相変わらずの日常
あれから季節は巡り、もう一度夏が訪れた。
だが、どんなに時が流れようと、俺はあいも変わらずやる気がなく、いつものお気に入りの場所、山頂に立つ桜の大木の上で、今日も昼寝をしていた。
去年の夏の出来事が、まるで夢だったかのように今、俺の日常は穏やかだ。
結局、今年の夏祭りにも、葵葉との約束が果たされる事はなく、未だにあいつがどうなったのか、俺は知らない。
生きているのか?死んでいるのか?
ただハッキリと言える事は、1年経った今も、奴が神社に顔を見せに来た事はないと言う事だけ。
はぁ。やっぱり人間なんて、頼む時だけ。
薄情な奴ばっかりだ。
ま、もう慣れ過ぎている事だから、別段気にもしないけど。
「そのわりに、キツネのお面が手放せませんね。知っていますよ?あの子がいなくなってから、そのお面に隠れて、一人こっそりと泣いている事。」
「なっ?!ばっ!!そっ・・・・・・そんな事あるわけないだろ?!てか、何であんたがまたここにいるんだよ!
つか、人の心の中の台詞を勝手に読むな!」
「寂しがってる弟子の様子を見に来てあげたと言うのに、なんて言い草」
「誰も寂しがってなんかねぇ!てかウザいから帰れよあんた!」
「ま~た強がりを」
「強がってねぇ~!正真正銘本心だ!!」
「はいはい。照れ隠しですよね。分かってますよ。本当に神耶は素直じゃないんですから」
「あ~も~うるせ~~~!!」
師匠もまた、相変わらずで、1ヶ月のうちの半分もの時間を、ここで過ごしているんじゃないか?と、言うくらい頻繁に、俺をからいにやって来る。
本当に・・・・・・3代八幡の1つでもある岩清水八幡宮は大丈夫なのかと本気で心配になってくる。
でも、前程この人をウザいと思う事はなくなった。
師匠なりに、俺の事を心配してくれてるって分かったから。
「今頃、葵葉さんどうしてるんですかね?元気にしてますかね?」
「突然なんだよ。さぁな。俺には関係ない。」
唐突に切り出された葵葉の話題に、一瞬面食らいながらも、俺はその話題にさも興味なさげに冷たくそう返した。
「気になってるくせに。本当に素直じゃない」
「っ!・・・・・・だから、あんたは・・・・・・いちいち笑うな!ムカつく」
だが、俺の興味のない“フリ”が、バレバレだったらしく、クスクスと笑いを堪えている師匠の姿に言いようのない恥ずかしさに襲われて、イライラしながら、俺はぷいっと顔を背けた。
確かに、あいつがいなくなって、寂しくない、気にならないと行ったら嘘になるかもしれない。
それだけ葵葉は、俺の心にずかずかと入り込んで来ていたのだから。
もう一度・・・・・・
神と言う仕事と、向き合ってみようかと思わせた人間だったのだから。
そんな事を考えていると、去年師匠に言われた言葉をふと思い出した。
「なぁ、師匠。確か前に言ってたよな?俺が師匠に、この仕事を続けられる理由を聞いた時、あいつがそれを教えてくれるって」
「そう言えば、そんな事も言いましたね。懐かしい。」
「結局・・・・・・あの答えって何だったんだ?」
葵葉のおかげで、何かを掴みかけたような気もするが・・・・・・
やっぱり俺の中に、答えと呼べる確かなものは見つかっていない。
「だから、きっと葵葉さんが教えてくれますよ。信じて待っていて下さい。」
「信じるも何も、あいつがここに来る事はもうないのに。そんな奴がどうやって教えてくれるって言うんだ?」
「どうしてそう思うんです?」
「・・・・・・だって、もし願いが叶っていたとしたら、あいつが俺に会いに来る理由はもうない。もし、願いが叶っていなかったとしたら、それこそ二度と会う事は叶わない」
「理由なんてなくても、友達ならまた会いに来るかもしれないでしょう。」
「それはないだろ。だって次に会う約束をしなかったし」
「神耶、知っていますか?友達と言うのは、次会う為に約束なんて交わさなくても、気付けば側にいてくれる。それが当たり前の存在の事を言うのですよ」
「そうなのか?」
「えぇ。約束なんて、それは単なる戒めにしか過ぎません。貴方が彼女を友達だと認めているのなら、もうそんな戒めなどなくとも、彼女を信じて待っていてあげれば良いんですよ。」
「・・・・・・」
信じて---
「おっと、噂をすれば」
師匠が何やら小声で呟いた。
だがその言葉は、とても小さくて、上手く聞き取りきれなかった。
「?今、何か言ったか?」
「いいえ。何でもないですよ」
「あっそ。ならいいや。俺は今から昼寝するから、邪魔しないでくれよ。」
どこか嬉しそうに笑う師匠を訝しがりながらも、師匠の相手をする事に飽きた俺は、そんな言葉を投げ捨てて目を閉じた。
それから、そう時間はかからずに、俺は夢の世界へと誘われて行く。
だが・・・・・・
あと少しで夢の世界へと誘われるはずだった、その時、不意に頭に声が響いて来た。
---『神様、お願いします』
「・・・・・・あぁ~~~~!くそっ!!またこのパターンか!」
『神様・・・・・・』
「誰だ?!俺の眠りを妨げよる奴は!!」
眠りを邪魔されて俺の怒りは一気に頂点に達する。
その勢いで、桜の大木から飛び下りた俺は、社への道を、まるで風の如き速さで、急いで駆け下りて行く。
俺の昼寝の邪魔をしやがった奴に仕返しする為に。
「誰だ!俺の眠りを邪魔しやがった奴は!!」
社に戻ると、手を合わせ、真剣な様子で祈り続ける一人の人間の後ろ姿があった。
肩にかかるくらいの髪の長さから察するに、女だろうか。背は低くめで、まだ子供の様子。
そいつは、俺の怒りの声が聞こえなかったのか、まだ社に向かって手を合わせている。
「やいやいやい。無視するんじゃねぇ!人の眠りを妨害しておいて、てめぇはしかとするつもりか?!」
俺はずんずんと、足音荒く怒鳴りちらしながら、そいつのもとへと近付いて行く。
やっと俺の声に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り向く人間。
「へっ。馬鹿め。そこで振り向いたら、俺の姿が見えないお前は腰をぬかすぞ!」
勝ち誇った顔で、俺は人間を嘲笑う準備をする。
だが・・・・・・
振り向いた姿を見て驚かされたのは、人間ではなく俺の方だった。