賑やかな午後のひと時
その日は一日、クラス中から向けられる視線がどこか冷たく感じた。
昼休み、教室に漂う冷ややかな空気に息がつまりそうなった私は、ついに逃げるように教室を出て、一人静かに過ごせる場所を探して学校をさ迷い歩いた。
そんな私が辿り着いた場所。
そこは、屋上だった。
まだ夏の熱さが残る時期だからなのだろうか?
屋上には人影はなく静かだ。
私は、屋上に設置された貯水タンクの日陰に入って、お母さんが作ってくれたお弁当を広げる。
「いただきます」
広げたお弁当に手を合わせ、発した言葉が虚しく風に消えた。
「・・・・・・」
今頃教室では、気心の知れた友達同士、楽しくお喋りしながら皆でワイワイとお弁当を食べているのだろう。
そんな光景に憧れながら、いつか自分もその輪の中に混ざりたいと思うのだけど・・・・・・
「残念ながら、今日はまだ無理だったけど・・・・・・明日こそは!クラスの輪に溶け込めるように頑張ろう」
そんな独り言を呟きながら、お弁当に箸を伸ばしたその時。
「おっ!旨そっ」
後ろから不意に聞こえてきた声に驚き私は振り返る。
「え?神耶君!?どうしてここに?」
「ちょっとお前の事が気になって、様子見に来た」
「・・・・・・そっか。ありがとう」
背後からひょっこり現れた神耶君に向かって、頑張って微笑んで見せながら私はお礼を口にした。
「で?何でこんな所で一人で弁当食べてんだ?」
「・・・・・・ちょっとね」
「ふ~ん」
直球で投げかけられた神耶君の答えにくい質問に、私は曖昧に答える。
きっと神様である神耶君には、私がここに一人でいる理由なんてお見通しなのだろう。
けれど、私の気持ちを察してくれたのか、それ以上無理に聞いてくる事はせず、すぐに話題を他へ逸らしてくれる神耶君。
「なぁ、その卵焼き・・・・・・」
「食べる?」
神耶君の優しさに、私は感謝の意味を混めてすっとお弁当を差し出した。
すると、神耶君は待ってましたとばかりにお弁当のオカズめがけて物凄い勢いで手を伸ばして来る。
あ・・・・・・あれ?買いかぶりすぎだったのかな?
話題を逸らしたのは、神耶君の優しさではなく、ただ本当に私のお弁当を食べたかっただけだったのかな?
そんな不安とすら感じる勢いで、神耶君のお弁当に伸びる手が止まらない。
「ちょっと、待ってっ・・・・・・待ってよ神耶君っ!そんなにいっぱい食べていいなんて言ってないよ?」
「は?お前さっき、食べて良いっていったじゃん」
「それは確かに言ったけど、ちょっとは遠慮してよ~」
「ケチケチすんなって」
そんな言い合いをしながら、2人で1つのお弁当を取り合って、賑やかな時間を過ごす。
長いと思っていた昼休みが、神耶君のおかげであっと言う間に過ぎて行った。
次の日も。
またその次の日も。
私は誰もいない屋上で神耶君と2人、賑やかに昼休みを過ごした。
クラスにはなかなか馴染めないままだったのだけれど、不思議と寂しさを感じなかったのはきっと、神耶君のおかげ。
***
--神耶君と、お昼休みを屋上で過ごすようになって一週間が過ぎた頃。
「今日もこんな所で、一人寂しく弁当か?」
「神耶君!」
「よっ!今日も卵焼きくれ!」
「神耶君は卵焼きが好物なんだね。いいよ。1つどうぞ」
「馬鹿言え!1つと言わず全部よこせ!」
「あぁ~~~っ!!?」
私のお弁当箱から卵焼きをごっそりと、手掴みで盗んで行く神耶君に私は慌てて声を上げた。
すると、“ゴツン”と言う大きな音が聞こえたかと思うと、何故か神耶君の手から卵焼きがポロっとお弁当箱に戻って来る。
「い~~~~っって~~~~!誰だ?!人の頭を殴りやがった奴は!!」
怒鳴り声を上げながら、もの凄い勢いで後ろを振り向く神耶君。
「げっ・・・・・・師匠・・・・・・」
振り向いた先には、優しい微笑みを浮かべながら、私達に向かってヒラヒラと手を振る師匠さんの姿が。
今まで神耶君と2人だけだったお昼に、初めて師匠さんが顔を出した。
「何であんたがこんな所にいんだよ!」
「それはこっちの台詞です。あなたは何故人間の学校にいるのです?」
「それは・・・・・・こいつが・・・・・・一人じゃ寂しいって言うから・・・・・・」
