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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
64/98

葵葉の長く退屈な1日

――次の日、私はいつもより早い時間に目が覚めた。

学校へ行かなくても良いのだから、もっとゆっくり眠っていれば良いのに、不思議と目は冴え再び眠りにつく事は出来そうになかった。


熱を測ってみたら、昨日は39°あった熱も37°台まで下がっていた。

病院で射ってもらった点滴がきいたのだろうか。


私はパジャマの上に厚手のカーディガンを羽織ると、朝ごはんを食べに一階へと下りた。



「おはよう」



居間へ行くと、いつも私より起きてくるのが遅いはずのお兄ちゃんが珍しくそこに居て、視線が合うや驚いた顔をして私に言った。



「葵葉どうしたんだ? 今日は学校休むんだから、もう少しゆっくり寝てて良いのに」

「……うん。でもなんか目が覚めちゃって。朝ごはん食べに来た」

「ご飯なら後で部屋に運んでやる。昨日は熱が高かったんだからまだ横になってた方が良いんじゃないか」



お兄ちゃんの助言に、私は小さく首を横に振った。



「良い。皆とここで食べたいの」



一人で横になっていたら、色んな事を考えて気分も落ち込んでしまいそうで……私はどうしても一人になりたくなかった。



「……そっか、分かった。そこじゃ寒いだろ。ご飯の準備が出来るまで、こっちに来てストーブにでもあたってたら良い」



私の気持ちを察してくれたのか、お兄ちゃんはそれ以上何も言わずに、自分が座っていた一番ストーブに近い席を私に譲ってくれた。



「…………」

「…………」

「お兄ちゃん、今日は早いんだね」



無言のまま、並んでストーブにあたっていたお兄ちゃんと私。いつもなら鬱陶しい程に絡んでくるはずのお兄ちゃんが今日は何だか妙に静かで、気まずさに私が話題を振った。



「ん?あぁ、ちょっとな」

「……」



お兄ちゃんから返されたのは歯切れの悪い返答。

その返しに私はお兄ちゃんが静だった理由が何となく分かった気がした。


多分お兄ちゃんは、今日の文化祭に参加するつもりなんだ。

だから参加出来ない私に気を使って、いつもより口数が少ないのではないかと。



でも受験を間近に控えた三年生は、今日の文化祭は自由参加だったはず。それこそお兄ちゃんは来月にセンター試験を控えているのに、どうしてわざわざ参加なんて……私は参加出来ないのに……



「っ…………」



気が付くと自分の心の中に、酷く醜い感情が沸き上がっている事に気付いて、私はブンブンと首を横に振った。これ以上醜い感情に支配されたくなくて必死に振り払おうとした。



――でも結局、私自身が必死にネガティブな感情を振り払おうとしても、家族みんなが私に気を使っている様子で、その日の朝食はいつもより気まずい朝食となった。



仕方なく朝食を食べ終わった後私は、大人しく自分の部屋に戻る事にした。

これ以上家族に気を使わせるのが心苦しくて。



私が部屋へ戻って来たその直ぐ後で、お兄ちゃんの「いってきます」の声と共に、慌ただしく玄関の引き戸を閉める音が聞こえてくる。

私は、カラカラと部屋にある掃き出し窓を開けると、ベランダへと出て、手摺に頬杖を付きながら小さくなって行くお兄ちゃんの背中を羨ましげに見送った。



「……はぁ」



小さく吐いた溜め息が、白く染まって虚しく消え行て行く。



「クシュン」



吹き付ける風の冷たさに、くしゃみと共に私は小さく身震いした。

また熱が上がってはいけないと、お兄ちゃんの姿が見えなくなった頃、私は大人しく部屋へと戻った。



***



その後は特にする事もなく、ただぼんやりと時間が過ぎ行くのを待つだけの酷く退屈な時間が続いた。

仕方なく私は、再びベッドに横になり一眠りする事にした。


とは言えなかなか寝付けなくて、その間私の思考を占めていたのはやはり文化祭の事で――


クラスの出し物にお客さんは来てくれているのかな?

神崎君と一緒に作った宣伝用の看板は、ちゃんと客引きに役立っているかな?

美術部の作品展にも、人は集まっているのかな?

頑張って仕上げた作品を、私も作品展に出品したかったな。

神崎君は今頃誰と文化祭を回っているのだろう?

約束を破ってしまった事を彼は許してくれるだろうか?


