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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
冬物語
57/98

部活動

神崎君が転校してきてから、5日が経とうとしていた。

相変わらず神崎君は、クラスで孤立している私なんかに絡んで来て、彼が何を考えてるのかは未だに分からないままだ。

正直、彼の存在が迷惑だと感じる瞬間も多くある。

けれども今日は金曜日。長かった一週間もようやく終わりを迎えようとしており、明日から迎える2日間のお休みに、私の心は踊っていた。

加えて今日は、一週間で私が一番楽しみにしている特別な時間があるのだ。



「何だか葵葉、今日は朝からやけに楽しそうだな」



3時間目の授業が終わり、休み時間でクラス内が賑わっている中、神崎君が不思議そうにそう声を掛けて来た。



「そうか?俺にはいつもの無表情の白羽にしか見えないけど。朔夜はホント、白羽の微妙な表情の変化を読み取るよな」



今度は私の前の席の井上君が振り返って言った。

クラスのムードメーカーで、お調子者の井上君は、神崎君と妙に馬が合うらしく、席が近い事もあってか転校2日目から二人はすっかり打ち解けあっていた。



「良く見ろって井上。こぉ~んなにこいつの口元、緩んでるじゃねぇか」

「ちょ……やめへ……」



突然私の両頬を摘まんで左右に引っ張る神崎君に、私は涙目になりながら止めてと訴える。



「いや……やっぱり俺には無表情にしか見えん……。ほら痛がってるだろ。止めてやれって朔夜」



井上君、良い人……。

井上君の救いの手に私は思わず感謝の念を向ける。



「井上、葵葉がお前のこと良い人だって感動してるぞ」

「は?だからこの無表情のどこで朔夜は白羽の感情を読み取ってるんだよ!」

「で?お前が嬉しそうなわけは何?言わなきゃ止めてやんないぞ」

「そんなぁ~……別に大した理由なんてないよ。ただ今日は放課後に部活があるから……」

「部活?」



正直に答えた事で、やっと神崎君は私を解放する。



「あぁ、そう言えば今日は部活の日だったな。朔夜は何部に入るかもう決めたのか?うちの学校、1年は必ず部活に入らないといけないんだぜ。そんでもって毎週金曜日の7限には部活動の時間が設けられてんだ。因みに俺は将棋部な」

「井上、お前、そんなジジくさい部活に入ってんのか?」

「ジジくさいは余計だ。でもな、部活見学の時にな、将棋部が一番サボりやすそうだったんだ。サボりたければ将棋部がオススメだぜ」



井上君はニカッと爽やかに笑顔をつくりながら、神崎君に向かって親指を立てて見せた。

彼の言うように、この学校は授業時間の中に部活動の時間を設けてはいるものの、力を入れている部活は少ない。

特に文化部を選択する生徒のほとんどは、井上君同様サボりたいと言う理由から選んでいる人が多くいる。

けれど私にとっては、力を入れていないが為に活動時間の少ない、その貴重な活動日が何よりも楽しみであり、待ち通しい時間なのだ。



「残念だな井上。俺、もう入部届け出してあるから勧誘しても無駄だ」

「何だ、そうだったのか」

「あぁ。転入初日に決めさせられた」

「へぇ~。で?どこの部活に入ったんだ?」

「へへへ、それはまだ内緒だ」

「何だよ内緒って。気になるじゃんか。教えろよ」

「だから内緒だって」

「ほ~ら席につけ。授業始めるぞ~」



そこに4時間目の授業、現国を担当する原田先生が入って来て、この話は終わりを迎えた。

結局、神崎君が何部に入ったのかは分からないままだったけど、何故か意味ありげに笑う彼に、私はどうにも嫌な予感がしてならなかった。

どうかこの嫌な予感が気のせいでありますようにと、そう願わずにはいられなかった――



***



「…………やっぱり」

「よ!葵葉!」



――7時間目・待ちに待った部活動の時間。

私が所属する美術部の活動場所である美術室を訊ねると、私の嫌な予感は見事に的中していて、私のお気に入りの席である窓際の一番後ろには、神崎君がニコニコと小憎たらしい笑顔を浮かべて座っていた。

