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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
秋物語
47/98

会えない間も


次の日——

クラスメイトとあんな事があってから、始めての登校日となる日の朝を迎え、私はドキドキしながら家を出た。

今日は隣に神耶君はいてくれない。

ううん。自分からそれを望んだ。

一人で頑張るって決めたから。


教室の前に来ると、いつもと変わらないクラスメイト達の賑やかな談笑が扉越しに聞こえて来た。

この和気あいあいと、楽しげな空間に、私もいつかは入りたい。

そんな希望を胸に抱きつつも私の足は、あの日の……クラスメイトと喧嘩をした末、階段を踏み外した日の記憶が蘇って、ひるんでしまう。



「…………」



一人で頑張るって、決意したばかりだと言うのに、ついつい弱気になっちゃってしまう自分の弱い心を奮い立たせようと、私はパチパチと両頬を叩いて気合いを入れた。



「よしっ!」



覚悟を決めて教室のドアを開く。



「おはようございます!」



ガラガラと、私が教室のドアを開けた瞬間……

賑やかだったはずのクラスの会話がまるで時が止まったかのように止んだ。

クラス中の視線が一斉に私に集まる。

ピリッとしたどこか冷たい空気が、私に息をする事も忘れさせた。



けれど、緊張に震える私を他所に、教室に流れる時は、何事もなかったかのように再び動き始める。

私への興味をあっさりと手放したらしいクラスメイト達は、再び友達同士の会話を楽しんでいた。

もう誰一人、私を見るものはいない。挨拶の言葉を返す人間も。

それが良かったのか悪かったのか、私は一人寂しくとぼとぼと窓際の一番後ろにある自分の席へと腰を下した。



神耶君がいなくても、なんとか無事一人で登校できた事にほっと一息つきながら、これといって何もすることなく手持無沙汰となった時間の中、私は窓から見える八幡神社のあるあの小高い山を、一人ぼんやり眺め過ごした。



『神耶君。私、一人でも頑張ってるよ。』

心の中で、そう小さく呟きながら……。






緊張して登校したはずだったその日は、結局は何事もなく、無事に一日が終わった。

本当に、何事もなかったかのように……。

あんな事があって休んだ後だったのに、いつも通り休み時間にも声をかけてくるクラスメイトはいなかった。

昼休みも、いつものように屋上で一人お弁当を食べて、私は空気のようにただ教室に存在しているだけ。

そういつも通りに。


ただ一つ違った事は、久しぶりの登校に私一人だけが緊張しっぱなしで、いつも以上に疲れたと言う事。

家に帰りつくなり疲れ果てた私は、いつの間にか居間で眠ってしまっていた。

おかげでその日は神耶君に会いに行く事はできなかった。




***




次の日もまた、私はただ静かに教室で空気のように存在して一日を終える。

一日中、誰とも口を利かない日々が続くと、無性に人と話したくなる。

今日こそは、神耶君に会いに行きたいな。

そう思っていたのだけれども、この日は2日に一度の受診の日。受診日は、放課後まるまる時間を取られてしまうから、また神耶君に会う事は叶わなかった。



その次の日は、週に一度の部活動の日。

うちの学校の文化部は、普段活動したい者だけが自由に活動する事になっていたのだけれど、週に一度だけ必ず部活へ参加しなければならない曜日が存在して、それが金曜日の今日。

部活によって帰りが遅くなってしまったから、この日も神耶君に会う事は叶わなかった。




その次の日の土曜日は1日中休みだったけれど、2日に一度の受診の日で、朝からお兄ちゃんに強制的に病院へと連れて行かれて……帰って来てからもお兄ちゃんにベッタリと見張られて、外出する機会を作る事ができなかった。





