助けてください
あの後、葵葉達がとうしたのか俺は知らない。
ただ言える事は、俺が社に戻った時に、奴らの姿はなかった。そして、一日あけた今日、奴が姿を現す事はなかった。ただ、それだけ。
「来ませんね葵葉さん。本当に良かったんですか?」
「・・・・・・あぁ。」
俺は、社で寝転がって天井をぼーっと見つめながら、師匠に空返事をする。
「ふぅ。これでまた、ぐうたらな生活に逆戻りですか。葵葉さんのおかげで少しはましになって来たかと思ったのですが・・・・・・」
師匠の小言を遠くに聞きながら、俺は反論するでもなくただただぼーっと天井を見つめ続けた。
その時、不意に頭の中に声が流れ込んで来た。
「っ!」
「?!どおしたんです?急に起き上がって。」
「今・・・・・・声が聞こえた。助けてって。毎朝聞こえて来てたあいつの・・・・・・葵葉の兄貴の声が」
「彼は、今日は来てないみたいですけど?」
---『神様…お願いします……あお…が…葵葉が……どうか……を助けて……ださい』
「ほら、また・・・・・・」
微かに聞こえてくるその声に、俺はいてもたってもいられず、立ち上がる。
そして、気づけば社を出て、走り出していた。
「神耶?貴方を信じてもいない人間の為に行くのですか?」
師匠の問い掛けも無視して、俺は夢中で走った。
走って走って・・・・・・
山を下りて、町に出た。町に降りたのは、何十年ぶりだろうか?
遠く離れた場所からいつも見ていたはずの景色も、近くで見ると勝手が違う。最後に町へ下りて来た何十年も昔とは、道も町並みも変わってしまっていて・・・・・・足が竦む。
俺は、そんなにも長い間、人間との関わりを経っていたのか?己の殻に閉じこもっていたのか?
神としての仕事をサボっていた時の長さを実感させられる。
数百年、見守って来たはずのこの町も、今となっては右も左も分からない見知らぬ土地へと変わり果てて、
どこへ向かえば良いのか分からない。
己への怒りに、拳で自身の膝を叩いた。
「くそっ!」
落ち着け・・・・・・落ち着つけ自分。
声の聞こえる所を目指せば良い。
葵葉の気を辿れば良いんだ。
人より何倍も敏感な五感を与えられた神である俺には、ヒントは沢山あるんだ。
--『神様・・・・・・お願・・・し・・・す・・・・・・』
「聴こえた!こっちだ」
俺は、町に溢れたあらゆる雑音を、焦りから生じる雑念の数々を振り払って、微かに聞こえる声に意識を集中させる。
やっとの思いで病院にたどり着くと、頭に響いていた声も今度ははっきりと聞こえて来た。
けれどその声は、どこか力なくて、まるで・・・泣いているようで・・・・・・俺は急いで声の主を探す。
声に導かれるまま辿り着いた先は、『集中治療室』とかかれた部屋の前だった。
部屋の前に置かれたソファーには、葵葉の親らしき中年の男性と女性。
それから、葵葉が兄と呼ぶあの男がうなだれた様子で座っていた。
「おい!葵葉はどうした?!」
「・・・・・・え?」
俺の声に、葵葉の兄貴が驚いた様で顔を上げる。
その頬には大粒の涙がつたう。
「・・・・・・何があった?」
「葵葉が昨日の夜、発作を起こして倒れて・・・・・・意識不明の状態で、ずっと集中治療室に入ってるんです。
お医者さんの話では、今日明日が峠だろうって。もしもの為に・・・覚悟しとけって・・・・・・」
「・・・・・・」
ヒックヒックとしゃくり上げる声で、状況を説明する。
奴の言葉に、俺はハンマーで頭を殴られたようなそんな衝撃に襲われた。
「どうして急に?昨日はあんなに元気だったのに・・・・・・」
「急にじゃないんです。ここ最近、葵葉の発作を起こす回数が増えて来てて、それなのにあいつ、毎日のように病院を抜け出して無茶してたから・・・・・・」
-『葵葉は、命削ってあんたに会いに来てるんだよ!』-
昨日、この男に言われた言葉を思い出す。
あの時は怒りにまかせて聞き流してしまったが
「そんなに・・・あいつの病気は深刻なのか?」
「葵葉は・・・生まれつき心臓が弱かったんです。何度も何度も手術を繰り返して、それでも完治する見込みは少ないって医者から言われていました。それどころか、あいつの心臓は、あいつの体の成長に堪えられるかすら怪しいって・・・・・・。十五の歳まで生きてこられたのは奇跡だって・・・・・・。」
「・・・・・・っ!」
「神様・・・お願いします。どうか妹を・・・・・・昨日の今日で、こんな事お願いするなんて、呆れられるかもしれないけど・・・・・・でもやっぱり俺に出来る事なんて、願う事くらいしかないんです。
自分勝手な事は重々承知しています。でも、どうか・・・どうか妹を・・・・・・助けて下さい。お願いします」
「・・・・・・」
「お願いしますっ!」
必死にそう頼む葵葉の兄の姿に、何て声をかけたら良いのか。
こんな所まで駆け付けておいて情けないが、神と言えど俺に出来る事は限られている。
神に許されている事は、見守る事。
そして、願いを叶える手助けをする事。ただそれだけ。
人の生死に直接手を出す事は許されていない。
今までだって、何度となくこんな経験をして来た。
――『お母さんの病気を治して』
――『子供が事故にあいました。どうか死なせないで』
どんなに強く願われても・・・・・・必ずしも助けられるとは限らなかった。
願いが強ければ強い程、叶えられなかった時の落胆は大きい。
それで何度人間達に恨まれて来たか。
幻滅させてしまったか・・・・・・。
俺だって助けたい!こんなに泣きついて、必死になって頼む人間の、力になりたい!
でも・・・・・・叶えられる保障はない。
期待を持たせておいて・・・結果落胆させてしまうくらいなら・・・・・・
最初から、期待なんて持たせなければ良い。
手を貸さなければ良いんだ。
最初から・・・人間になんて関わらなければ・・・・・・
それが俺の出した答え。
これが俺が人間との関わりを断った理由。
ここまで来ておいて、俺は恐怖から、その場を動けなくなる。




