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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
夏物語
6/94

変わりゆく日常

だが不思議な事に、辛く逃げ出したいと思うような日々でも、1週間、10日と積み重て行くうちに、それは次第に習慣となって行く。

習慣へと変わってしまえば、今度はそれが当たり前の日常へと変化して行く。


生きとし生けるものの適応能力とは何と素晴らしいものか。

――否。慣れとは何と恐ろしいものか。


このまま奴のペースに巻き込まれて、この日常を受け入れてしまっては、奴に負けを認めた事にならないか?

それはなんだか腹立たしい。何故神であるこの俺が、人間の小娘などを恐れ、奴に良いように弄ばれなければならないのか。


俺はついに、ちょっとした反撃に転じる事にした。

今日こそは奴に邪魔される事なく、日頃の睡眠不足を解消しなければ。


俺は、奴がくる昼前に、師匠にも内緒でこっそり社を抜け出し、山の奥深くへと入って行く。

師匠にも誰にも教えていない、俺だけの秘密の場所で、今日一日昼寝をする事にした。


べ、別に、約束を破るわけではない。ちょっと、本当にちょっとだけ、自由な時間が欲しくて姿を隠すだけなのだから――



  ◆◆◆



「ここへ来るのも久しぶりだな。ここはいつ来ても変わらないな」



秘密の場所。そこは八幡神社のあるこの山の頂上。

頂上と言っても、この山自体さほど高さのある山ではなく、一時間もあれば余裕で山頂に辿り着けるだろう。


だが、この山自体が村の守り神とされ、八幡神社より上は、神域とされていることから、山頂まで登ってくる人間など滅多にいない。

ここならきっと、奴にも見つからないだろう。



「はぁ~、やっぱりここは落ち着く」



人間の手が及ばないこの場所は静かで、空気も澄んでいる。

それに、緑が青々と生い茂るこの山では珍しく拓かれた場所だ。


一本だけ凛と聳え立つ桜の大木があるが、それ以外は何もない。

頂上でありながら草木と言った視界を邪魔するものはなく、拓かれた場所であるが故に見晴らしは良い。山下に広がる田舎の長閑な田園風景が一望出来るのだから。


挿絵(By みてみん)


その絶景を、その桜の大木に登り、眺めながらのんびり過ごす。それが、ほんの数日前までの俺の日常だった。


あ~、久しぶりに一人で過ごす時間。この穏やかな時間がこれ程までに贅沢なものだったとは。俺は今初めて知った。

鳥の囀りを聞きながら、風に流れゆく雲や、村に広がる田んぼを眺める。

そよそよと、肌に心地好い風を感じながら、俺は夢の中へと誘われていき――



「?」



本当に奴は来ないのか?

邪魔者がいないと言うのは良い事だ。

だが、こうも簡単に奴から逃れる事に成功してしまうと、それはそれで何だか調子が狂うような。

と言うか、逆に気になって眠れない。



「……って、何考えているんだ俺は。これじゃあまるで、この至福のひと時を、あいつに邪魔される事を待っているみたいじゃないか」


「おや、久しぶりに一人の時間を満喫させてあげようと思ったのですが、やはりあなたは邪魔される事を望むのですね。相変わらずのマゾ属性」


「俺はマゾじゃね~!! って、うわぁ~師匠?! どうしてここに? ここは俺だけの秘密の場所。誰にも教えてないはず。なのに、どうして居場所がバレたんだ」


「あなたの居場所くらい、気を探せば分かりますよ。何せ私は神なのですから」


「……くっ」



無念だ。師匠に見つかってしまった。

今日は観念するしかないか。

なんと短い逃亡劇。


次身を隠す時は、師匠にも気をつけなければ。

と、自分でも不思議な程、あっさり俺は観念した。



「で? 師匠はあいつに何か言われて来たのか?」


「葵葉さんですか? いいえ。葵葉さんなら、今日はまだ来ていませんよ」


「……え?」



来てない?



