季節外れの転校生
「ねぇ、あの転校生さ、やっと学校出て来たと思ったら、一日中一人でああやって窓の外眺めてさ、変な子だよね」
「何考えてるのかさっぱり分からない。しゃべらないし、クラスの誰とも関わろうとしないし。それに笑った顔とか怒った顔とか、見た事ないよね。いっつも無表情で……まるで空っぽの人形みたい」
「なのにどうしてか先生達は、あの子だけを特別扱いするんだろ?体育の授業だってあの子だけはいつも保健室で休んでるし。別にどこも具合悪そうでもないのさ」
「そうそう、休みも多いしね。あたしらには単位がどうとかうるさく言うくせに、あの子が休むのは誰も何も咎めないだよ」
「ホント、ムカつく」
「まぁでも……関わらない方が良いよ、ああ言う子とは。一々腹立てるのもバカらしいし、空気ぐらいに思っておけば良いんじゃない」
「確かに。いてもいなくても気づかないし、無色透明の空気みたいに思って無視しとけばいっか」
教室の片隅から、コソコソと聞こえてくる話し声。
登校してから朝のホームルームを待っている間、数人のクラスメイト達が、コソコソ話をしながら私に冷たい視線を向けてくる。
けれど私は、陰で何を言われようが悲しむことも怒ることもしない。
ただぼんやりと外の景色を眺め続けたていた。
――いつからだろう。
周囲から私に向けられる、冷ややかな声や視線が全く気にならなくなったのは。
いや、違う。
気にならなくなったのではない。
何も感じなくなったのだ。
彼女達が言っていたように、まるで何の感情もなくなってしまったかのように私の心はからっぽで……
怒る方法も
悲しむ方法も
泣く方法も
笑う方法も
今の私には分からない。
そんな空虚な自分を感じる度に、私と言う人間が生きている事が、酷く虚しいことに感じてしまう。
どうして私は、今も生き続けているのだろうか?
何の目標も持ってはいない、人に迷惑ばかりかける私が、どうして今もこうして生き続けているのだろうか?
生きていても楽しい事が何もない、こんな空っぽでつまらない世界だったら、私なんて死んでしまえば良かったのに。
幼い頃から言われ続けた15の歳で、命を終えれば良かったのに――
けれど私は生きている。
酷く退屈なこの世界で。
私は一人、生きている。
*****
「ほ~らお前達、HR始めるぞ~。席につけ~」
「「「は~い」」」
私が所属する1年2組の教室に、担任の黒沢先生が入って来た。
先生の掛け声を合図に、生徒達は自分達の席へと着席していく。
クラス全員の着席を見守った後、先生はいつもの通り朝の挨拶を語り始める。
「えぇ~諸君、もう11月も下旬に入って、一年も残す所残り少なくなったわけだが、今日はこのクラスに新しい仲間が加わる事となった。珍しい時期の転校生ではあるが、皆仲良くするように」
けれどいつもと違うのは、先生の語った話の中に“転校生”と言う聞き慣れない単語が混じっていたこと。
季節外れの転校生の訪れに、クラス中から驚きの声が湧き上がった。
「えぇ転校生?転校生ってウチのクラス転校生多くない?また白羽さんみたいな根暗で変な転校生だったら勘弁してよ先生」
「こら安藤、何て事言うんだお前は」
「せ~んせい、説教は良いから早く転校生紹介して下さいよ。ちなみに今回は、男?それとも女?」
「そうだそうだ、先生、早く早く~!!」
「あぁ~分かった分かった。分かったからお前等、一旦その興奮を抑えようか。駄々っ子みたいに机を叩くな。いちいち席を立つな!……たく。ほら転校生、もう入って来て良いぞ」
期待と不安で急き立てる生徒達の声に、先生は少し面倒臭そうに眉を歪めながら、廊下に向かって声を張り上げた。
黒沢先生の合図の後、暫くして教室の扉が開かれる。
皆の視線が好奇と興奮を含んで一斉に開かれた扉へと注がれた。
