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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
秋物語
53/98

秋の終わり 冬の訪れ

「……ん……」



病院のベッドの上、目を覚ます。

ぼんやりする頭で視線を彷徨わせていた私に、すぐ隣から声が掛かった。



「お、葵葉、目が覚めたか?おはよう」



声の方へと、そっと顔を向けると、そこにはお兄ちゃんの姿があった。



「……お兄……ちゃん」


「ん?どうした葵葉?怖い夢でも見てたのか?」


「………え?」


「ほら、頬に涙が」



お兄ちゃんが不思議そうに私の頬を指さす。

私自身、何の事か分からなくて、そっと右手で自分の頬に触れてみた。

すると確かにお兄ちゃんの言った通り、小さな水滴が私の指に触れた。



「……あれ?本当だ…どうして私……涙なんか……。へへへ、おかしいな。なんかね、凄く凄く長い夢を見ていた気がするんだけど……」


「長い夢?それは一体、どんな夢を見てたんだ?」


「う~ん……それが、あんまりよく思い出せないんだけど、何かね、どこか懐かしくて暖かくて…………でも思い出そうとするとちょっと悲しい気持ちになる、そんな夢………」


「何だその夢?暖かいのに悲しいって、どっちなんだよ?」


「へへへ、私にもよくわかんない。けどね、とても大切な夢だった気がするの――」



お兄ちゃんに笑って夢の話を聞かせながら、何故か今、私の心は大きな空虚感に包まれていた。

寂しくて、虚しくて……何故だかうまく笑えない。


どうして?


自分でも良く分からない。

けれど、もう内容もあまり思い出せない夢が、私の心の中にぽっかりと大きな穴を開けたような、そんなもやもやとしたしこりを残していて――


出来る事ならばもう一度、あの夢の続きを見てみたい。

何故か私はそんな事を思った。


あの夢の続きに、このもやもやの正体が隠されているような、そんな気がして。


なんて、夢は気まぐれなもの。

同じ夢の続きを見るなんて、出来るわけない……か。



私は考える事に飽きて、一度大きな伸びした。

その勢いのまま体を起こして、お兄ちゃんとは反対側の窓がある方へと視線を向けた。



「ねぇ、お兄ちゃん。私、外の景色が見たいな。カーテン、開けてくれない?」


「ん?あぁ、そうだな。たまには太陽の光を浴びないとな。今開けてやるから、ちょっと待ってろよ」



私のお願いに、お兄ちゃんはすぐにカーテンを開けてくれた。

カーテンが開かれた病室の窓からは、青く広がる空と、微かに色づきはじめた山が見える。

すっかり居心地が悪くなくなったこの病室から、あの山を眺めるのが私は好きだ。

見ていると、なんだかほっこりするような、暖かな気持ちになれるから。


綺麗な青空に映える山の緑に魅せられたのか、お兄ちゃんの存在も忘れてぼんやり景色眺めていた私。

そんな私の頬を、ひんやりと冷たい風がそっと撫でた。


どうやらいつの間にかお兄ちゃんがカーテンと共に窓を開けていたようで、お兄ちゃんは窓から顔を覗かせながら空の高い場所を見上げていた。



「あぁ、すっかり空も、高くなったなぁ」



見上げながら、お兄ちゃんが独り言のようにぽつりと小さく呟く。



「本当?ここからだと空の高さまでは分からないけど……」


「あぁ、高いぞ。雲があんなに遠くに。うろこ雲ってやつかな。空の青も濃くなって……いつの間にか秋も深まって来てたんだな」


「……はくしゅん」


「悪い、寒かったか?」


「ううん、大丈夫。でも、空の高さは分からないけど、風が冷たくなって来てるのは私にも分かったよ。もうじき冬が来るんだね」


「そうだな。10月もそろそろ終わりだ。11月に入ったらもっともっと寒くなるぞ。こっちの冬は、東京と違って寒いからな。雪だって、積もる程に降るらしいからぞ。積もった雪、見るの楽しみだろ葵葉?」


