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願いが叶うなら  作者: 汐野悠翔
夏物語

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人間が嫌いな理由

「お兄ちゃん!」


「お前・・・・・・今、誰と話していたんだ?それに、どうして・・・・・・宙に浮いてたんだ??」



やはり奴には俺の姿が見えていないらしく、恐怖の視線を宙に彷徨わせている。



「ねぇ、神耶君。お兄ちゃんには神耶君の姿が見えてないの?」



葵葉がこっそり俺に耳打ちしてそんな事を聞いて来た。



「あぁ。そうらしいな。毎日お参りに来てるくせに」



葵葉の疑問に、俺は嫌味混じりに答える。



「どうして?どうしてお兄ちゃんには姿を見せてあげないの?」


まるでこちらが悪いかのような言い分。

カチンと頭に血が上った俺は、堪らず声を荒げて言った。



「見せないんじゃない!奴が見ようとしないだけだ!!」


「・・・・・・?」



だが、俺の説明不足だったようで、突然声を荒げた俺に肩を震わせながら、困惑顔の葵葉。

そんな俺達を見かねてか、先に社に戻って来ていた師匠が俺達の前にひょっこり姿を現して、俺の代わりに足りない部分を丁寧に説明してくれた。



「私たちの姿は、神と言う存在を心から信じている人間にしか見えないんです。私達の姿が見えていないと言う事は、貴方のお兄さんは、神を信じていない。心のどこかで信じきれずにいるのでしょう。

ならどうして、あの方は信じてもいない存在に願いを叶えてとお願いするのでしょう?参拝に来るのでしょうね?」



そう。矛盾している。

俺達神の存在を信じてもいないくせに・・・・・・何故人間は、神社に参拝に来る?



そして、俺達神は何故、俺達の存在を信用してもいない人間の願いをわざわざ叶えてやらなければならないのか?



そんな疑問を抱くようなってから、俺は自分の存在が、酷く虚しいものに感じられた。

人間達の我がままに振り回されて、一喜一憂する事が馬鹿らしくなった。







「おい・・・・・・葵葉?お前、さっきからいったい誰と話しているんだ?そこに誰か、いるのか?」


「神耶君だよ。私の友達。ここの神社の神様なんだよ!」


「神様と・・・・・友達?な、何バカな事を言ってるんだ?」



兄の言葉にカッとなったのか、葵葉はツカツカと、奴に詰め寄ると・・・・・・



「馬鹿な事じゃないよ!本当に神耶君とは友達なんだもん!!」


「神様が友達?・・・・・・本当に神様が友達だって言うのなら、どうしてお前を助けてくれないんだ?」


「・・・・・・お兄ちゃん」


「そこに本当に神様がいるのなら・・・・・・葵葉と友達だって言うんなら・・・・・・助けくれよ!どうしてこいつなんだ?どうしてこいつが死と隣り合わせの運命に振り回されないといけなかったんだ?なぁ」


「お兄ちゃんやめて。私の病気と神耶君は何にも関係ない。神耶君に怒鳴るなんて筋違いだよ!」


「お前は黙ってろ。もし本当に神様がいて、葵葉の友達だって言うのなら、神様ってのは冷酷非道なんだな。毎日毎日、どんなに願ってみても、葵葉の病気が治る見込みなんて少しもなくて・・・・・・それどころか、あんたは葵葉の症状を更に悪化させた」


「・・・・・・」


「葵葉はな、命削ってあんたに会いに来てるんだよ」


「お兄ちゃんっ!」


「あんたが本当に神様だって言うんたら、葵葉の病気、治してくれよ。あんたが葵葉の友達だって言うんなら、せめてこいつに・・・・・・無理させないでくれよ・・・・・・。なぁ、頼む・・・・・・。頼むから・・・・・・俺から葵葉を奪わないでくれ・・・・・・」



辺りをキョロキョロ見回しながら、一方的に怒鳴り散らす人間。

俺の姿が見えない奴が、俺と視線が交わる事はない。



そう。奴には見えない。見えていないのだ。

見えてもいないくせに・・・

俺の事何も知らないくせに・・・・・・

勝手な事ばかり言いやがって・・・・・・・・・

だから人間なんて・・・・・・・・・・・・



俺はきつく拳を握りしめて、奴を睨みつけた。

その時



「何も知らないくせに、随分と勝手な事を言ってくれますね?」


後ろから、凍りつきそうな程冷たい口調でそんな言葉が聞こえてきた。

まるで、俺の気持ちを代弁するかのような言葉に、俺はびっくりして後ろを振り返る。

それは人間も同じだったようで、ビクンと肩を大きく震わせながら、声の方へと視線を泳がせていた。



今の声は?



