神様って信じますか?
「・・・・・・ん」
次に目が覚めた時、背中に感じるのは固くて冷たいはずの床の感触。
ではなくて、ふかふかの・・・・・・布団?!
「っ!」
予想していたものとは違う感覚に、私は驚いて飛び起きた。
体を起こした事でここがどこであるかを理解する。
「・・・・・・保健室?どうして私、保健室なんかに?」
記憶を手繰りよせつつ、キョロキョロと辺りを見渡していると、視界にぼんやりと人の後ろ姿が映った。
「・・・・・・神耶・・・君?」
保健室の窓際に設置されたソファーに腰かけた人物の背中に向かって、私は名前を呼ぶ。
するとその人はゆっくりとこちらを振り返って・・・・・・
「気付いたか?」
低い声でそうが言葉が返ってきた。
返って来た声は期待した人のものではなく、全く知らない人のもの。
「・・・・・・貴方は?」
「・・・・・・」
私の問い掛けに返事はない。
その人は、答える気はないとばかりにまた私に背を向ける。
声は男の人のものだったが、窓から差し込む光に照らされ少し茶色に輝くサラサラストレートの髪はとても綺麗で、後ろ姿はまるで女の人と見間違えてしまう程、綺麗な印象をその人に受けた。
「あの、貴方が私を助けてくれたんですか?私、確か階段から落ちたと思うんですけど・・・・・・」
「それであんたに下敷きにされた。」
「えっ?!」
「薄情な友人達は、あんたが階段から落ちた事に血相変えて皆して逃げて行った」
「・・・・・・あぁ・・・・・・」
「のびてるあんたを、そのまま放っておくわけにもいかず、仕方なく俺が保健室まで運んでやった。被害者であるはずの俺が・・・・・・な。あんたに巻き込まれたばっかりに」
最初は淡々と話していた口調が次第に怒りを含んだものへと変わっていく。
「そっ、それはっ・・・・・・とてもとてもご迷惑をおかけしまして、申し訳ございませんでした!」
背中からも滲み出ている怒りに、私は慌ててベッドの上に正座して、その人の背中に向けて深々と頭を下げる。
「全くだ。・・・・・・痛っ~」
「っ!?どうしたんですか??」
痛みを含んだ声に、自分のせいでどこか怪我をさせてしまったのかと、私は慌ててその人が座るソファーへと駆け寄った。
「あんたのせいでそこかしこ怪我だらけだよ。何でかあんたの顔みた途端、保健の先生は飛び出して行っちまうし・・・・・・。仕方なく自分で手当してんの」
「それはいけません!私に!是非私に手当てさせて下さい!!助けて貰ったお礼をしなければです!!」
「いい。自分でやる」
「いけません!怪我したのならちゃんと手当てしないと。私にやらせて下さい!」
勢い良く顔を上げた時、その人と初めて視線がぶつかる。
まるで女性のように白く綺麗な肌と、目鼻立ちのしっかりとした端正な顔に、一瞬見とれそうになりながら、鼻息荒く私は懇願した。
「・・・・・・」
「手当てさせてください!」
「って・・・・・・おい!近い。顔が近い。離れろ」
「でも、私のせいで怪我したのなら、責任をとらなくては!」
「だから近いって。あ~分かった。分かったからあんた、それ以上近付くな。本気で怖いから」
盛大なため息をつきながらも、私の勢いに押されたのか、大人しく腕を差出してくれた。
赤く腫れた右手に湿布をして、その上に包帯をくるくる巻いていると、どこか呆れた様子で口を出される。
「おい・・・・・・あんた、本当に出来るのか?」
「だ、大丈夫です。あれ?おかしいな。何で絡まってるのかな?」
「・・・・・・」
「大丈夫です!まかせて下さい!!」
「・・・・・・はぁ」
自信満々に答えた私に、また盛大なため息をつかれてしまう。
包帯を巻きながら、その人の胸につけられた名札が目についた。
そう言えば、まだ名前を聞いていなかったと、私は無意識にそこにかかれた名前を口にした。
「月岡・・・・・・祐樹先輩?3年の方なんですか?」
「ん?あぁ。お前は?1年?」
「はい。」
「何であんな所で喧嘩なんかしてたんだ?イジメられてたのか?」
「それは・・・・・・」
「ま、俺には関係ない事だから、話たくないなら話さなくて良いよ」
「・・・・・・」
「それに、出来る事なら口よりも先に手を動かしてくれた方が嬉しいし」
「あっすみませんっ!」
話す事にばかり意識が向いていたせいで、ついつい手が疎かになっていた事を指摘されて私は慌てて包帯を巻く手を動かし始めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それ以上、月岡先輩は口を開く事はなく、保健室は静寂に包まれる。
・・・
・・・・
・・・・・
「おい、あんた。たかだか包帯巻くのにどんだけ時間かかってんだよ」
どれくらい時間が経った頃だっただろうか?