次に私が社へ行く事が叶ったのは日曜日。

前日厳しかったお兄ちゃんをはじめとした家族の監視の目を掻い潜り、こっそりと家を抜け出し私は久しぶりに神耶君へ会いに行く。



「か~ぐや君!あっそび~ましょ~っ!」



いつもの如く、家主の返事を待たずにヅカヅカと、勝手知ったる社へと上がっていけば……

予想外にも、そこに神耶君の姿はなかった。



「あれ?」



いつもならここで寝てるのに……



「今日はもう起きてるのかな?珍しいな。……どこに行ったんだろ、神耶君?」



社をはじめ、神社の周りは一通り探してみたけど見つからない。

仕方なく私は神耶君を探しに、神社より更に山の上を目指して、山の奥深くへと入って行くことにした。



「あっいたいた。お~い神耶君!遊びに来たよ~」



木々が生い茂る山の中、山頂まで来ると突然開けた土地が広がる。

邪魔するものがなく、開けた場所で、更には一番高い場所に存在するそこは、とても見晴らしが良い。

そしてこの場所に一本だけ堂々と聳え立つ桜の大木。その大木の枝の上が神耶君のお気に入りの場所だった。

そして予想通り、彼のお気に入りの場所で神耶君の姿を見つけた私は、大声で神耶君を呼んだ。

けれど、私の呼び掛けに、神耶君からの反応は得られなかった。



「あれ?寝てるのかな?」



仕方なく、もう一度私は大きな声で神耶君の名前を呼ぶ。

すると……一瞬神耶君の体がグラリと大きく揺れて……



「えぇ?!」



真っ逆さまに地面に向かって落ちてくる神耶君。



「きゃ~きゃ~きゃ~神耶君!起きて!起きて神耶君!!起きないと死んじゃうよ~~~」



いや、起きた所でこの高さから落ちたのでは、いくら神様と言えど助からないかもしれない。

神耶君の危機に私が思わずギュッと目を閉じると………



「お久しぶりですね葵葉さん。」



聞き慣れた声が頭上から聞こえてきた。



「その声はっ!師匠さん?!」



その声に恐る恐る目を開ける。

すると師匠さんが神耶君を抱き抱えながら、ふわりふわりと空中に浮かんでる姿が目に入った。



「神耶君……良かった……」



師匠さんに助けられたのだろう神耶君の無事な姿に、ホッと胸を撫で下ろす。



「全く。暫く留守にしていた間にこの子はいったい何をやっていたのですかね。」



少し怒ったような口調で、師匠さんは神耶君を抱えたまま地上へと着地した。



「あれ?神耶君まだ起きないんですか?」



大変な目にあっていたというのに、師匠さんの腕の中、未だ起きる気配のない神耶君に、私は不思議に思って顔を覗き込むと、神耶君が苦しそうに呼吸をしながら額に汗をかいてる事に気付いた。

心なしか、頬も赤い気がする。




「え?神耶君……もしかして?」


「どうやら風邪をひいているようですね。」


「えぇ?!」


師匠さんから落ち着いた口調で返ってきた驚きの言葉に、思わず大きな声が漏れる。



「師匠さん、そんな落ち着いてる場合じゃないですよ!早く神耶君を社に運びましょう」


「それもそうですね」



それでもまだ、のんびりとした動作の師匠さんの背中を強引に押しながら、私は社へと戻る道を急いだ。



社に到着するなり師匠さんは自分が羽織っていた着物の上着を神耶君にかけて横にさせた。

私は神耶君の手を握りしめて何度も何度も呼びかけ続ける。



「神耶君……神耶君大丈夫?神耶君!」



何度目かの呼びかけで、やっと神耶君が目を覚まして、まだ焦点の定まらない視線で私を見上げた。



「……葵……葉?お前……どうしてここに?学校は??」


「神耶君。今日は日曜日だから学校はお休みだよ。だから神社に遊びに来たの。そしたら神耶君の姿が見当たらなくて……神耶君のお気に入りの場所まで探しに行ったら、神耶君が急に桜の大木から落ちて来て……

