友達になろう
――昼休み――
屋上でいつものようにお昼ご飯を食べる私の隣に、誘ったわけでもないのに、転校して来たばかりの神崎君がいて、購買で買ったらしいパンを片手に、何故か一緒にお昼を食べている。
この不思議なシチュエーションに、たまらず私は彼に尋ねた。
「あの、どうして私に付きまとってくるんですか?」
今だけじゃない。
一時間目と四時間目の歴史と現国の授業では、教科書を見せろと机をピッタリくっつけてくるし、二時間目の化学の授業では、実験室への道案内を自らかって出たクラスの女の子達を差し置いて、何故か私がさせられた。
三時間目の体育に至っては、授業に出る事を禁じられ保健室で過ごす私の隣で、何故か彼まで授業をサボって保健室のベッドで寝ている有り様。
何故彼はこんなにも私に付きまとうのか?
クラスの女の子達からの視線も怖いし、もういい加減にして欲しい。
むくれ面で訪ねた私の問いに、神崎君は何故そんな事を聞くのか、とでも言いたげな顔であっけらかんと言った。
「だから朝言ったじゃん、宜しくって」
「だから、あなたと宜しくする理由が私には分かりません」
「隣になったよしみってやつでさ」
「そもそも、何故私の隣に机を運んで来たんですか。他にも場所はあったはずなのに」
「なかっただろ。一番後ろには一人はみ出たお前の隣以外、どこに場所があったって言うんだよ?」
「あるじゃないですか。一番後ろは窓際の私の席以外何もない。つまりは選び放題って事じゃないですか」
「何か?お前は転校してきたばかりの俺に一人寂しくクラスからはみ出せって言うのか?同じはみ出し者がいるならそいつの隣に行くのが普通だろ」
「どこがはみ出し者ですか。転入早々、女の子達からチヤホヤされていたくせに。その子達と一緒にいれば良いのに、どうして私みたいなはみ出し者に絡んでくるのかって聞いてるんです」
「お前………」
「な、なんですか?」
言い争いの中、突然言いよどむ彼に、何か変な発言でもしてしまったのかと、思わず身構える。
「はみ出し者って、自分で言ってて寂しくならないか?」
「なっ!?」
身構えた私に返ってきたのは哀れな眼差しと、私の事を馬鹿にでもするかのようにそんな言葉。
私は一瞬にしてかーっと恥ずかしさに襲われた。
と同時に怒りがこみ上げて来て――
「あなたが言わせたんでしょ!」
思わず大きな声を出してしまう。
「お、怒った」
「茶化さないで下さい!貴方のせいでさっきからとっくに怒ってますよ」
「そうだったのか。ずっと無表情に淡々と話してたから、てっきりあんたには喜怒哀楽の感情がないのかと思っておちょくってみたくなっちまった」
「失礼な!私にだって感情くらいあります。おちょくられたら腹だって立つし、馬鹿にされたら傷だってつくんです。本当に、何なんですかあなたは。初対面の人間に対して失礼にも程があります。そんなに私を馬鹿にして怒らせたいんですか?」
「あぁ」
「あぁって、そんな笑顔で……しかも即答ですか。本当に悪趣味ですね、人を怒らせて楽しむなんて」
「怒らせたいだけじゃないぞ。他にも笑わせたり喜ばせたり、お前の色んな表情を見たくて俺はここにいるんだ。つまり俺は、お前と友達になりたいんだよ。ほら、クラスのはみ出し者同士仲良くしようぜ」
ニカっと白い歯を見せながら、真っ直ぐな瞳で投げかけられた彼の言葉に、私の胸は一瞬震えた。
“友達になりたい”
彼が口にしたその言葉が、妙に嬉しく感じられて。
だってそれは、私がずっと欲しいと願っていたものだったから。
でも――
「すみませんが、あなたと友達にはなれません」
私はきっぱりと神崎君の申し出を断った。
「どうして?」
「……どうしても」
だって私は、心臓に大きな爆弾を抱えているから。
幼い頃から私は、15の歳まで生きられないとずっと医者から言われてきた。
幸いにして今年の春、医者から告げられていた年数を超え16歳を迎える事が出来たが、正直言って今生きていられている事自体が私にとっては奇跡で、私の心臓はあとどれくらいもつか分からない。
私はいつ死ぬか分からない人間なのだ。
そんな私と友達になったって、ただ悲しい思いをさせるだけ。
小さい頃から入院生活を続けて来た私だからこそ知ってる。
何人もの友達と、二度と会えない別れを経験して来た私だからこそ――
「病気だから?」
「……え?」
心の中で考えていた事を、まるで心を盗み見られてでもいるかのように、ずばり彼に言い当てられる。
その顔はとても真剣だ。
彼の言葉に私はおもわず息を呑んだ。
どうして?どうして私が病気である事が分かったのかと?
