ヒーロー
――去年の夏
小さい頃から心臓が弱く、病気がちだった私の、病気療養を兼ねて父の実家がある小さな田舎町へ、夏休みの間家族で遊びに行った。
そこで出会った一人の男の子。
私は彼と友達になった。
普通の人間とはどこか違ったその彼に、私は沢山の思い出を貰った。
そして・・・・・・
思い出と共に、ある大切な事を教えて貰った。
生きる事を諦めていた私。
死の淵で、そんな私に手を差し延べてくれたあの瞬間。
彼がくれたメッセージ。
-生きろ-
あの時彼がくれたあの言葉があるから、今も私は、こうして生きている。
あの日から、彼は私の・・・・・・
『ヒーロー』
***
「葵葉ちゃん、お薬の時間ですよ~」
「あ、尚美さん。」
平日の静かな午後。
お昼ご飯を食べ終わった私の元に、何かと私のお世話を焼いてくれる看護師の尚美さんが、いつものように薬の時間を知らせに来てくれた。
「あ、ゴメン・・・・・・。邪魔しちゃったかな?」
「大丈夫ですよ。」
直美さんの来訪に、私は手にしていた筆を置いて、尚美さんから薬を受け取る。
「どう?完成しそう?」
「いえ・・・・・・。まだもう少し時間かかりそうです」
「そっかぁ。いつ頃完成しそう?」
「あと、もう1、2ヶ月は・・・・・・」
「それじゃあ、完成は退院後だね。完成したら見せて貰おうと思ってたのに残念。
せっかく葵葉ちゃん自慢のヒーロー君の姿を拝めると思ったのに」
本当に残念そうに、肩を落としてみせる尚美さん。
「じゃあ、描きかけでも良いからちょっと見せて?ね??ちょっとだけ」
「そんな・・・・・・恥ずかしいから・・・・・・」
私は焦って描きかけの絵をギュッと抱きしめる。
「お願い~!ちょっと。ちょっとだけでよいから、見せてよ~!葵葉ちゃ~ん」
「どうして、そんなに見たがるんですか?下手くそだし・・・・・・たいした絵じゃないですよ?」
「だって気になるじゃない!毎日のように自慢されちゃったら。葵葉ちゃんを死の淵から救い出してくれたんだって言う、噂のヒーロー君はいったいどんな子なのかな~って!それに~・・・・・・」
何故か急にニヤニヤと笑い出す尚美さん。
「?それに・・・・・・何ですか?」
「その子と葵葉ちゃんの関係。とかね!前から聞きたいかったんだけど、そのヒーロー君は葵葉ちゃんの彼氏?」
「・・・・・・かっ?」
彼氏??
尚美さんの口から出た聞きなれない予想外の単語に、顔が熱くなって言葉に詰まる。
すると突然に
「友達です!」
「「きゃっ」」
ベット周りに掛けられていたカーテンの後ろから、そんな答えが返って来て・・・・・・
私と尚美さんは、二人揃って飛び上がって驚いて、声のした方を振り返る。
すると、カーテンの向こうから姿を現したのは、学ラン姿のお兄ちゃんだった。
「お兄ちゃん!?どうしてここに?学校は?」
「今日は終業式。午前中で学校は終わりだ。明日からは夏休みだからな、朝から晩まで、毎日見舞いに来てやるからな。喜べ葵葉。・・・・・・って、そんな事より看護師さん、葵葉に変な事言うのやめてくれます?」
「な~んだ。今はただのボーイフレンドか~?」
「だから!単なると・も・だ・ちです!今はじゃなくてこの先もた・ん・な・る友達です!!」
「・・・・・・」
尚美さんは私達の会話に割って入ってきたお兄ちゃんに無言のまま冷めた視線を向けている。
「お兄さんには聞いてません。」
そして、尚美さんより背の低いお兄ちゃんを少し下に見ながら、黙っていろと言わんばかりに目で威圧した。
「なっ・・・・・・」
ショックだったのか、固まったお兄ちゃん。
でも尚美さんはそんなお兄ちゃんを気にもとめずに、話を続けた。
「ねぇねぇ、じゃあその人、どんな感じの人だったの?カッコイイ?」
「どんな感じって・・・・・・ん~そうですね。え~っと・・・・・・髪は赤茶色の珍しい色をしてて、後ろで小さく豚の尻尾みたいに一つ縛りにしてるんです。」
「ちょっと待って?葵葉ちゃんくらいの年齢で茶髪?もしかしてその彼って不良系?葵葉ちゃんて以外にワイルド系が好み?」
「だから!彼じゃなくて友達ですってば!」
「も~!シスコンのお兄さんは黙ってて !!」
「なっ…?!」
再び会話に割り込むお兄ちゃんに、尚美さんは今度は、どんとお兄ちゃんをカーテンの外へと押し出しカーテンを閉め切った。
少し哀れなお兄ちゃんの姿に苦笑しながらも、私は尚美さんとの会話を続けた。
「不良?確かに目つき悪くて、見た目は怖いけど、不良って感じじゃないですよ?どっちかって言うと、神耶君は、構って欲しいのに意地っ張りな一匹狼。言葉と態度が真逆で、見てて可愛いんです。」
「へ~。その子、神耶君って言うんだ。ふむふむ。葵葉ちゃんのボーイフレンド、名前は神耶君。葵葉ちゃんは、可愛い系が好み。と。」
何処から取り出したのか、私の話をメモにとり始める尚美さん。
「じゃあ、じゃあ歳は?何歳くらい?先輩?可愛いって事は年下かな?」
「歳ですか?そう言えば・・・・・・何歳くらいなんだろう?年上は年上ですよ。私より何十倍も上。
見た目は私と同じくらいなんだけど・・・・・・あれ?神耶君て何歳なんだろう?」
「え?葵葉ちゃんの倍以上って、30超え?私よりも年上じゃない!?なのに見た目は葵葉ちゃんと変わらないて・・・・・・童顔年増って事?ちょっと待ってちょっと待って!話聞いたら、余計イメージ沸かなくなって来た~!」
尚美さんの真剣に悩んでる姿についついクスリと笑ってしまう。
素直に答えたつもりだけどちょっと意地悪だったかな?
