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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
62/98

文化祭の準備②

そしてこの日から私の生活サイクルはガラリと代わり、夕方から夜7時を過ぎる下校時刻ギリギリまでを学校で文化祭準備をして過ごし、家に帰りついた後は美術部として文化祭で飾る絵の仕上げ作業を日付けが変わる時間帯まで行う生活を送った。



そして、そんな目まぐるしい生活を一週程続けた文化祭の前日――




「クシュン」

「あら葵葉ちゃんくしゃみなんかして、もしかして風邪でも引いたの?」



朝からくしゃみを連発する私に、心配そうにお母さんが訪ねてくる。



「ううん?別に体は怠くないし大丈夫。誰かに変な噂でもされてるのかな」

「そう? でも最近忙しそうにしてたし、体も疲れてるんじゃない? もしもの事があったら大変だから、今日は大事をとってお休みさせて貰ったら?」



文化祭を明日に控え、準備も大詰めを迎える今日休むわけにはいかない。休んでしまったら、共に準備を進めて来た神崎君や、クラスの皆に迷惑がかかってしまう……



「ううん、大丈夫だよ。本当にくしゃみ以外は特に変わった事なんてないから。だから行ってきます」

「あ、こら! 無理しないで、もし体が辛くなったりしたら帰ってくるのよ。分かった?」

「は~い」



心配して言ってくれたであろうお母さんの忠告も話半分に、私は適当に返事をして家を出た。



***



文化祭を明日に控えた今日は、丸1日を文化祭の準備に使われる。私は、神崎君と二人看板作りの佳境を迎えていた。



「葵葉、そっちの色塗り頼む。俺こっちやるから」

「うん」

「お~い、朔夜~白羽~。悪いんだけどさ、お前達に宣伝用のプラカードとチラシも作ってもらって良いか?」



今日は教室の隅を借りて作業をしてた私達の元に、廊下で飾り付けをしていた井上君がやっ来て言った。



「あぁ、いいぜ」

「急で悪いな。じゃあヨロシク頼むわ」

「おぅ」



それだけ言い残して、またバタバタと走り去って行ってしまう井上君。



「忙しそうだね、井上君」

「そうだな」



まぁ、今日は井上君に限らずクラス中が慌ただしいのだけれど。



「神崎君、こっちは私一人で仕上げるから、神崎君はチラシとプラカード作りを先に進めててよ」

「は? 何でだよ。俺も完成するまでこっちやるっつの。まさかお前、手柄を横取りするつもりか?」



手分けをした方が作業効率が上がるかもしれないと、私なりに考えてした提案はあっさりと神崎君に否定されてしまう。



「手柄って……そんな事しないよ。手分けした方が効率的かなって思っただけ」

「んなもん、変わんねぇよ。せっかくここまで二人で作ったんだから、最後まで二人で仕上げようぜ」

「そうかな? 変わらないかな?」



少しは変わる気もするんだけれど……本当に変わらないのかな? ん~けどやっぱり手分けした方が早い気がする……



そんな事をグダグダと考えているうちに、次第に頭がぼ~っとして来る。




「おい、葵葉。どうしたぼ~ってして? それになんかお前、顔赤くないか?」



神崎君の声にはっとする。

こんなくだらない事でグダグダ言い争っているこの時間こそ作業効率が悪くなる原因か、とここは素直に神崎君の意見に従う事にした。



「分かった。ここは二人で最後まで手分けして仕上げよう」

「?……あぁ」



それ以降私達は、喋る事も忘れて黙々と看板作りに集中した。



そして朝一番から始めた看板を書き終えたのは、11時を過ぎた頃――



1週間かけてやっと完成した看板を前に、神崎君は

「出来た〜!」と喜びを叫びながら、やりきったとばかりに教室の床に勢い良く倒れ込んだ。



流石に私には床へ寝転がる事は出来なかったけれど、ずっと携わって来たものが完成した今の気持ちは神崎君と同じ。達成感で胸が高鳴っていた。



気が付けば神崎君の喜びの声に、クラスの男の子達が集まっていて、ぐるりと私達の周りを囲んでいる。



「出来たのか? どれどれ、ちょっと見せてくれよ」



私の頭越しに、完成したばかりの看板を覗き込みながら井上君が言った。



「どうだ井上、俺と葵葉の二人で仕上げた傑作だぜ!」



ヒョイと体を起こした神崎君が嬉しそうに言う。

顔に絵の具をつけてハシャグ姿はまるで子供みたいだ。



「おい朔夜、その猿って田中がモデルか?」

「は? 井上、誰が猿だ! ついでに人の耳を引っ張るな!」



そんな神崎君に負けず劣らず、看板に描かれた猿の絵を指差しながら、隣にいた田中君をからかいはじめる井上君。



「え?だってそっくりじゃん。このでかい耳と言い、クリクリの坊主頭と言い」

「だから、頭も撫でるな! 俺は猿じゃない!」

「ほらほら、エサだぞ~」

「ウキッ!」