そんな痛い程の視線を浴びながら教室に現れたのは、独特な雰囲気を纏う男の子だった。
「「「っ?!」」」
彼の登場に、それまで騒がしかった教室内が、一瞬にして静まり返る。
どうやらみんな、転校生の容姿に呆気にとられているらしい。
「す、すげっ。……赤髪?」
一人の男子が思わず零したであろう一言を合図に、皆口々に転校生に対する感想を語り始めた。
「ね……ねぇ、ちょっと!格好良くない?!私、もろタイプなんだけど!!」
「端かに。ちょっとワイルド系で……格好良いかも!」
「なんだ男かよ。可愛い女子を期待してたのに。つか、あいつの格好ってありなの?学生として許されるの?」
「赤髪に、今時流行らない裏地ド派でな短ランって。あいつ、ヤンキーか?どうみてもヤンキーだよな?あんな格好、うちみたいな田舎の学校じゃ浮きまくりだよな」
女子生徒からは、彼の整った容姿に対する好意的な感想が。
男子生徒からは、若干引き気味の、彼の派手な格好に対する感想が、クラス中に飛び交っていた。
私はと言えば、転校生に対して、特別何の感情も湧かなくて、なかなか前に進まないホームルームに少し退屈を覚え始めていた。
「こ~ら!静かに!!彼の服装と髪色については、もう指導済みだ。明日からは直して来いよ神崎」
「……うっす」
「よし。じゃあ自己紹介宜しく」
「うっす」
先生は転校生に目配せして一歩下がると、先生と入れ替わりで転校生が一歩前に出る。
「えぇ~転校生の神崎朔也です。今日からこのクラスの一員となる事になりました。皆さんとは数ヶ月と言う、短い付き合いにはなりますが、宜しくお願いします」
転校生の口から成された、彼の見た目に反しての真面目な挨拶に、クラス中からわっと拍手が湧き起こった。
転校生に向けられた賑やかな拍手に、ふと3ヶ月前の自分の姿と重なる。
3ヶ月前、私もこの学校へ転校して来て、彼と同じように途中からこの1年2組の一員となった。
転校初日の自己紹介では今の彼と同様、温かな拍手で歓迎された。
けれど私の場合は、数日と経たないうちに歓迎は疎外へと変わって行った――
別にクラスの輪に溶け込めなかった事は、仕方のない事だと納得している。
だって私の場合は、生まれつき心臓が弱くて、普通の生徒達と同じ学校生活を送る事が難しかったから。
体育の授業は見学しなければならなかったし、定期的に病院へ通わなければならないから学校も休みがちになってしまう。
どうしたって先生達から特別扱いを受けなければ、私は学校へ通う事すら難しいのだ。
何も知らないクラスメイトからしてみれば、一人だけ特別扱いを受ける私の存在が目障りに映るのは当然だ。
だから私はいつも一人で、誰とも関わる事無く、波風たてるような事もせず、皆の怒りに触れないように、空気のように存在する。
それを陰で笑っているクラスの人達を恨んではいないし、責めるつもりもない。
けれども……
みんなから祝福を受けている新しい転校生の姿は、今の私には少し眩し映って……
私は無意識に転校生から視線をずらすと、見慣れた外の景色をぼんやり眺めた。
「みんな、神崎と仲良くしてやれよ。よし、じゃあ~神崎の席だが……って、神崎?!お前、勝手に何処へ行くつもりだ?」
「何処って、ここですよね、俺の席って。教室で空いてるってここしかないわけだし」
「いや…まぁ……そうなんだが……」
転校生と先生の会話を遠くに流し聞きながら、外の景色を眺めていた私の頭上に、突然降って来た声。
その声にぎょっとして私は振り返った。
すると――
「ってわけで、宜しく!今日から隣の席になる神崎朔也だ」
先程まで先生と共に教壇に立っていたはずの転校生が何故か私の目の前に立っていて、そして何故か私に向かって右手を差し出しているのだ。
「…………え?」
どうして彼がここにいるのだろうか?
