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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
秋物語
45/98

隠しきれない気持ち


「あっ!もうこんな時間?!」



ふと腕にはめた時計に目をやれば、時計の針は12時を指しえていた。

時間が経つ速さに私は驚き声を上げる。



「どうした?」


「今日は午後から病院に行かないと行けないんだった。ここに来る事を許してもらう変わりに、ちゃんと病院に行く事ってお母さんと約束したのをすっかり忘れてたよ」


「ふ~ん」


「ふ~んて・・・・・・酷いな~聞いておいて他人事みたいなその返事」


「だって他人事だし」


「私と遊べなくて寂しい~。とか、言ってくれても良いのにな~」


「寂しい?馬鹿言うな。師匠もいなくなって、お前もいなくなってくれれば、俺は久しぶりにゆっくりと一人の時間を満喫出来るじゃないか!寂しいどころか嬉し」


「・・・・・・」


「なっ、何だよ」


「あ~あ。せっかく今日はお母さんが作ってくれたお弁当持って来てたのに。神耶君と一緒に食べようと楽しみにしてたのに。そんなに私が邪魔者なら、いいもんいいもん。これは一人で食べるから!」



神耶君に、あっかんべーをして、背中を向ける。

向けるなり持って来ていたお弁当箱を開けて、一人黙々とお弁当を食べ初めた。

そんな私に、神耶君は慌てて近寄って来て・・・・・・



「待て!弁当って事はっ!卵焼き入ってるか?!」


「勿論、神耶君の大好きな卵焼きも入ってるよ!けど、神耶君は一人の時間を満喫したいんでしょ?どうぞどうぞ。私に構わずに満喫して下さい」


「おい、何怒ってんだよ。弁当なら俺も一緒に食ってやってもっ・・・・・・」



またも神耶君にあっかんべーをして、私は卵焼きを箸で掴む。



「あ~~~~~卵焼き!俺の卵焼き~~~」


「今日はあげない!絶対絶対あげないもん!!」


「だから、何怒ってんだよ。俺にも卵焼き食わせろ~」


「嫌!神耶君になんてぜ~ったいあげない!!」


「・・・・・・の野郎~」



無気になって卵焼きを取り合う私達。

不意に神耶君が私の手を掴んで来て・・・・・・


神耶君に掴まれたヶ所から徐々に、全身に熱が広がって行く。

体が熱い。

私はびっくりして、思わず手に持っていたお弁当箱を落としてしまった。



「あっぶね~。おい!何やってんだよお前!ちゃんと持ってないと危ないだろ?!俺の卵焼きがって・・・・・・え?何で泣きそうになってんだお前?」


「・・・・・・なさい・・・・・・」


「?どうした急に?昨日といい今日といい、急に変になりやがって」


「・・・・・・ゴメンなさい」



私は必死に平常心を保とうとする。

けど、平常心を保とうとすればするほどに心臓の鼓動が早まって・・・・・・

今日は助けてくれる師匠さんもいない。



「お、おい。本当にどうしたんだよ?心臓なんか抑えて・・・・・・まさかっ、また発作が?」



心配そうな顔で私に手を伸ばしてくる神耶君。

瞬間っ、私の肩がびくんと跳ねた。

もし今、神耶君に触られたら、この胸の鼓動をごまかせる自信がない。



「っ!触らないで!!」



そう叫ぶ私に驚いたのか、神耶君の体がピタリと停止する。



「あっ・・・・・・」



叫んだ後で後悔する。

神耶君の驚いた表情の中に含まれた、悲しみの感情を感じて。



「・・・・・・ゴメンなさい。怒鳴るつもりなんてなかったのに・・・・・・。ゴメンなさい・・・・・・。やっぱり私、もう行くね。これ良かったら食べて。それじゃあ、さよなら」