先にその沈黙を破ったのは、先輩だった。
「えっと・・・・・・すみません。多分、あと少しなんですけど。ここをこうして・・・ああして・・・・・・」
「・・・・・・」
「出来た!!」
「出来たって・・・・・・これでか?なんか、凄く緩い気がするんだけど?」
「そうですか?きつくしめ過ぎたら痛いかと思って」
「だからってこれは・・・・・・」
包帯の巻き具合を確認しようと先輩が少し腕を動かしただけで、綻び始める包帯。
「・・・・・・はぁ。」
そんな包帯の様子にまたも盛大なため息を吐きながら、呆れと怒りとを含んだような不機嫌な顔で、自ら改めて包帯を巻き始める月岡先輩。
「お気にめさなかった感じ・・・ですか・・・・・・?」
「あぁ」
「即答っ?!ごめんなさい。ごめんなさい。もう一度!もう一度巻き直しますから!!」
「もういいよ。自分でやる。つかあんた、そんなに元気だったら、そろそろ教室戻ったら?5時間目の授業、とっくに始まってるだろ」
「そう言う先輩は?」
「俺はもちろんサボる。誰かさんのせいで体中に激痛が走って勉強どころじゃ」
「じゃあ私もサボります!先輩の怪我は私のせいなのに、私だけのほほんと授業に戻るなんて出来ません!」
「・・・・・・逆にいない方がありがたいんだけど。あんたがいると煩さくて敵わない。いいから、あんたは授業に出て来いよ」
「でも、それでは先輩に申し訳が・・・・・・」
「とか言って、それは単なる建前で、本当は教室に戻りたくないんじゃないの?あんな事の後で、クラスの奴らと顔会わせるのが気まずい。とかさ」
「っ・・・・・・」
「おいおい図星かよ」
「・・・・・・」
先輩の言葉に何故か返す言葉につまってしまった。
図星をつかれてしまった事をごまかそうと言葉を探せば探す程に、言葉が出て来なくて私は俯く。
「・・・・・・悪かった。ちょっと無神経な事言っちまったな。ごめん」
先輩の言葉に、私はふるふると頭をふる。
「やっぱり、あんたイジメられてたのか?」
「・・・・・・」
その質問に沈黙を続ける私に、先輩は小さくため息をつきながら、私の頭に先輩の大きな手が乗せられて・・・・・・
突然の事に一瞬ビクンと驚きから体が跳ねた。
そんな私に先輩は
「話たくないなら話さなくても良い。俺も無理矢理聞くつもりはない」
「・・・・・・」
「けどな、もし今本当は泣きたい程辛いんだとしたら、無理にはしゃいでみせなくて良い。無理に笑おうとしなくて良い。素直に思っている感情を出せば良い。じゃないと疲れるだろ」
「・・・・・・」
優しい口調で語りかけながら、私の頭を先輩の大きくて温かな手でくしゃくしゃに撫てくれた。
その暖かさに導かれるように・・・・・・私の口からつい、こんな言葉が漏れた。
「先輩は・・・・・・」
「ん?」
「神様って・・・・・・信じますか?」