズケとした物言いをするのだろう。
神崎君の容赦ない言葉に、安藤さんをはじめ、クラスの女の子達の表情は、今にも泣き出してしまいそうな程歪んでいた。
悲しんでいる彼女達の為にも、どうしたら神崎君を行く気にさせられるんだろう。私が必死に策を巡らせていると、井上君が面白そうに私に向かってこんな提案を持ちかけた。
「白羽白羽、これはもう、白羽が行くって言うしかないんじゃない?」
「えぇ?!」
「だって、お前が行くって言えば、朔夜も行くって言うだろ?」
「あぁ。葵葉が行くなら俺も行く」
「…………」
井上君も神崎君も……何を言っているのか。
女の子達にとって邪魔者の私が「うん」なんて言えるわけがないと言うのに……。
何とかして、何とかしてこの場を納める良い解決策はないものか頭を悩ませていると、突然安藤さんが大きな声を上げた。
「あ~~もう、分かったわよ! 私が悪かった! 白羽も来たいなら来ればいいわ! 打ち上げパーティー」
「え?でも……」
突然意見を変えた安藤さんに戸惑う私。
その隣で、神崎君と井上君はハイタッチを交わしている。
「よし、じゃあ決定な! 12月24日はクラス皆で文化祭の打ち上げと朔夜の歓迎会を兼ねたクリスマスパーティーやるからな!」
「え? ちょ、ちょっと待って井上君――」
「皆予定開けとけよぉ〜」
私が断る隙もないまま勝手に話は進み、全員参加の方向で話が纏まってしまったまさかの状況に、私は一人呆然と立ち尽くす。
「ほ~らお前ら席につけ~」
丁度その時、タイミング悪くチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきたものだから、異議を唱える事も敵わぬまま、この話は終わりを迎えた。