私は、その神耶君の傷付いたような顔から視線をそらして、それだけ言い残すと持っていたお弁当を神耶君に押し付けて、逃げるように社を後にした。





―――神耶君とずっと一緒にいたい。



心の中ではそうと願っているはずなのに、神耶君への想いが止められない。

心のどこかで友達以上の関係を望んでしまう私がいる。




―――『その気持ちはどうか、貴方の胸の中だけに留めておいて下さい。神耶には決して気付かれないように・・・・・・』


―――『人はみんな無いものねだりなんだ。どんなに願いを叶えても、現状に満足できない。次から次へと新たな欲が出て来る。俺は……そんな繰り返しに疲れたんだ』



師匠さんと神耶君の言葉が、頭の中でぐるぐると、何度も何度もリピートされる。

隠さなきゃ。何としてもこの気持ちを、隠し通さなくちゃ・・・・・・。






----------------------------------------- 







「・・・・・・何だあいつ?俺・・・・・・何かしたか?」




葵葉の背中を見送りながら独り言を呟く神耶。

葵葉の態度が気になって・・・・・・



「くそっ!」



葵葉から渡された弁当をいっきに口の中へと掻き込んだ後、急いで葵葉の後を追い掛けた。



葵葉の後を追いかけて病院までこっそり付いてきた神耶は、葵葉が入って行った診察室と書かれた部屋のすぐ外の床にどっかりと胡坐をかいた。

そして、外から葵葉の様子を窺がい知る為に。目を閉じ、部屋の中へと意識を集中した。

神耶の頭の中にぼんやりと見え始める部屋の中の様子。



「葵葉ちゃん。その後調子はどうだい?」



四十台後半といった所だろうか。短髪をオールバックに固めた爽やかな印象の男性が、中指で眼鏡をぐいと持ち上げながら優しい口調で葵葉に質問していた。首にから、沢田と書かれた名札を下がる白衣姿のこの男性が葵葉の主治医かと、神耶はすぐに理解した。



「はい。順調ですよ。発作も起きてないですし。」


「そうか。それは良かった。検査でも一通り異常は見つからなかったし、この調子なら葵葉ちゃん、明日からまた学校行くかい?」


「・・・・・・」



ニコニコと嬉しそうに訊ねた沢田先生との質問に、葵葉の表情は固まる。

予想外の反応だったのか、眼鏡の奥で優しく細られていた先生の瞳が大きく見開かれ、驚きおも戸惑いとも見える顔で葵葉を見た。



「あれ?どうしたの?嬉しくないの?前はあんなに学校行きたいって言ってたのに」


「そんな事ないです。嬉しいですよ」



葵葉は、ニコリと微笑んで見せながら言った。

だが葵葉の笑顔は、無理して作っているように神耶には見えた。



「そうか。嬉こんでもらえたのなら良かった。それでね葵葉ちゃん、そうは言ってもやっぱりまだ心配だから、今までより診察に来てもらう日程を増やすよ。今度からは3日1度は様子を見せに来る事。それが学校に通う為の条件だ。分かったかい?」