何故私に向かって手を出しているのか?
先生と彼の話を全く聞いていなかった私は、何が起こってこの状況になっているのかと、呆気にとられながら周囲を見渡した。
するとクラス中の生徒達が、一番後ろの窓側に、一つだけはみ出すように存在する私の席へと視線を送っており、私と転校生の様子を伺っているのだ。
私と同じように戸惑っている視線もあれば、攻撃的な冷たい視線もあった。中には面白がっている視線もあって、どんな反応を返すのが正解なのか、彼らの視線だけでは判断しようがなかった。
そして今一度転校生へと視線を戻すと、何が面白いのかニッコリと笑顔を浮かべながら、爽やかに握手を求めている。
「……」
結局、何の反応まま返せないまま私が固まっていると、彼の方から強引に手を掴まれて、掴んだその手を縦に3回大きく振られた。彼なりの挨拶のつもりだったのだろう。
でもその強要されただけの握手が、周囲を騒然とさせた。
「ちょっ、何あれ?!何で白羽さんにだけ?」
「しかも挨拶されといて無視するとか、何なのあの子、ホント何様?!マジムカつく!!」
女子生徒達からは悲鳴にも似たざわめきが。
男子生徒達からは私達を囃し立てる声が沸き起こる。
周囲のざわめきの中、転校生だけは一人マイペースで、あっけらかんと先生に向かって言い放った。
「ってなわけで先生、俺の座席は今日からここにするんで、宜しくお願いします。ってなわけでさっそくここに机運んで良いっすか?」
「……あぁ、もう、お前の好きにしろ」
転校そうそう、悪目立ちする転校生の姿に、先生はどこかうんざりした様子でそう答えた。
「は~い。好きにしま~す」
先生から正式な許可を得た転校生は、上機嫌に返事をして廊下へと出て行く。
そして戻ってきた彼は、手に机と椅子を持って戻って来た。
廊下からガラガラと雑音を響かせながら引きずり運んだその椅子と机を、窓際の後ろに一つだけはみ出す私の席の隣へと並べ置き、やりきったとばかりに“どかっ”と椅子に腰を下ろした。
「んじゃ改めて宜しくな、葵葉」
ニカッと白い歯を見せて、屈託のない笑顔をみせる転校生に私は何度目かの驚きを示す。
「……どうして私の名前を?」
今日初めて会ったばかりだと言うのに私の名前を呼んだ彼に、私は挨拶の返事も、忘れて疑問を問い掛ける。
私の疑問に転校生は自身の胸をトントンと叩いて見せながら、「名札」とだけ短く答えた。
……なる程。名札を見れば名前は一目瞭然だったか。
だとしても、初対面で名字ではなく名前呼びを、しかも呼び捨てでされるとは。違った意味で驚かずにはいられない。
彼のマイペースさと、馴れ馴れしさ、加えて周囲から向けられ続ける冷ややかな視線に居心地の悪さを覚えた私は、早くも彼に対する苦手意識を抱かずにはいられなかった。
苦手な人とは関わりたくない。
私の中に働いた動物的本能が私の彼に対する態度を冷たくさせる。
先程の彼の挨拶に軽い会釈だけしてみせた後、私は再び窓の外へと視線を戻した。
彼に対する私の態度に愛想がないだの、態度が悪いだの、周囲で囁かれる冷ややかな声も無視して、私は窓の外に見える長閑な山景色を、ホームルームの間中、ただぼ~っと眺め続けていた。
お付き合いありがとうございます。
この話数から新章突入です。
秋物語は、なんだか物悲しいラストとなってしまいましたが、冬物語ではすっきりするラストを迎えられたらと思っていますので、どうぞ引き続き宜しくお願い致します。
そして一発目から新キャラ登場。お騒がせ転校生の神崎朔夜も宜しくお願い致します!