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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
65/98

土産話

「お兄ちゃん、今日はいつにも増して凄くテンション高いね。文化祭そんなに楽しかった?」



ニコニコと笑顔を浮かべ帰って来たお兄ちゃんに、つい刺のある言い方をしてしまった私。言った後で、もっと他の聞き方は出来なかったのかと罪悪感に襲われた。

けれどお兄ちゃんは、私の刺のある態度など全く気にした様子もなく、満面の笑顔で私が思ってもいなかった言葉を返してきた。



「あぁ楽しかったぞ葵葉! それでな、お前にたくさんお土産を買って来たんだ!」

「……え?」

「ほら見ろこんなに。文化祭に参加出来なかった葵葉に少しでも文化祭を味わって貰おうと思って買ってきたんだ」



そう言って、お兄ちゃんは無邪気に笑いながら窓際のベッドに腰掛けていた私の側まで来ると、後ろ手に隠していたものをパッと差し出して見せた。


お兄ちゃんの手に握られた大きなビニール袋。その中に詰め込まれた物を一つ一つ取り出して行くお兄ちゃん。たこ焼に、水風船、リンゴ飴、綿菓子、お好み焼きに、落書き煎餅――

いったいどれだけ買い込んで来たのかと、半ば呆れてしまいそうな程、床に並べられて行くそれらに、私は思わず笑いを溢した。



「お兄ちゃん、こんなにいっぱい食べられないよ」

「そうか? 全部葵葉の為に買って来たんだけどな。仕方ない、お兄ちゃんも手伝うから一緒に食べよう。そんで早く元気になって、また一緒に学校行こうな」


クシャクシャと私の頭を撫でながら、お兄ちゃんが優しい声で言う。

お兄ちゃんから思いがけず受けた温かな心遣いに、酷く退屈だった今日1日の鬱々とした感情も一気に吹き飛び、思わず涙が溢れそうになった。



「うん。ありがとう、お兄ちゃん」



もしかしてお兄ちゃんは、私の為にわざわざ文化祭に参加してくれたのかな。

私はふと、そんな事を思った。



「あ、それからこれな、葵葉のクラスで販売してたクッキーだ」



ビニール袋から最後に取り出されたものを私に手渡しながらお兄ちゃんが言う。

それは透明な袋に可愛くラッピングされた二枚入りのチョコチップクッキー。



「お兄ちゃん、私のクラスにも行ったの?」

「あぁ、勿論! 葵葉のクラスの足湯喫茶な、珍しい事をやってるってなかなかの賑わいだったぞ。おかげで入場するのに1時間も待たされた」

「え、本当に?」

「あぁ。喫茶メニューも売り切れてるものが多くて、このクッキーしか持って帰って来れなかった。ごめんな」

「ううん。そんな、全然謝る事なんてないよ。むしろ賑わってたなら凄く嬉しい。だってずっと前からクラスの皆が一生懸命準備してたお店だから」

「そっか。そうだな。あぁ、そう言えば、少しでも葵葉に文化祭の雰囲気が伝わればと思って、いっぱい写真を撮って来たんだ。見たいか?」

「え? 本当? うん、見たい! 見せてお兄ちゃん!!」



鞄の中からゴソゴソとデジタルカメラを取り出したお兄ちゃんは、1枚1枚説明を加えながら私に写真を見せてくれた。

その中には、さっきお兄ちゃんが言っていた通り、クラスの前に長く伸びる行列が写る写真もあった。

列には大人から子供まで、様々な年齢の人が並んでいる。

教室の中の様子が写し出された写真には、発泡スチロールを切り貼りして作られた畳一畳程の大きさの足湯が4つ並んでいて、そのうちの3箇所で一つの足湯をぐるりと囲うようにして大勢の人が座りながら楽しげにケーキやお団子、お茶やジュースといった喫茶メニューを食していた。

お客さん達の笑顔で溢れたその様子はとても楽しげで、店内の賑やかな様子がとても良く伝わってきた。


そんなお客さん達の周りでは、お揃いの紺色の法被を来たクラスメイト達が忙しそうに動き回っている。

女子生徒達の中には、法被の下に浴衣を着ている子の姿もあって、主に浴衣を来た彼女達がメニューを運んでいたり、注文をとったりと接客業務を担当しているようだった。

華やか女子生徒達とは対照的に、男子生徒はと言えば、お客さんのいなかった一つの足湯の周りで、法被をたすき掛けしながら何やらバケツを持って作業していた。

いったい何をやっているのか、流石に写真だけでは推測しきれなかった私は、実際にその場にいたお兄ちゃんに質問してみる事にした。



「ねぇお兄ちゃん、このお客さんのいない足湯の周りで、男の子達はみんな何やってるの?」

「あぁ、これか? これはな、お湯を入れ替えてるんだよ。足湯の温度を保つ為に、多分ローテーションでそれぞれの足湯のお湯を入れ替えてるみたいだったな。お湯は水道からホースで引っ張って溜めてたけど、さすがに排水設備なんて作れなかっただろうから、男共がそうやってバケツ使って、人力で頑張ってたな」