ここまでくると、もう……



「ストーカー……」

「誰がストーカーだ!?」

「じゃあどうしてあなたがここにいるの?」

「俺も今日から美術部の一員になったからだ。ってなわけで宜しくな葵葉」

「……はぁ…………」


呆れを通り越して、もう脱力するしかない私は、大きな溜息を吐きながら観念して神崎君が座る一つ前の席に腰掛ける。

と同時に、授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。



部活動の時間。それが授業の一環として設けられている、と言っても実際は授業のように堅苦しい事はなく、チャイムが鳴っても顧問の先生の姿はそこにはない。

一応顧問はいるものの、本当に極たまに顔を出す程度で、この時間は皆それぞれが思い思いの時を過ごす。

友達とおしゃべりをする子もいれば、居眠りをしている子もいる。真面目に活動をしているのは、20人程いる部員のうちのほんの一握りだけ。



勿論私は美術部の活動をしたくてここにいるわけだから、周りの子達がおしゃべりを楽しむ中でも、黙々と絵を描く準備を始めた。

私が準備をしている中、神崎君はと言えば、後ろの席で意外にも真剣にスケッチブックと向き合っている。

私をストーカーして美術部に入ったのかもと思ってしまったけれど……それは私の勘違いで、実は偶然にも選んだ部活が一緒だっただけなのかもしれない。

神崎君のスケッチブックと向き合う姿勢に、私の中でほんの少し、彼に対する見る目が変わった。



「……ねぇ、もしかして神崎君も絵を描くのが好き?」




彼が美術部に入部した理由が少し知りたくなって、気がつくと私はそんな質問を投げかけていた。



「いんや。別に好きではない。どうして?」

「いや……意外にも真面目に活動してるから。じゃあ、好きでもないのにどうして美術部に入ろうと思ったの?やっぱり私をストーカーして?」

「だから違うって。ただ……絵を描く事が別段好きなわけでもないが、嫌いでもないからさ」

「……ふ~ん」


そう答えた彼の顔はとても穏やかだった。



***


 

――『嫌いではない』

神崎君のその言葉はどうやら本当だったようで、周囲からは話し声が多く聞こえる中、後ろの彼の席からは、シャッシャッと鉛筆を走らせる軽快な音が、耳に心地よく聞こえ続けている。



何を真剣に描いているのかと、彼の方を振り返ると、ふと神崎君の視線とぶつかった。



「おいおい、モデルが動くなよ」

「モデル?え、もしかして私を描いてたの?」

「あぁ」



いったいどんな風に描かれているのかと、彼のスケッチブックを覗き込むと、チラリと見えた絵に私は思わず息を呑んだ。



「……凄い……上手」



可憐な少女の後ろ姿。そこに描かれているのは、本当に自分かと疑ってしまう程の、とても綺麗で繊細な雰囲気の少女の絵。



「だろう。だから言ったじゃん。嫌いじゃないって。悪いけど、お前より上手いから、俺」

「…………」



本当のこと過ぎて何も返す言葉がない。

確かに神崎君の絵は、私なんかより全然上手で、彼の絵を見た後に自分の絵を見ると、溜め息を吐きたくなってしまう。



「葵葉は何描いてんだ?」

「ダ、ダメ!見ないで!」



背中越しに覗き込んで来る神崎君に、私は机にへばりついて、必死に絵を隠そうとした。

けれど、彼の行動の方が一歩早く、へばりつく前に羽交い締めされてしまう。



「隠す事ないだろ」

「……だって……神崎君のと比べると、凄く……下手くそなんだもん」

「ばぁか。絵は上手い下手を比べるもんじゃないだろ。絵はそれぞれの個性を主張するもんだ。お前の下手さも個性のうち、てね」

「やっぱり下手ってバカにしてる……」

「うそうそ、バカにしてないって。へぇ~、上手いもんじゃん。風景画か」

「……うん。文化祭の展示用に。この窓から見える町の風景を描いてるの。でも……どうしても思うように描けなくて……この田舎町に溢れる優しさと言うか、温かさを上手に表現出来なくて……納得の行くものがまだ描けていないの」

「十分描けてると思うけどな。まぁ、温かみが欲しいってんなら、夕日でも描いてみたらどうだ?あの山に夕日が沈んで行く――その瞬間ってのは、本当に綺麗なんだぜ。この町で俺が一番好きな景色だ」

「…………」

「?どうした葵葉?急に黙り込んで」

「……夕日……そうだよ夕日!どうして気付かなかったんだろう。ありがとう神崎君!私、頑張って描いてみる!!」



思いがけず貰うことができたアドバイスに、私は急いでオレンジ色の絵の具をパレットに出した。

神崎君の言う通り、私もこの町の夕焼け姿が好きだ。

この町のシンボルであるあの小高い山がオレンジ色に包み込まれる。その限られた瞬間の景色が大好きだ。

本当に、どうして今まで気付かなかったんだろう。

神崎君のアドバイスに私は初めて、彼に対する素直な感謝の気持ちがこみ上がった。

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