「……うん、そうだね。秋が終わっちゃうのは少し寂しいけど、雪が見られるのは、ちょっと楽しみかも」


「雪だけじゃないぞ。11月の終わりには、うちの学校の文化祭がある。12月にはクリスマスが。クリスマスが終わればすぐに正月が来て来年だ。そして来年の6月には……葵葉の17歳の誕生日。来年の誕生日も、絶対盛大にお祝いしような」


「……うん」


「これから先も、楽しみなことがいっぱいあるぞ、葵葉!」


「……うん」


「だから早く体調戻して退院しような」


「……うん、そうだね」


「……どうした葵葉?今日はなんだか元気がないな」


「ねぇ、お兄ちゃん……。私、あとどれくらい生きられるのかな?」



それまで楽しそうに話していたお兄ちゃんが、私の弱音に口をつぐんだ。

そんな私の弱い心を諭すかのように、病室の開いた窓から、突然激しい風が部屋の中へと吹き込んで来た。



“パタン”



その風が、何かを床に落とす。



「っ……」



お兄ちゃんが慌てて、落ちたそれを拾い上げる。

お兄ちゃんが拾い上げた“それ”は、スケッチブックだった。



「そう言えば葵葉……」


「何?」



その拾ったスケッチブックを見て、何かを思い出したようにお兄ちゃんが私に問いかけてくる。



「向こうの病院でずっと描いてた絵があったよな。どうだあの絵、完成できそうか?」


「………絵?何の事?お兄ちゃん」



お兄ちゃんが言っているものが、何のことだったか全く覚えのなかった私は、問いを問いで返した。



「何って、お前……」


「?」


「………あれ?なんだったけ?」



お互いに見つめ合った私とお兄ちゃんは、お互いに首を傾げて、クスクスと笑いあった。




「変なお兄ちゃん」


「いや、すまない。ほら、スケッチブック」



手にしていたスケッチブックをすっとお兄ちゃんは私に向けて差し出した。

お兄ちゃんから差し出されたスケッチブックを受け取ろうと、私もお兄ちゃんに向けて手を伸ばした。

その瞬間、私の頭の中に一瞬、ある記憶が掠める。




――『今日…ら、私……宝物……』



「っ………」



その掠めた記憶が私の心をざわざわと、ざわつかせた。



「どうした葵葉、急に固まって?また苦しいのか?それともどこか痛いのか?」


「………ううん。何でもない。ねぇ、お兄ちゃん。そのスケッチブック、家に持って帰って。私の部屋の棚にしまっといてくれないかな?」



私の心をざわつかせる存在が、今の私には鬱陶しく感じられて、私は無意識にそれを遠ざけようと、お兄ちゃんにお願いする。



「え、いいのか?入院中暇さえあれば絵を描いてたのに」


「………うん。どうしてか今は、絵を描く気にはなれないから……」


「……そっか。分かった」



一瞬躊躇いながらも納得してくれたのか、お兄ちゃんは私の着替えやタオルと一緒に、スケッチブックを持ってきていた鞄の中へと仕舞った。


目の前からスケッチブックが消えた事で、私の心のざわつきもゆっくりと落ち着きを取り戻して行く。




「じゃあ俺、今日は塾があるから帰るな。また明日様子見に来るから、良い子で待ってろよ」


「うん、ありがとうお兄ちゃん。受験勉強忙しいのに、いつもごめんね」


「何言ってんだよ。可愛い妹の為ならなんて事ないさ。じゃあな、葵葉」


「うん。バイバイ」



お兄ちゃんが病室から出て行く、その後ろ姿を見送って私は再びベットに横になった。

一人になった病室はとても静かで、その静けさが目覚めた時からずっと心に感じている空虚感を、更に大きなものへと増大させて行く。



いつもなら、ペンを握ってスケッチに走らせていた手も今日は布団の中から出すことすら面倒に感じる。

本当に何もする気になれなくて、ただぼんやりと病室から見える景色を眺め続けていた。

私の心の中は今、酷く空っぽで、虚しい。



何故、そう感じてしまうのか?

