深まる溝
---次の日。
「お、おはよう・・・・・・ございます」
高校生活2日目の今日は、隣に神耶君はいない。
初めての一人登校に、私は緊張しながらクラスに入った。
瞬間、クラス中の視線が一斉に私に集る。
「・・・・・・え?」
挨拶を返すでもなく、ただ無言で集まる視線。教室に漂う冷たい空気に悪寒が走った。
「ねぇねぇ白羽さん。昨日、美術室にいたよね?」
そんな空気を最初に破ったのは、教室の黒板付近にいた女子生徒。
胸元の名札に崎田と書かれたショートボブの彼女は、1歩、2歩と私に近づくと、突然そんな質問を投げかけられた。
「え?あ、はい。居ました」
「誰と話てたの?私、誰もいない美術室で、白羽さんが一人楽しそうに話てる所見ちゃったんだけど」
「・・・・・・それ・・・は・・・・・・」
きっと神耶君と話していた時の事を言っているのだろう事はすぐに分かった。
けれど、みんなには見えていない神耶君の事をどう誤魔化そうかと私が言葉につまっていると、昨日の帰りがけに話かけて来たあの二人の少女達が再び私の前に立ちはだかる。
「またお得意の愛想笑いでごまかすつもり?」
「あの・・・・・・えっと・・・・・・」
どうしよう・・・・・・
何て説明したら?
クラス中に漂う重苦しい空気に途方にくれていたその時
「ほらお前ら、席につけ~。朝のホームルーム始めるぞ~」
タイミング良く教室に入って来た先生の掛け声に救われる。
一気に生徒達の視線が私から逸れて、みんな静かに席に戻って行った。
私も窓際の一番後ろの自分の席に腰を下ろすと、うつむきながら小さくため息をついた。
どうして・・・・・・
どうして神耶君の事、皆に言えなかったのかな?
あの瞬間私は、神耶君の事を誤魔化す言い訳を考えた。
一瞬でも神耶君の存在を隠そうとしてしまった自分の行いに、今頃になって嫌悪感が込み上げて来る。
***
2日目の今日から、早くも授業が始まった。
この日、1限目の授業は体育。
私も体操服に着替えて体育館へ急いだ。
「白羽。白羽葵葉はいるか?」
授業の始まりを告げるチャイムが鳴るとすぐ、何故か初めて顔を合わせるはずの体育の先生に名指しで呼ばれて手を挙げる。
「はい?」
私と目が合うなり大柄で筋肉質のその先生は、大きな手で手招きして私を呼んだ。
「・・・・・・?」
仕方なく先生の元へと駆けて行くと
「他の奴らは整列して準備体操を始めててくれ。いいな。白羽はちょっと俺と一緒に体育館の外に行こうか」
私以外の生徒達にそれだけ言い残すと、先生は私に一度体育館の外へ出るよう促した。
背中に多くの視線を感じながら、私は先生の後ろへついて体育館を後にした。
「先生?あの・・・・・・」
一体何の用事だろうかと先を歩く先生に声をかけると、先生はくるりとこちらを振り返って言った。
「親御さんや、担任の先生から話は聞いてるよ。過度の運動でペースメーカーに負担をかけるといけないから、体育の授業は見学していなさい」
「えっ?!でもっ・・・・・」
「分かってる。単位の事なら大丈夫だから」
「・・・・・・」
驚き反論しようとする私の言葉を遮って、先生が更に口にした見当はずれのフォロー。
その言葉に私は絶句した。
この先生は、何も分かっていない。
私は単位の事など気にしているわけではない。
ただ、私は皆と同じように授業を受けたいだけ。
ただそれだけなのに・・・・・・
「君の体の為だ。授業中、もし何かあったら・・・・・先生には責任がとれないから。だから・・・・・・分かってくれるね」
「・・・・・・はい。わかりました」
大きな体で、威圧的に言われたら・・・・・・
私はもう、そう答えるしかない。
「そうか。そうか。分かってくれるか。もし見学が退屈なら、いつも体育の時間は保健室にいてくれて構わないから。とにかく、体を大事にな」
「・・・・・・はい。ありがとうございます」
先生は、私の肩をポンポンと軽く叩くと、一人先に体育館へと戻って行く。
私も体育館で皆を見学しようと先生の後を追い掛け体育館に戻った。
けれど、一人だけ授業を見学する異質な私の存在に、クラスメイト達から向けられる好奇や不満。様々な感情が入り混じった視線に耐え切れなくて・・・・・・
結局私は、先生が言ったとおり大人しく保健室で時間を潰す事にした。
一人で過ごす退屈な時間の中、体育の先生に掛けられた言葉がいつまでもいつまでも頭から離れなかった。
---『先生には責任がとれないから』
遠回しに私の存在を迷惑だと突き放された。そんな気がして・・・・・・
やはり病気を抱える自分の存在は、周囲にとっては迷惑でしかないのだろうか?
健康な人間と同じ生活を送りたいと願うことは、私には到底叶わない願いなのだろうか?
チクリと胸が傷む。
***
-キーンコーンカーンコーン-
長かった1限目の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。
私は一人教室に戻った。
そんな私を教室で待っていたのは、クラスメイト達の冷たい視線。
転校生と言う興味から話かけてくれるクラスメイトはもういない。
「何であの子ばっかり先生達に贔屓されてるの?」
「それに、何か見えないものが見えてるみたいでちょっと普通じゃないよね。何か・・・・・・気持ち悪い」
教室のあちらこちあから聞こえてくる私の事を言っているのだろう会話の数々。
それら全て聞こえないふりをして、私は黙々と次の授業の準備をした。
少し暗い話が暫く続いておりますが・・・もう暫くこの流れが続きます。
夏物語の神耶目線は凄く動かしやすかったのに、葵葉目線だとなかなかキャラが面白く動いてくれません。困った子です。
どうぞ見捨てずにお付き合いくだいませ(>_<)