怒ってはいるものの、まんざらでもなさそうに田中君は井上君がポケットから取り出したチョコを掴んで、ノリ良く猿の泣き真似をして見せてくれた。

二人の即興コントにどっと笑いが起きる。



「ちょっと男子達、何ふざけてるのよ。そんな時間あるならこっち手伝って!」



その時、遠巻きにこちらを見ていたクラスの女の子達からは怒りの声があがった。



その声に慌てて視線を向ければ、数人の女子生徒達が不機嫌な顔でこちらを睨んでいて、その中の一人、安藤さんと目があった瞬間、私は慌てて笑みを解き視線を反らせた。



彼女達が怒るのも当然だ。看板が出来上がっても、まだまだやらなければならない事は沢山残っているのに。自分達だけ騒いでる場合ではなかった。



「か、神崎君、まだまだ他にもやらなきゃいけない事は沢山あるし、早くこの看板を飾りに行って次の作業に移ろう」

「ん? あぁ、それもそうだな。おい井上、これってどこに飾れば良いんだ?」

「確か渡り廊下が看板を飾る場所に指定されてたと思う。行けば誰かしら実行委員の奴等がいると思うから取り敢えず行ってみてくれ」

「了解。ってわけで、ちょっと葵葉と看板取り付けに行ってくるわ。おらおらお前ら、邪魔だからどけ〜。行くぞ葵葉」

「う、うん」



神崎君に促されるまま、私は逃げるように教室を後にした。



井上君に言われた通り渡り廊下まで来ると、既に多くのクラス店の看板が飾られていた。

お化け屋敷や、演劇、喫茶店、縁日、様々な出し物の看板が渡り廊下のフェンスに所狭しと並んでいる。



「わぁ〜凄い!看板が並んでるだけでこんなにも賑やかな雰囲気になるんだね!」



視覚的な賑やかさに圧倒さるたながら、私は驚きの声を漏らす。文化祭がもう間近に迫っているのだと言う実感が沸いて、無意識に声も弾んでいた。



「本当だな。お、あそこ見てみろよ。俺達みたいに看板を持った奴等が並んでる。俺達もあそこに並べば良いのかな?」

「うん、そうみたいだね。行ってみようよ」



そんな会話を交わしながら、私と神埼君も順番待ちをしているらしい列へと並んだ。



それから暫く待って私達の順番が回ってくると、『実行委員』と書かれた黄色いワッペンを腕に着け、クラスや部活動の名前がズラリと書かれた表と、渡り廊下を書き表した図面を手に持った生徒にクラスを訪ねられた。



私達のクラスを伝えると実行委員の生徒は、私達のクラスに与えられた看板の飾る位置を図面を差し示しながら教えてくれた。



どうやら看板の配列は1年1組みから順に、渡り廊下のフェンス右から左に向かって並んでいるらしい。



既に隣のクラスの看板が設置されていたおかげで、私達は直ぐに場所を特定する事が出来た。




「こいつをここに通して……縛って……」



看板の四隅にもともと開けられた穴に、先程実行委員の生徒から手渡された紙紐を通して、縦格子のフェンスへと紐を縛り付けて行く。



最後の一ヶ所を縛り終わった所で、神崎君が嬉しそうに「出来た!」と声を上げた。



設置を終えた看板に、私も笑顔で拍手を送る。




「やったな葵葉」

「うん」



看板を見つめながら、神崎君は染々と言った。



「結構大変だったけど、頑張って良かったな」

「うん」

「ついに明日、学園祭なんだな」

「うん」

「最初は祭りなんて面倒臭いと思ってたけど……関わってみたら案外楽しいものなんだな。葵葉は? 今、楽しいか?」

「うん、楽しいよ!」



神崎君の問いに、私は隣に立つ神崎君へと視線を向けながら、力強く答えた。



「そっか。なら良かった」



私の答えに、神崎君がクシャッと目尻に皺を刻みながら爽やかに微笑んでいた。



一瞬、神崎君の見せた笑顔に私の胸はドキンと高鳴った。そんな気がして私は慌てて彼から視線を外した。



「……なぁ、葵葉?」



私の戸惑いに気付いているのかいないのか、神崎君は視線を看板に向けたまま、ぽつりと呟くように私の名前を呼ぶ。



「………何?」

「明日の学園祭、一緒に回らないか?」

「えっ?!」



突然の予想もしていなかった言葉に私は再び神崎君へと顔を向ける。

神崎君も、今度は真っ直ぐに私を見つめて来て――



「一緒に回ろうぜ。お前との思い出を作りたいんだ。……ダメか?」



普段とは違う、何だかとても真剣な表情で言うものだから、私は更なる戸惑いを覚える。



いつもなら、私がいくら嫌だと言っても私の言葉なんて訊いてくれなくて、強引に私を振り回すくせに。

何故今日はこんなにも真剣に、潮らしく誘うのだろう?



こんなにも真剣な誘いを拒絶したら、なんだか申し訳ない気がして……私は戸惑いながらもコクンと小さく頷いて見せた。




「よし!じゃあ約束な。指切り!」




いつかの帰り道と同じように、私に向かって小指を突き出す神崎君。



「………」



私は少し間を開けつつ、躊躇い気味に神崎君の小指に自分の小指を絡めて、神崎君と2度目の指切りを交わした。



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