私の病気のことは、先生達以外この学校では誰も知らないはずなのに――
「どうして?」
どうして転校してきたばかりの彼が、私の病気の事を
「知っているの?」
私の口からこぼれた問いに彼からの答えはない。
代わりに真剣だった眼差しを急にフッと緩めると、いたずらっ子のような笑顔を浮かべながら視線を私の膝の上へと移していた。
「別に俺はお前の病気の事なんて気にしない。俺が気にしないって言ってるんだから何の問題もないだろ。ってなわけで、はい決定~!今日から俺とお前は友達だ!友達になった記念に、その玉子焼俺にも食わせろっ!」
そして一人で勝手に友達宣言をしたかと思うと、私の膝の上に置いていたお弁当の中から玉子焼を一掴みして、嬉しそうにその卵焼きへとかぶりついた。
「あ~~~私の玉子焼!!好きだから最後にとっといたのに~」
「ん~うまかっ、ごっそさん!さ~て飯も食い終わった事だし、とっとと教室戻ろうぜ。冬の屋上はやっぱさみぃ」
もう……本当に何なんだこの人は?!
出会ったばかりなのに遠慮がない!
自分勝手で図々しい人!!
「もう、神崎君だけ先に戻れば良いじゃないですか!私はもう少しここにいますから!」
箸を噛み締めながらふてくされ気味に私は言った。
「ふ~ん。なら俺ももう少しここにいよっと。あぁ、ついでに神崎君じゃなくて朔也でいいぜ。あと敬語も気持ち悪いからやめろよな」
「…………あ~も~!!」
彼から離れたくて残ると言ったのに、これでは何の意味もない。
「だから!私に付きまとわないで!馴れ馴れしくしないで!あなたと友達になんてなる気なんてないし、私は一人になりたいの!どうして放っておいてくれないの?もっと頭使って空気読んでよ!貴方馬鹿なの?それとも放っておけないくらい私の事が好きなの?」
「は?なっ?!ばっ!!何バカな事言ってんだ!んなわけねぇだろ!!」
怒りに任せて出た私の言葉に、それまで涼しい顔して私をからかっていた神崎君が急に焦った様子で否定する。
おかげで私まで、急に恥ずかしさが込み上げて来た。
「え?冗談で言っただけだったのに、そんなに必死に否定されると……えぇ?!まさか本当に??!」
「馬鹿野郎、んなわけねぇだろ!誰がお前みたいな男女、好きになんかなっかよ!!」
「男女って……ひどい……」
全力の否定と、否定理由。
否定は予想していた通りだったけれど、その理由には予想以上に心を傷つけられる。
確かに一年前までは、ずっと髪型はショートで男勝りだと周りから言われていた。
けれども、今は肩につくくらいには髪も伸びて、だいぶ女の子らしくなれたと自分では思っていたんだけどな……そんな全力で否定しなくても良いのに。
「……わりぃ、お前が変な事言うから……」
神崎君の言葉にちょっと拗ねた顔をして見せると、言い過ぎたと思ったのか、彼は今度はバツが悪そうな顔をして素直に謝ってくれる。
「…………」
本当に何なんだろ、この人は?
自信満々で余裕ぶっていたかと思えば、意外と子供みたいなに激しい照れ隠しをして焦ってみせたり。
けれども自分が悪いと思った事には素直に謝ってくれる。
この短時間で、コロコロ変わる彼の忙しい感情表現に、気付けば私は怒っていた事も忘れて思わず笑ってしまっていた。
「お前、何笑ってんだよ!俺をバカにしてるのか?おい、笑うな~~!」
神崎君とは、一体どんな人なのだろうか?
何が目的で、私なんかに絡んで来るのだろう?
彼の事はまだよく分からない。
正直どう接すれば良いのか困惑している。
けれど、何故か彼と話していると、自然とこちらの感情まで動かされる。
感情表現の仕方なんて、すっかり忘れてしまったと思っていたのに。
怒ったり、悲しんだり、笑ったり、この短時間にころころと自分の中で感情が動いていた事実に私自身驚きながらも、この時の私はどこか懐かしく温かな気持ちに包まれていたのだった。