「嘘おっしゃい!葵葉さんのお弁当目当てのくせして」
「だ~~~って、こいつの弁当旨いんだもん!」
「神であるあなたが、人のものを横取りするんじゃありません!はしたない」
珍しく神耶君に対して怒っている様子の師匠さん。
私は助け船を出すべく2人の会話に割って入った。
「あ、あの・・・・・・いいんです師匠さん。良かったら師匠さんも食べますか?」
「え?良いのですか?」
「はい。お口に合うか分かりませんが。」
「では遠慮なく!」
そう言って私の卵焼きを、先程の神耶君同様、手掴みでパクリと口に頬張る師匠さん。
しかも、先程の神耶君同様、卵焼きを全部一気に持っていかれてしまった。
「・・・・・・」
あれ?人のものを横取りするのははしたないんじゃなかったけ?流石は神耶君の師匠さん。
と、師匠さんの予想外の行動に、もう笑うしかなかった私の隣で、神耶君は怒りに任せて絶叫していた。
「あぁ~~~~~俺の卵焼き~~~っ!!」
その勢いで師匠さんの胸倉に掴み、師匠さんの体を前後に激しく揺さぶり始める神耶君。
「ん~美味しいですね!この甘さが絶妙!」
「俺の卵焼き!何全部食ってんだよ!さっきあんた、神が人から物を横取りするなんてはしたないって怒ったよな?言ってる事とやってる事違うじゃないかよ!返せよ俺の卵焼き~~~!!」
「くれると言うのだから貰わないのは逆に失礼でしょう。卵焼きくらいで一々大騒ぎするんじゃありません。器が小さいですね。」
神耶君の揺さぶりにも動じる事無く、涼しい顔で卵焼きを食べ終わった師匠さんは何と図太・・・・基、肝が大きい事か。
「・・・・・・の野郎~~~~!!!」
「そんな事より。」
卵焼きを横取りされた怒りに、神耶君が本気で恨みの念を向けている中、師匠さんは微塵も気にかける様子なく、わざとらしく話題を逸らした。
「そんな事なんかじゃない!返せ俺の卵焼き!!」
「こんな所で仕事をサボってないで、社へ帰りますよ神耶!私はサボる貴方を連れ戻しに来たのです」
「返せ返せ!俺の卵焼き~~!」
「・・・・・・あぁ~~~もう!貴方も男のくせにしつこいですね!しつこい男は嫌われますよ!」
「返せ!俺の卵焼き!」
「・・・・・・」
「返せ!」
「・・・・・・・なかなかしつこいですな神耶も。ならば仕方ない。こうなったら実力行使です」
「ぐぇ~~~」
神耶君の着物の衿を掴んで、急に師匠さんが立ち上がった。
立った勢いで首を絞められ、潰れた蛙のような間抜けな声が神耶君の口から漏れる。
その後は衿を掴まれたまま、引きずられるようにして師匠さんは神耶君を屋上の端へと連れて行った。
「では葵葉さん、私は神耶をつれて帰ります。残りの授業頑張って下さいね」
「あ、はい。頑張ります。神耶君もお仕事頑張ってね」
師匠さんに強引に引きずられ、連れて行かれる哀れな神耶君の姿を見送りながら、私は神耶君にエールを送った。
まさか今までの神耶君や師匠さんとのこのやり取りを、クラスメイト達に見られていた事にも気づかずに・・・・・・。
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「神耶。言いましたよね?あまり人間界には出入りするなと。」
葵葉に見送られながら、師匠は少し低い声でそう神耶に言った。
いつものほわほわした話し方とは違う、少し怒気の籠った声に、どこか面倒臭そうに神耶は言葉を返した
。
「何だよあんた、前は社に閉じこもってた俺に、たまには人間界に降りて仕事しろって、口うるさく言ってたじゃないか」
「仕事をするなら良いんです」
「してるだろ仕事。寂しくて誰かに側にいて欲しいって言う葵葉の願いを叶えてる」
「それがいけないのですよ!誰か一人の願いだけを叶え続けるなんて・・・・・・」
「・・・・・・」
「一人の人間を贔屓する事は、神である私達には許されない事」
「分かってるよ。ちゃんと分かってるから、心配すんなって」
「・・・・・・なら良いのですが・・・・・・。本当に、気をつけてくださいね?」
「あぁ・・・・・・分かってる」
分かっていると口にする神耶の、無表情を横目に見ながらこの時師匠の心の中は、言いようのない不安でいっぱいだった。




