良き理解者
良かったんだ。これで。
これで・・・良かったんだ・・・・・・。
自分に言い聞かせるように、何度も何度も心の中で呟く。
その時、そんな俺の後ろをついて歩く師匠から声がかけられた。
「本当に良かったのですか?」
師匠の少し遠慮がちなその問い掛けに、やっと俺は後ろを振り返る。
「師匠。全部・・・・・・知ってたんだな」
見慣れた師匠の姿に、俺はぎこちなきく笑って見せる。
「何がです?」
「俺の気持ち。俺が、仕事に不真面目だった理由。全部・・・・・・全部あんたは気付いてくれてたんだな」
「まぁ、これでも貴方の師匠ですからね。それに、神耶だけじゃありません。私にも経験がありますから」
「師匠にも?」
「ええ。神なんて、人から崇拝されていても、所詮は人にとっては都合の良い道具でしかないんです。ある時は勝手に心の支えにされて。ある時は厄介事の言い訳にされる。またある時は祭事のネタにされたり。
でも、人間が私達の存在を思い出す時間なんていったいどれ程あるのか?
そんな事を考えると、私達の存在っていったい何なのかと、よく疑問に思うんです」
同じだ。
俺が抱いていた虚しさと・・・・・・
同じだ。
「それで師匠は・・・・・・・その疑問の答えは、見つかったのか?」
「いいえ。残念ながら、今だに見つかりません。」
「じゃあ、どうして今まで千年以上もの間、こんな仕事を続けてこられたんだ?」
「それは・・・・・・それでもやっぱりこの仕事が・・・・・・人間が・・・好きだから。ですかね」
そう言って、師匠は穏やかに微笑んだ。
「・・・・・・・」
「好きだから、十あるうち、九つの辛い事があったとしても、たった一つ、嬉しい事があれば、案外続けて来られるものなんです。」
「?」
「九つのつらい事よりも一つの嬉しい事が、それまでのつらかった事を全部吹き飛ばしてくれるんです。
あぁこの仕事も、存外悪い事ばかりじゃないって、そう思わせてくれるから。
それを繰り返していくうちに、その一つの嬉しい事に出会いたくて、九つの辛い事もぐっと我慢出来るようになるんです」
「・・・・・・よく分からない」
「きっと貴方にも、わかる日が来ますよ。自らの意思で神になる事を望んだあなたにならきっと、分かる日が来るはずはずです」
「・・・・・・やっぱり分からない」
「私は、葵葉さんがそれを、貴方に教えてくれると期待してるんですけど」
「葵葉が?」
「はい」
まるで師匠には未来が見えているかのように、自信ありげに頷く。
俺はと言えば、師匠の言葉の意味が分からず、ただただ困惑するばかり。
葵葉が教えてくれる?
いったい奴が何を教えてくれると言うのか?
俺は、あいつを残して来た社を遠目に見つめた。