本当にびっくりしたんだから!」


「日……曜日?……いつの間にそんなに時間が経ってたんだ?」


「神耶……貴方、いつ頃からあそこにいたのです?正直きに白状しなさい。」


「あ……れ………師匠?あんたこそ……いつ戻って……来てたんだよ……」


「ついさっきですよ。それより、いつからあそこにいたのです?」


「……さぁ?今が日曜日だとすれば……何日くらい前……だったかな?」


「…………覚えていられない程の時間をあんな所で寝起きをしていたと言う事ですか?」


「まぁ………そうだな…」


「まったく。ちょっと目を離せばすぐこれです。だから貴方を一人にしておくのは心配なんですよ。秋も深まって肌寒くなってきているのに、そんな中で何日も夜をあかせば、風邪をひくのは当たり前でしょう。」


「………」



珍しく怒った様子の師匠さんに、神耶君は何も言い返せないみたいで、しゅんと体を小さくした。



「でも神耶君、どうしてあんなに所で何日も寝起きをしてたの?」


私は神耶君に、助け舟を出すつもりで二人の会話に割り込み率直な疑問を尋ねてみた。



「……?」


けれど、助け舟どころかどうやら地雷を踏んでしまったらしく、何故か固まる神耶君。



「ヒントは、あそこがこの町を見下ろすのに一番見晴らしの良い場所だと言う事。…と言うことは?」


「……言う事は??」




固まったままの神耶君に代わって、師匠さんがそんなヒントを与えてくれる。

だが、私には師匠さんの言おうとしている事がさっぱり分からなくて…

首を傾げながら聞き返す。



「答えは簡単です。葵葉さんが心配で、ずっとあそこから見守っていたのですよ。ね、神耶?」



「……えっ?」


今度は私が固まる番だった。

私の反応に、神耶君は烈火の如く怒り、取り乱して否定する。



「っな!?ばっ…!師匠!何馬鹿な事言ってんだよ!んな事あるわけないだろ!!」



熱で赤かった顔を、更に赤く染めながら全力で否定する神耶君。

その姿に私も思わず顔が熱くなるのを感じた。

だって素直じゃない神耶君がこう言う反応をする時は……



「図星。ですか。」


「師匠!だから違うって!何で俺が………」


「葵葉さんがなかなか遊びに来てくれなくて、心配だったんでしょう?」


「んなわけあるか!こいつがいなかったおかげで俺は一人の時間を満喫できたんだ!…っつか何でんな事知ってんだよ師匠!?」


「私を誰だと思ってるんです?神である私が知らない事などありませんよ。」



師匠さんと神耶君がいつも通り言い争いをしている横で、私は必死に体の熱と戦っていた。

私がここに来れなかった間、神耶君はずっと心配して、遠く離れた場所からも見守ってくれていた?

ずっと……ずっと………?

神耶君のその優しさが嬉しくて……

恥ずかしくて………

体中から込み上げてくる熱で、神耶君への想いが溢れてしまいそになった。

その時、師匠さんから私に声がかかった。



「葵葉さん。ちょっと良いですか?」



その声に、一瞬にして現実に引き戻される。

そんだ。嬉しがってる場合ではない。

私の気持ちが神耶君に気付かれないように、早くこの熱をおさえなくては……




「葵葉さん。川へ水を汲みに行こうかと思うのですが、貴方にも手伝っていただいてよろしいでしょうか?」


「は……はい!行きます。行かせていただきます!!」


「ありがとうございます。では神耶、貴方は大人しく寝てるのですよ。ストーカー行為は決してしないで下さいね!」



「なっ…だっ…誰がストーカーだぁ!!誰が!!」




神耶君の血管がプツンと切れる音がした。

顔を真っ赤にして怒鳴る神耶君をクスクス笑いながら、師匠さんは私の背に手を添えて、社から外へと導く。

私も二人の面白いやり取りに笑いを零しながら、師匠さんに導かれるまま社を後にした。



「葵葉っ……お前まで……。笑うな~!!お前ら暫く戻ってくんな~~~~~!」



神耶君の絶叫が山の中にこだまする。






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