「師匠?」



後ろに立っていたのは師匠だけ。師匠以外には他に誰も居ない。声の主は師匠以外には考えられない状況。加えて、いつも腹が立つ程ニコニコと、穏やかな笑顔を浮かべているはずの師匠。

けれど今は、その笑顔が氷のように冷たくて・・・・・・俺は自分の目を疑う。





「ではお聞きしますが、毎日お参りに来ておいて、私達の姿が見えていないのは何故ですか?貴方は、神なんて存在を、本当は信じていないのではないですか?」


「それは・・・・・・」


「見えないと言うのがその証拠です。信じてもいないのに、願いを叶えて欲しいと手を合わせる。それは矛盾した行為だとは思いませんか?」


「・・・・・・」


「自分達の身勝手さを棚に上げて、願いを叶えろ?叶わないのは私達のせい?甘えるのもいい加減にしなさい!!貴方方人間は、自分の願い事を叶えようと何か努力はしましたか?何の努力もしないで、何かのせいにして責任逃れをしていれば、そりゃあ楽ですよね。

でも・・・・・・その“何か”にされ、勝手に責任を押し付けられる私達からしたら、本当、良い迷惑なんですよ。そんな人間達の傲慢さには、私たちも、もううんざりしてるんです!」


「っ!?」


師匠の絶対零度の怒りに、恐怖のあまり人間は息をのんで固まる。



「さっきの勢いはどうしたんです?悔しかったら何か言い返してみなさい。それとも、正論過ぎて何も言い返せないですか?」


「お兄ちゃん。さっきのはお兄ちゃんが悪いよ。神耶君と師匠さん達に謝って。」


「・・・・・・」


「お兄ちゃん!」



葵葉に促されて、葵葉の兄はゆっくりと頭を下げて行く。



「・・・・・・すみません。確かに、身勝手でした。」



そして申し訳なさそうに、謝罪の言葉を口にした。



「ゴメンね、神耶君。お兄ちゃんも悪い人じゃないんだよ?ただ、過保護って言うか・・・・・・私の事、心配してくれて、ついつい周りが見えなくなっちゃってただけなんだと思う。許してくれないかな?」



「許すも何も・・・・・・人間の身勝手さなんて今に始まった事じゃない。別に・・・・・・気にしてない」



俺の強がりに、一瞬葵葉が苦笑いした。

そんな気がした。



「そっか。なら良かった。神耶君に嫌われて私達の友情に亀裂が出来ちゃったらどうしようかと思っちゃった。じゃあ、いつもみたいに約束。今日は帰るけど、明日また遊びに来るから。夏祭りの約束も、忘れないでね!お願いだよ?」



けれど、俺の強がりに気づかないふりをしてくれているのか、次の瞬間には、いつものように冗談混じりにそんな事を言いながら、俺に向かって小指を差し出している。

別れ際、恒例になりつつあるあの儀式をせがんでくる。






「・・・・・・よせ」



「・・・・・・え?」



けれど俺は、初めて葵葉の小指を払いのけた。

俺のその行動に、葵葉は戸惑いの色を浮かべる。



「もうお前と遊ぶ約束は二度としない。さっきの約束も、もう無しだ。お前はもう、ここへは来るな」



戸惑う葵葉から視線を地面に移して、俺は葵葉を突き放す。



「・・・・・・どうして?どうしてそんな事言うの?やっぱり怒ってるの?」


「違う」


「じゃあ、どうして・・・・・・」


「・・・・・・」


葵葉の問いに、俺は沈黙を続けた。



「神耶君っ!ねぇ、教えて!どうして急にそんな事言うの?どうして・・・・・・」


そんな俺に、まるで縋り付くように葵葉は問い続けてくる。

その状況に耐えられなくなって・・・・・・


「おい!早くこいつを連れて帰れ!!」



先程から、放心状態で一人ぼーっと突っ立ていた葵葉の兄に、少し苛立った声でそう叫んだ。

俺の声にはっと意識を取り戻した奴は、葵葉の手をとって帰るよう促す。



「やだ、帰らない。神耶君が約束してくれるまで帰らない」


「葵葉。いつまでも我が儘言ってないでほら、帰るぞ」


「嫌・・・・・・帰らない!離してよお兄ちゃん」



それでも駄々をこね続ける葵葉。



「早く帰れ」


なかなか言う事を聞かない葵葉に、俺の口調も強くなる。



「やだ!帰らないもん!神耶君が約束してくれるまで帰らない!!」



「・・・・・・わかった。お前が俺の前から消えないなら、俺から消えてやる」



「・・・・・・え?」




ついに、葵葉の我がままに痺れをきらした俺は、そう吐き捨てると、葵葉から背を向けた。

そして、再び山の奥へと向かって歩き出す。



「っ?!待って、神耶君っっっ・・・・・・」


「葵葉!」



兄貴に止められたのだろう。奴が俺の後をついてくる事はなかった。

俺も、一度も奴らの方を振り返りはしなかった。




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