夏祭りの約束
「来ませんでしたね。葵葉さん」
「・・・・・・あぁ。」
あの騒ぎから数日後。
例年通り、8月の第3週の日曜日に八幡神社では夏祭りが開かれた。
祭りが終わり、人気がなくなった境内は、先程までの賑やかさが嘘のようにシンと静まり返っていて、ぽつりと小さく呟いた師匠の声が、やけに寂しく聞こえた。
--『お祭りの日に、一緒に出店を見て回ろう。ってデートのお誘いだよ。指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲~ます。指切った!』
あの日、葵葉と交わした約束。
あの約束を果たす為に、俺は祭りの間ずっと、鳥居の前で師匠と二人、葵葉が現れるのを待った。
だが、祭りが終わった今も、葵葉の姿はここにはない。
あの騒ぎ以来、葵葉がこの社を訪れる事は一度もなかった。
「言い出しっぺのあいつが約束破ったんだから、これは本気で針千本飲んでもらわなきゃな」
胸の奥深くに、込み上げてくる感情を誤魔化すかのように、俺は冗談混じりに呟く。
「・・・・・・神耶」
顔には笑顔を浮かべたつもりだったが、隣にいた師匠の、まるで憐れんでいるかのような反応に、俺の笑顔はきっと引きつっているだろう事を悟った。
俺はこれ以上師匠に、情けない顔を見られたくなくて・・・・・・師匠に背を向けた。
すると、背を向けた先。鳥居から社に伸びる参道に、何か落ちているものを見つけて、俺はそちらへと歩みを進めた。
落ちていたのは、狐の面。
参道の両脇には、先程まで数店の出店が立ち並んでいて、そう言えばその出店の一つに、お面屋があったか。これは、そのお面屋で売られていたもので、運悪く誰かが落としていったものか。
無意識のうちに、俺はその面を手に取ると、自分の顔を面で覆った。
まるで、心の奥深くから溢れだしそうな感情に、蓋をするかのように・・・・・・
「本当に・・・・・・良いのですか?」
そんな俺に気づいているのかいないのか、師匠が遠慮気味にそんな疑問を投げかけられる。
「何が?」
「あなたが必死に手助けした、葵葉さんの願い。その願いの結果を知らないままで」
「・・・・・・良いんだ。俺、結果に興味ないから。結果知る為にまた町に下りるなんてやだぜ?めんどくせぇし。それに、どうして俺から人間の様子見に行かないとならないんだっての。人間の方から報告に来るのが筋ってもんだろ?願うだけ願って報告なしなんていつもの事だが、礼儀知らずな奴だよな。これだから人間は嫌いだ。あ~あ。バカみたいに頑張って損した」
「・・・・・・また強がって。あの子の気を探れば、生きてるかどうかくらい、神である貴方なら分かるでしょう?それすらしないのは、本当は怖いからではないのですか?葵葉さんの願いの、その結末を知るのが」
「別に・・・・・・怖くなんかないさ。ただ、興味がないだけだ」
師匠の言葉を否定しながら、俺はお面に手を触れた。
師匠にお面を取られたくなくて・・・・・・
お面の下に隠した泣き顔を見られたくなくて・・・・・・
「全く・・・・・・貴方は本当に素直じゃない。手のかかる弟子ですね。」
そう言って、師匠は再び俺の隣に立つと、俺の頭を優しい手付きで撫でてくれた。
「・・・・・・」
あぁ、きっと師匠にはバレているのだろう。
お面の下の、この涙は。
やっぱりこの人には敵わない。
そう思いながら、こぼれ落ちそうな涙を止める為に、空を仰ぎ見た。
見上げた空は、秋に向けて星々が様変わりを始めている。
騒がしかった今年の夏も、もうじき終わりを迎えるようだ。