「……んだよあいつ。自分から約束だとか言ってたくせに、自分でそれを破るのかよ。やっぱり人間なんて、身勝手な生き物だな」


「何を拗ねているんです? 最初はあんなに怖がっていたのに。随分葵葉さんに懐いたみたいですね神耶」



ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら、そんな事を言う師匠。



「な、別に拗ねてなんかねぇ! 懐いてもいない! 人間なんて大っっ嫌いだ! 今日はあいつがいなくて清々してらぁ!」


「本当に貴方は、面白いくらいに素直じゃないですね。顔、真っ赤ですよ」



クックッと声を殺して、笑いを堪えているのだろう師匠。

その姿に、俺は恥ずかしさを抑えられず声を上げた。



「う、うるせぇ~! てか、あんたいつまでここにいるつもりだよ。とっとと自分の神社へ帰れよ!」


「あっ、葵葉さんが来たみたいですね」


「っ?!」



師匠の言葉に思わずキョロキョロと辺りを見回す。

そんな俺に、ついに師匠は大声を上げて笑い始めて



「な、何がおかしい?」


「嘘ですよ。う~そ。そんなにも葵葉さんが待ち遠しいんですね」


「こ、この……糞師匠~~~~~っ!!」



俺は再び顔を真っ赤に染めがら、怒りを爆発させた。

なのに、まだ懲りないのか、この人は。



「あっ、葵葉さんが来たみたいですよ」


「二度も同じ手にひっかかるかよ」



おれはプイっと師匠から顔を背ける。



「今度は本当ですって。ほら、社の方」



師匠の言葉に、ついつい師匠が指し示す先を目で追ってしまう。


師匠の指差す先、社がある方向。

ここから肉眼では神社など到底見えないが、俺は意識を集中させながらじっと目を凝らした。

そして神力を使って、師匠の指差す先を見つめた。


その先には確かに葵葉の姿が。

慌てた様子で社へ向かって走って行く葵葉。



「? 何かあったんですかね。何だか慌ててましたけど」


「さぁ~な」


「神耶、行ってあげなくて良いのですか?」


「何で俺が。奴から身を隠す為にここにいるのに。……てか師匠、俺がここにいるって事は絶対奴には内緒にしろよ」


「お~い、葵葉さ~ん」


「っておい! 何大声出して呼んでんだよ。内緒にしてくれって、今お願いしたばっかだろ!」


「葵葉さ~ん!!」


「だから、頼むから、俺を平穏無事に過ごさせてくれよ。な? 今日一日からい良いだろ? 」



必死に懇願する俺を、何故か師匠は肩を震わせ笑っている。



「何笑ってんだよ師匠」


「だって、こんな離れた場所から呼んだって、人間の葵葉さんには聞こえるわけないのに、そんな必死になって」


「……あ」



我ながら恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じていると、葵葉の後ろにもう一人、見知らぬ男が葵葉を追いかけ走って行く姿がある事に気付いた。



「……? 誰だ、あの男?」


「さぁ? でも、もしかして葵葉さん、あの男から逃げているのではないでしょうか? だからあんなに焦っているのでは? だとしたら大変ですよ神耶。早く葵葉さんを助けに行かないと」



いつも穏やかな師匠が、珍しく焦った様子で俺を追い立てる。


だが、突然の事態に俺の頭はついて行かず、一瞬動く事が出来なかった。



「…………」


「神耶っ!」


「あ、あぁ……」



師匠の声に急かされて、そこで初めてはっと我に返った俺は、慌てて桜の大木から飛び降りると、疾風の如く急ぎ神社までの道を引き返す。



(神耶君、何処にいるの? 神耶君……)



その間、俺の頭の中に響いてくる声。

必死に俺の名前を呼ぶあいつの――



「っくそ!」



どうして俺は、今日に限ってあいつから逃げようとしてしまったのだろう。


自分の浅はかな行動を後悔しては、きつく唇を噛み締め俺は葵葉の元へと急ぎ走った。


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