「へ~、そんなやり方してたんだ。それじゃあきっと男の子達は今日1日凄く大変だっただろうね」

「だろうな。けど、そのおかげで湯加減はなかなかに良い感じだったぞ。本物の足湯みたいってお客さんからの評判も良かったし」

「ふふふ。皆の努力の結果だね。大盛況だったみたいで本当に良かった。……それにしてもお兄ちゃん、本当にいっぱい写真撮ったんだね」

「まぁな。お前に見せてやりたくて兄ちゃんも頑張ったんだ。……でも正直言えばお前のクラスを写真に撮るのは物凄く大変だったんだぞ……」

「そうなの?」

「あぁ。お前のクラスの女子の、え~っと確か安藤とか言っかな。ちょっとつり目で気の強そうな派手顔の女。そいつに変質者と間違えられて、殴られるは蹴られるは、散々な目に合わされた……」

「えぇ? 安藤さんに?」


お兄ちゃんが語った苦労話に驚きの声を上げながらも、変質者に間違えられてぼこぼこに殴られるお兄ちゃんの姿が何故だか容易に想像出来て、私は思わずクスリと笑ってしまった。



「おいおい葵葉、笑い事じゃないぞ。本当に大変だったんだからな! あんた今、人の事盗み撮りしてたでしょ、とかってわけのわからない言いがかりつけられて、周りからは白い目で見られるし、あ~くそっ! 思い出しただけで寒気が。……でも、神崎とか言ったか。あいつが俺の顔を知ってたおかげで誤解を溶いてくれてな、何とかその場を納めて貰ったよ」

「神崎君が?」

「あぁ。あいつに助けられたのはムカつくが、今回ばかりは奴に感謝だ。あとあいつ、お前の体の事凄く心配してた。クッキーも実はあいつから葵葉にって預かってきたものだ」

「……え?」



二度目の驚きの声を上げる。

上げながら私は手に持っていたクッキーへと視線を落とした。



「それからもう一つ、あいつから葵葉へのサプライズだ。ちょっとこの写真を見てくれ」

「?」


そう言ってお兄ちゃが私に見せてくれた写真。その写真に、私は三度驚いた。

だってそこには、額に飾られた私の絵が写し出されていたから。



「……どうして……? これ……私の絵……」

「あぁ、そうだ。葵葉が文化祭用に一生懸命描いてた絵だ。しかもこの写真、どこで撮ったと思う? 美術部の展示会場でだぞ」

「……どうして? だって私……昨日倒れたせいで美術部の展示会で絵を飾る準備、出来なかったはずなのに……。なのに……どうして?」

「言っただろ。神崎からのサプライズだって。昨日お前の荷物からこの絵を見つけたあいつが、お前の代わりに展示してくれてたんだよ」

「…………」

「しかもな、美術部の企画で、展示会に足を運んでくれたお客さんからの人気投票を実施してたんだけどな……ほら、葵葉の絵の周り、赤い花が沢山飾られてるの分かるか?」



お兄ちゃんは、また別のアングルから撮った写真を見せながら言った。

その写真には、確かに私の絵の周りに沢山の紙でつくられた赤い花が飾られていて――



「この赤い花が、一人一票ずつ配られた投票券。つまり、葵葉の絵を気に入って投票してくれた人がこんなに沢山いたって事だ。どうだ、凄いだろ!!」

「……………」



お兄ちゃんの聞かせてくれた話に、私はついに言葉が出てこなくなっていた。

だって一生懸命描いた私の絵が、まさか私の知らない所でちゃんと日の目を見ていたなんて思ってもいなかったから。

更にはこんなに大勢の人の目に止まって、投票して貰えてたなんて信じられなくて。

嬉しさのあまり、ついに堪えきれなくなった涙が大きな粒となって私の頬を濡らした。


無駄じゃなかった。この一週間私が頑張って来た事は、無駄なんかじゃなかったんだ。

ボロボロと止めどなく落ちる涙を拭ってくれながら、お兄ちゃんはそっと私の肩を抱くと、泣きじゃくる私を優しく慰めてくれた。

お兄ちゃんの温もりに更に心を熱くさせながら、私はもう一人、私を気にかけてくれていた神崎君にも感謝せずにはいられなかった。



ありがとうお兄ちゃん。

ありがとう神崎君。



文化祭には参加出来なかったけれど、二人がくれた今日と言う日の温かな思い出を、私はこの先もずっと忘れる事はないだろう――



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