その理由さえ考える事が煩わしい。



ただただぼんやりと、今日と言う時間が過ぎるのを待っている間に、いつの間にか私は深い眠りへと誘われていた。


夢すら見ない深い深い眠りへ――





***




葵葉が無気力に、外を眺めるその先には、彼女を見守る二人の姿があった。

葵葉がその存在を忘れてしまった神耶と、神耶が師匠と呼ぶ男の姿が。




「神耶……これで、満足しましたか?」


「あぁ、師匠。あいつの記憶を消してくれてありがとう。最後にもう一度、あいつの姿を見せてくれて……ありがとう。これでもう俺は……」


「満足しましたか?」


「……あぁ。」


「本当に?本当に貴方は、これで満足出来ますか?」


「……」


「貴方の願いは、葵葉さんの幸せだと言いました。では、葵葉さんの幸せとは何ですか?」


「あいつが笑って、生きて行く事」


「あの方は今、笑っていますか?」


「………」


「笑ってなどいませんよね?それどころか……まるで心を持たない人形のように空っぽだ。哀しみや、怒りの感情すら捨ててしまったかのように、あの子の目は虚ろで、光を失っている。そんな葵葉さんの姿が、本当に幸せだと胸を張って言えますか?」


「それは……」


「もう一度聞きます神耶。貴方は本当にこれで……良かったのですか?」


「………」


「このまま、彼女から笑顔を奪った葵葉さんの前から消えてしまって……本当に良いのですか?」


「…………」


「神耶……最後に1つ、1つだけなら貴方の願いを叶えてあげられる。そう言ったら貴方は、どうしますか?」


「師匠……?」


「今まで神として頑張って来た貴方へ、私からの細やかなご褒美です」


「……………」


「私が最後に貴方の願いを、一つだけ叶えてあげましょう。さぁ神耶、もしも願いが叶うなら、貴方は何を望みますか?貴方の本当の願いは?」


「…………俺の?……願い………は?」





――生きて欲しい。葵葉に。

この先も、ずっと……ずっと生きて行って欲しい。


そして幸せになって欲しい。

いつも楽しそうに、心からの笑顔を浮かべながら。



なのに……どうしてお前は今、そんなつまらなそうな顔をしているんだ?

俺は、お前に生きて欲しいのと同時に、笑っていて欲しかったのに……


笑えよ、葵葉……笑えよ。


もう一度、あの笑顔を見せてくれよ。

俺は、お前の笑った顔が好きなんだ。

お前から笑顔を奪うために、俺はお前の前から姿を消したわけじゃない。

お前に幸せになって欲しかったから――




――――『もしも、願いが叶うなら?』




「俺は……もう一度あいつの笑顔が見たい。あいつと笑顔で……さよならしたい」



最後の別れの中、師匠との対話により引き出された神耶の心からの願い。

彼が紡いだ願いに、彼の師匠はそれまでの厳しい表情をふっと和らげて、神耶の頭を優しく撫でた。

そして高々に宣言する。



「その願い、叶えましょう」と。



瞬間、目の前が真っ白い光に包まれて、神耶の姿を飲み込んで行く。

光に包まれ、消えて行く神耶の姿を見送りながら師匠もまた願った。

葵葉と神耶、二人の想いが、二人の未来に奇跡を生むことを――







山に色づく紅葉が、秋の終わりを予感させる。

木々の葉っぱが姿を消せば、次に訪れるは寒い寒い冬の季節。

冬は辛く厳しい事柄もたくさんある。だが同じくらいに祭りごとや祝い事の多い季節でもある。

多くの生き物達が眠りにつく中、自然界の厳しさと向き合いながら逞しく生きる人間達には、厳しい季節を喜びに変え得る力を持つ。


次に巡りくる新しい季節には、いったいどんな出来事が待っているだろうか?

今しばらく、冬の訪れを待とうではないか。





秋物語.END








ってなわけで、予告通り秋物語完結です。ここまで付き合い頂いた方には心から感謝申し上げます。

本当にありがとうございました!

この物語は、魔法のiランドで先に連載させており、そちらのストックにそろそろ追いつきそうでヒヤヒヤしておりますが(スランプで連載止まってます(^^;))、一番書きたかった話が冬と春物語だったりするので、頑張って完走できればと思います。

この先もお付き合い頂ければ幸いです(^^)ではでは次話でお会いしましょう!

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