本当の願いは?
集中治療室へのドアを通り抜ける。
その先には沢山の機械に繋がれ眠る葵葉の姿と、葵葉を取り囲む数人の医師。
そして部屋のあちこちを慌ただしく動き回る看護師の姿も。
彼等の表情が、どれ程危険な状態かを物語っていた。
俺は、急いで葵葉の元へと近付き、葵葉の右の手を握る。
そしてゆっくりと目を閉じて、集中する。
葵葉の意識の中に自分の意識を潜り込ませる為に。
「集中しろ・・・集中・・・・・・。葵葉お前、今どこにいるんだ?薄暗い空間を一人でさ迷い歩いて、寂しくて泣いてるんだろ?」
そう葵葉に語りかけながら、そっと目を開いた。
目を開いた先にあるものは、真っ暗な闇。
暗闇の中、一人ポツンと俺は立っていた。
目が慣れてきた頃、よくよく目を凝らしてみると、一本の細く長い道が暗闇の中ぼんやりと続いている。
これは、あの世とこの世を繋ぐ道。
やはり葵葉は、あの世に向かってさ迷い歩いていたのだ。
俺は、急いで先を進める事にした。
もしこの道の果てにある川。人間が言う所の三途の川を渡ってしまったら・・・・・・取り返しのつかない事になる。
***
もうどれ程の時間、薄気味悪い空気が漂うこの居心地の悪い空間を、さ迷い歩いているだろうか?
暗く、左右に全く景色と言うものが存在しない虚無の空間。
唯一存在する細く長い道は、未だ終わりは見えず、どこまでも長く、長く伸び続ける。
何も目印がないだけに、今自分が、どれくらい進んでいるのか?葵葉との距離が縮まっているのか?
状況がまったく分からず、ただただ不安ばかりが押し寄せてくる。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
何が何でもあいつを連れ戻さなくては。
俺は不安を押し殺そうと、進む速度を上げた。
その甲斐あってか、進んだ先、前方に、ぼんやりとだが人の姿を見つけた気がした。
もしかして?
「葵葉っ!」
俺はその人影に思わず声を掛ける。
虚無の空間では、反響する事はなく、声を発してもそれが音となってちゃんと響いているのか?それさえも不安になるほどの静寂が広がっている。
前を歩く人影に、止まる気配はない。
聞こえなかったのだろうか?
それとも・・・人違い・・・・・・なのだろうか?
俺は更に足を早めて、前を歩く人物に接近する。
「葵葉っ!!」
もう一度大声で葵葉の名を呼びながら、必死にその人物に向かって腕を伸ばした。
その時・・・・・・
“ピチャン”と言う音が聞こえて・・・・・・
自分の足元に冷たい水を感じる。
「っ!」
その感触に、背中にぞくりと寒気を覚え、一瞬にして俺の全身に鳥肌が立った。
ここは・・・・・・三途の川?
「葵葉!行くな!それ以上進むな!!」
俺は慌てて伸ばした手の先にいた人物の腕を掴んで、強引に俺の方を向かせる。
振り向いたその人は、やはり葵葉で、俺の顔を見ると、少し驚いた顔をしていたが、どこかぼんやりとした目をしていた。
「・・・・・・神耶・・・君?どうしてここに?」
「お前を迎えに来た」
「迎え?・・・・・・でも、向こうで皆が私を呼んでるの。私・・・行かなきゃ」
「皆って?」
「私のおばあちゃんや・・・かほちゃん。雪ちゃん、それに亜美ちゃんも。ほらね?皆、私を呼んでるでしょ」
葵葉は、ぼんやりした目で、川の向こう岸を眺めながら言った。
だが、この薄暗い空間で、川の向こう岸など見えるはずはない。
もし本当に何かが見えているとしたら、それは葵葉自身が魅せている幻覚だ。
「俺も・・・・・・お前を呼んでる。だからこっちへ戻って来い!」
俺は、何とか葵葉に幻覚ではなく、現実世界のこちらを見て欲しくて、必死に訴えた。
「神耶君が?」
「そうだ!よく見ろ。あいつらは必死に来るなって叫んでるだろ?お前はまだ、そっちには行っちゃいけないんだ!」
「どうして?どうして行っちゃいけないの?私は・・・・・・皆の所に行きたいよ」
「・・・・・・」
葵葉の発した言葉に愕然とした。
生きる事を諦めている葵葉。
死ぬ事を受け入れている葵葉。
俺がどんなに頑張ったって、今の彼女をこの世に繋ぎ止める事は出来ない。
望まない人間の願いを叶える事は・・・・・・出来ないのだ。
--『葵葉を助けて。』
周囲の人間がどんなに願っても、本人の意思を無視してその願いを叶えることは出来ない。
葵葉を助ける為には、葵葉自身が生きたいと強く望まなければ・・・・・・
俺は焦った。
「・・・・・・あの言葉は嘘だったのかよ?友達が欲しい。俺に友達になってくれって。俺に言った言葉は嘘だったのか?」
「・・・・・・神耶・・・君・・・」
「お前は、俺を置いて二度と会えない所に行くつもりか??」
「・・・・・・だって・・・だって神耶君は・・・もう私にあってくれないって。嫌われちゃったんでしょ?私・・・・・・」
「違う!そうじゃない!!俺はただ、お前に元気になって欲しくて・・・。お前に治療に専念して欲しくて・・・・・・」
「嘘っ!」
「嘘じゃない!お前言ったよな?友達になって、いっぱいいっぱい思い出作りたいって」
「言ったよ。だからこそ、私には病院でのんびりしてる時間なんてなかったの。なのに・・・・・・」
「そうじゃない。そうじゃなくて・・・・・・友達が欲しい。思い出が作りたい。それが願いだとお前は言った。でもその願いは、この先の未来を望む事と同じだと思わないか?」
「・・・違う。私は未来なんて望んでない。だって私の心臓は、体の成長には堪えられないんでしょ?知ってるよ私。これが私に与えられた運命だって。だから、未来なんて望んでない!」
「自分には未来がない。それがわかっていて何故お前は友達を望んだ?お前のその願いが!行動が!お前の本心を物語ってると思わないか?」
「違う!!」
「違わない!お前は・・・・・・もっと欲張りになって良いんだ。
小さい頃から色々と制限されて、諦める癖がついたのかもしれない。けど・・・葵葉はもっと貪欲になって良いんだ。人の願いが、つまりはその欲が、人の生きる糧になるのだから。死ぬ事が、運命なんて自分で決めつけるな!もっともっと自らの手で、運命に荒がってみせろよ!」
「・・・・・・」
「約束・・・・・・したろ?夏祭りで、デートしようって。言い出しっぺのお前が、約束破るなよ。な?・・・・・・葵葉っ!!」
「・・・・・・」
神なんて言っても、俺には見守る事しか出来ないけど・・・・・・
出来る事なんて限られてるけど・・・・・・
本気で願いを叶えようと、足掻く人間の手助けなら俺にだって出来る。
それをそいつが本気で叶えたいと願うのであれば・・・・・・
俺は全力で応援する!!
「本気で願うなら叶えてやるっ!お前の願いは?!」
「私の・・・願い・・・は・・・・・・」