神耶君は見た目こそ私と変わらないけど、何百年もあの町を見守って来た神様だもんね。
年上なんて言葉じゃ説明出来ないくらい私とはかけ離れている。
神耶君は、長い長い時間をどんな風にして過ごして来たんだろ?
私の知らない神耶君をもっともっと知りたいな。
逢いたいな。
神耶君に・・・・・・
「早く逢いたいな~」
心の中で呟いたと思っていたその言葉は、おもわず口に出てしまっていたらしく・・・・・・
「あと少しだよ。葵葉ちゃん、この一年間本当に頑張って来たもんね。病気の事もそうだし、この髪も・・・・・・」
そう言って尚美さんが私の髪を優しく撫でてくれる。
一年前は、男の子にも負けないくらい短かった後ろ髪を、私はこの一年、一度も切る事無く伸ばし続けて来た。そして一年経った今、やっと肩に付くくらいの長さになった。
「神耶君のため。でしょ?」
尚美さんに、からかわれて、はにかむ。
次、神耶君に会う時に、去年より女の子らしく成長した姿を見せて、びっくりさせてやろう。
そんなイタズラ心から私は始めた事だったけど・・・・・・
「女の子は恋をすると綺麗になるって言うからね~。」
“恋”。その言葉に、私の心は高鳴っていた。
「待て待て待て~!こっ・・・ここっ・・・・・・恋なんて!俺は絶対ゆるさないぞ葵葉!尚美さんも変な事言わないでください!」
“ピシャン”と勢いよく開け放たれたカーテンの向こうから、顔を真っ青にして叫んぶお兄ちゃん。
「はいはいはい。だからシスコンお兄さんは黙っててね~。」
そんなお兄ちゃんを、カーテンの向こうに追い出そうと、お兄ちゃんの体をくるりと回れ右させる尚美さん。
「いや!俺は黙らない!!なぁ葵葉、今からでも遅くない。退院した後にオヤジの田舎へ引っ越すなんて止めて、今までみたいに東京で暮らそう!向こうの学校の編入手続きも取り止めて、こっちの学校に・・・・・・」
「だからシスコンはうるさい!あんた、葵葉ちゃんの未来を邪魔する気?!」
「邪魔じゃない!俺は葵葉を魔の手から守ろうと」
「知ってる?人の恋路を邪魔する奴は馬にけられてなんとやら」
「なっ!?人を邪魔者扱いするのはやめてください。俺は兄としてただ葵葉が心配なだけで・・・・・・」
お兄ちゃんを病室の外へと追い出そうと、必死にお兄ちゃんの背中を押す尚美さんと、追い出されまいと、必死に抵抗するお兄ちゃん。二人の攻防戦が目の前で、激しく繰り広られる中、拉致があかないと思ったのか、尚美さんは新たな作戦へと打って出る。
「ダメだこれは。お兄さんのシスコンっぷりは重症な病気だね。病気の人には治療しないと。さぁ手を出して。 」
「・・・・・・へ?」
「このぶっとい注射で治療してあげるから!」
尚美さんは、運んで来ていたワゴンから注射器を取り出すと、お兄ちゃんの腕を掴んで針をスタンバイする。
「ちょちょちょっ・・・・・看護師さん!何するんですか?!俺病気じゃないですって!そんな太い針が刺さるわけないじゃないですか?!!それこそ失神して病院行きに・・・・・・」
「大丈夫!私、注射だけは得意だから。 」
「注射だけってなんですか?!そんなんで今まで葵葉の看護をしてたんですか?!いや、待て。今はそう言う問題じゃなくて・・・・・・」
お兄ちゃんの本気で焦る姿に、私はついつい声を上げて笑ってしまう。
「こら葵葉っ!兄のピンチに何を笑っているんだ?!笑ってないで助けてくれ~~~!!」
お兄ちゃんの、そんな必死の叫びにも、笑いすぎて返事が出来ない。
「コラ!大人しくしてないと失敗しちゃうでしょ?大人しくしてって!」
「嫌だ~~~っっっ!! 」
お兄ちゃんの情けない叫びが病室中に響き渡った。
その時。
「うるさ~~~~~いっっ!!あなた達、一体何やっているの!ここは病院ですよ!他の患者さんに迷惑をかけない!!」
婦長さんが物凄い剣幕で病室に駆け込んで来た。
結果、私達3人はこっぴどく叱られる羽目に・・・・・・
***
それから数週間後--
私は約一年間お世話になった病院を退院した。