「はい」


「よし。良い子だ」



素直に返された葵葉からの返事に、沢田先生はポンポンと、優しい手つきで葵葉の頭に撫でながら褒めた。

その行為に、葵葉は照れ臭そうに笑っていた。



「じゃあ葵葉ちゃん、今日の診察はここまで。今日もお薬を出しておくから、それを貰ったら今日はもう帰って良いよ。お大事にね」


「はい。ありがとうございました」



ぺこりと頭を下げた葵葉は立ち上がると、神耶がいる診察室の出入り口に向かって歩みを進めて来た。



「やっべっ!」


神耶は慌てて辺りを見回すと、身を隠す事ができそうな場所を探した。

神耶の目についたのは、診察室のすぐ脇に設置されていたソファー。

葵葉がドアを開けるより先に、何とか身を隠そうと狭いソファーの下に慌てて滑り込ませた。



「・・・・・・ん?俺、何隠れてるんだ?」



慌てて隠れてはみたものの、ふと冷静になって考えてみると、何故こんなに必死に隠れようとしているのか?自分のとった行動におもわず首を傾げる神耶。

だが、そんな疑問に気付いた時にはもう遅く、診察室から出て来た葵葉の後ろ姿は、もうすっかり遠ざかっていた。


「やっべ。声かけるタイミング見逃した。・・・・・・あ~~もう!こんな所まで来て、いったいを何やっているんだ俺は?!」



独り言をぶつぶつ呟きながら、自己嫌悪に頭を抱える。

そんな時、診察室からふと漏れ聞こえてきた声。その声の気になる内容に、神耶はソファーの下から抜け出すと、先ほどと同じように診察室の中へと意識を集中させた。



「先生!どうして葵葉ちゃんに学校へ行く許可なんてだしたんですか?葵葉ちゃんに無理させたら、またいつ発作を起こして倒れるかもしれないのに!!」


甲高い声で、沢田先生にそう問いかけていたのは、それまで静かに診察を補助していた年若い看護師の女性。後ろで一つに括っていた長い髪の毛を激しく揺らしながら、先生に詰め寄る姿は、とても穏やかではない。



「仕方ないんだよ。それがご家族の方々の望みなのだから。今まで入院ばかりで好きな事、やりたい事を全て我慢して来たような子だから、生きながらえた葵葉ちゃんに、残された時間くらいは好きな事をして、少しでも笑っていて欲しい。それが、葵葉ちゃんの家族の望みなんだ。」



先程まで葵葉に向けていた爽やかな微笑みは眼鏡の奥に隠しながら、沢田先生は低い声で静かに語った。



「でもそれはっ!・・・・・・葵葉ちゃんの未来を諦めてるって事ですよね?どうして・・・・・・」


「・・・・・・」


「せっかく葵葉ちゃん自身が未来に希望を持ち始めたのに・・・・・・周りはどうして葵葉ちゃんの未来を諦めてしまうんですか?」



沢田先生と看護師。二人の会話を盗み聞きながら、神耶はふと葵葉の言葉を思い出していた。





―――『あのね、私ね、ずとずっと小さい頃から、絵をお仕事にしてる人に憧れてたの。いつか私も、絵を仕事に出来たら良いな~って思ってた。ただ漠然と思ってただけだから、まだ何になりたい!って言う明確なものは分からないんだけど・・・・・・でも例えば、デザイナーだったり、イラストレーター、絵本作家、漫画家、アニメーター。そう言う、絵に携わる仕事に就けたらきっと楽しいだろうな~ってずっと夢見てるんだ。』




楽しそうにそう語る葵葉の顔が、頭から離れない。

葵葉がこの街に戻って来てからは、元気な葵葉の姿しか見ていなかった。

だから、葵葉の病気は回復に向かっているものとばかり神耶は思っていた。


だけど……

その姿は一時の幻でしかないと言うのだろうか?

あんなに楽しそうに好きな事をして、嬉しそうに未来を語っていたと言うのに。

生きる事を諦めていた葵葉が、やっと見据えた未来。

それを周りは諦めているなんて・・・・・・


無意識に、神耶はきつく自身の拳を握りしめていた。

そして、葵葉の様子が更に心配になって、葵葉を追い掛けるべく急いで駆け出す。





「っ!」


その時、見覚えのある、でも思いもよらなかった人物が神耶の横をすっと通り過ぎて行って・・・・・・

神耶は驚にピタリと足が止まった。



「・・・・・・あいつ、どうしてここに?」



思わずそんな疑問が神耶の口から零れた。

神耶を驚かせたその人物とは、昨日葵葉と出掛けた街で警察に追い掛けられた葵葉を助けた、あの男。

階段から落ちた葵葉を助けた、あの男。

確か名前を月岡祐樹と言ったか?

予想外の人物と、予想外の場所ではたした再会に、神耶はこの男の事が無性に気になって、気が付くと彼の背中目で追っていた。


月岡は、自分が立っていた診察室の前で一度立ち止まると、診察室の中へと姿を消して行く。



「・・・・・・」



彼が消えて行った診察室のドアをきつく睨み付けながら、暫くの間立ち尽くす神耶。



「あいつ・・・・・・」



一瞬、何か言いかけるも、それ以上は言葉をつぐんで、神耶は、再び駆け出した。

葵葉を追い掛けるべく、男が消えて行った診察室に背を向けて。




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