そんな疑問や後悔、懺悔を頭の中で問いかけながら、いつの間にか私は意識を手放していた。




夢を見た。

どこか懐かしく、どこか切ない気持ちにさせる夢を――


夢の中、私は誰かと指切りを交わしている。

この町の氏神様を祀る八幡神社、そこの夏祭りに一緒に行こうと楽しそうに話す夢。


指切りを交わす相手の姿は、モヤモヤと霧のようなものが邪魔をしてはっきりとは見えていなかったのだけれど、その人は何故か私を酷く懐かしい気持ちにさせた。



――『楽しみだな~夏祭り。一緒にかき氷食べようね!たこ焼きも、りんご飴も!あ~金魚すくいもやりたいな~。それから』

『待て待て待て!今なんつった?一緒にってなんだよ??!』

『え?だから、お祭りの日に一緒に出店を見て回ろうよって言う、デートのお誘いだよ』

『はぁ?!デート??!何馬鹿な事言ってんだ?!回りたきゃ勝手に一人で回れば良いだろ。一々俺を巻き込むな!っつか、なんだよデートって。ふざけるのも大概にしろよな』

『え~~しようよお祭りデート!ねぇ~しようよしようよ~!!』

『あ、お前!何勝手に!?』

『指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます。指切った!』



強引に指切りを求め、繋いでいた小指が離された瞬間、私ははっと目を覚ます。



「あら、おはよう葵葉ちゃん」

「……お母さん」



目を覚ました私に、お母さんの優しい声が掛かる。



「そろそろお昼の時間になるから呼びに来たんだけど」



お母さんに支えられながら体を起こした私に、お母さんは少し驚いた顔をして言った。



「あら、葵葉ちゃん泣いているの? 怖い夢でも見てたのかしら?」

「え?」



お母さんの言葉に私自身も驚いて、急いで頬に手をやった。

すると確かに、頬には一滴の涙が零れ落ちていて――



どうして涙なんか?

ついさっきまで夢で見ていた内容は、もうはっきりと覚えてはいなかったのだけれど……何故涙を流しているのか、我ながら不思議で仕方なかった。



「ううん何でもない。何でもないよ」

「そう?じゃあ、お昼ご飯はどうする? 朝みたいにおじいちゃん達と一緒に下で食べる?」

「……良い。お昼はここで一人で食べる」



また家族に気を使わせて、気まずい食事になる事を恐れた私は、部屋で食べる事を選んだ。



「そう、分かったわ。じゃあ後で持ってくるから、もう少し待っててね」

「……うん。ありがとう、お母さん」




***




お母さんが持って来てくれたお昼ご飯を食べ終わった後は、ベッドに横になったまま読書をしたり、音楽を聞いたり、とにかく気を紛らわせる事に勤めた。

結局は何をしても集中出来なくて、文化祭の事ばかり気になってしまったのだけれど。


そんな酷く退屈な時間は、まるで時が止まってしまってしまったかのようにゆっくり感じられた。

この部屋の中、私一人だけが世界から弾き出されたかような、そんな錯覚さえ覚える程に。


けれど、酷く長く感じた時間も、やはり止まっているなんて事はなくて、ふと壁時計に目をやれば、ぼんやりとした暗さに時計の文字盤が少し見えにくくなっている事に気付いた。

部屋に差し込む日の光はゆっくりと角度を深め、室内の灯りを奪っていたのだ。


あぁこれでやっと、長かった今日と言う一日が終る。

私はそんな小さな変化に、大きな安堵感を抱きながら、薄暗い部屋に灯りを灯そうと、蛍光灯から伸びる細く長い紐に手を伸ばした。


“カチン”と蛍光灯のスイッチが音を経てて光を放つ。

その音とほぼタイミングを同じくして、“ガラガラ”と玄関の引き戸が勢い良く開け放たれる音が聞こえて来た。



「ただいまっ!」



そして今度はお兄ちゃんの元気な声が家中に響いた

かと思うと、“ドタバタ”と慌ただしく階段をかけ上って来る足音が近付いて来て――

その賑やかな足音はピタリと私の部屋の前で止まった。



「ただいま葵葉!」



ノックも無しに“バンッ”と開け放たれた私の部屋のドアからは、はぁはぁと息を切らしたお兄ちゃんの満面の笑顔が覗く。



「……お帰りなさい。お兄ちゃん」



その笑顔が今日一日の充実感を物語っているようで、私には酷く眩しく映った。


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