ただいま
「・・・・・・葵葉」
「神耶君っ!」
どうして・・・・・・
どうして奴がここに?
驚いて、固まっている俺目掛けて、葵葉が勢いよく走ってくる。
そしてその勢いのまま、思いっきり俺に抱き付いて来て・・・・・・
「うわっ、馬鹿!よせっ!!」
突然の事に、全く何の覚悟も出来てなかった俺は、葵葉に抱きつかれた衝撃に堪えられず、思いっきりその場に尻もちをついた。
「いっ~てぇな!この野郎っ!!」
「神耶君、ただいま!やっと会えた~」
俺の怒りとは裏腹に、本当に嬉しそうに、笑ってみせる葵葉。
そんな、奴の姿に俺の怒りは次第に毒されてしまう。
「お前・・・・・・どうしてここに?」
「神耶君に会いに来たんだよ。ゴメンね。ずっと会いに来られなくいて」
「・・・・・・別に」
「ゴメンね。お礼も言わずに神耶君の前から消えて」
「・・・・・・え?」
「助けてくれてありがとう」
「・・・・・・」
「神耶君のおかげで、私、今生きていられてるの」
「・・・・・・」
「神耶君のおかげで、病気とちゃんと向き合ってみようって思えたの」
「・・・・・・」
「だからね、私、あの後病気を治す為にって、前から薦められてた東京の病院に転院して、今まで頑張ってたんだ。毎日毎日痛い注射打たれて、何回も何回も怖い手術を繰り返して」
「・・・・・・」
「おかげで今、やっとこうしてまた、神耶君に会いに来る事が出来たの。私、頑張ったんだよ?」
「・・・・・・」
「神耶君にもう一度逢いたくて、いっぱいいっぱい思い出作りたくて・・・・・・頑張ったんだよ?」
葵葉の言葉に、何も帰す言葉が出て来なかった俺は、ただただ黙って、こいつの話を聞く事しか出来なかった。
「神耶君は、私の事・・・・・・待っててくれた?」
そう言って、抱き付いていた体を離し、俺の顔を覗きこむ葵葉の顔は、ニコニコと笑顔で・・・・・・
「お前・・・・・・生きてたんだな…?」
葵葉の存在を確かめたくて、俺は葵葉の顔にそっと手を触れる。
触れた先に感じる体温にほっとして、俺の口からやっと漏れ出た言葉。
「神耶君のおかげだよ。本当に本当に、ありがとう」
満面の笑顔で葵葉が言う。
「・・・・・・・・・・・・」
「神耶?何で泣いてるの?」
「・・・・・・泣いてない。馬鹿な事言うな」
「でも涙が」
「うるさい」
俺は、急いで頭につけていたキツネのお面を被る。
---『神耶君のおかげだよ。本当に本当に、ありがとう。』
葵葉がくれた『ありがとう』の言葉に、ずっと忘れていた感情を思い出した。
そう。
嬉しいと言う感情。
俺は、ずっと・・・・・・ずっと忘れていた。
人から頼られる事が嬉しいと言う事。
人にありがとうと言ってもらえる事が嬉しいと言う事。
人の笑顔が、こんなにも暖かいと言う事。
ふと、あの日師匠が言っていた言葉を思い出す。
---『10あるうち、9つ辛い事があっても、1つ嬉しい事があれば、案外続けて来れるものです。9つの辛い事よりも、1つの嬉しい事がそれまでのつらかった事を全部吹き飛ばしてくれるんです。あぁ、この仕事も、存外悪い事ばかりじゃないって。
それを繰り返していくうちに、その1つ嬉しい事に出会いたくて、9つの辛い事もぐっと我慢出来るようになるんです』---
 
あの言葉の意味が、ほんの少し分かった。
そんな気がした。
 




