不良神 -神耶-
(お願いします、どうか……どうか妹を……)
頭の中に流れ込んで来る声に目を覚ます。
気持ちよく眠っていた所を起こされて、少々不機嫌ながらもいつもの事だと、俺はまた眠りに就こうとした。
(お願いします……神様……お願いします……)
だが、いつもはすぐに止むその声が、今に限って止みそうにない。
――“ピキッ”
「だぁぁぁぁ~~~! っっうるせぇぇぇ~~~~~~~~!!」
遂に絶えきれなくなった俺は、大声をあげて立ち上がる。
足音荒く、声の主へと大股で近づいて行った。
「誰だ?! こんな朝早くから、いつまでも俺に願掛けしてくる奴はっ!!」
そう怒鳴りながら、俺はそいつと俺の間を遮っていた扉を勢いよく開け放つ。
その瞬間、永遠と俺の頭に流れ込んで来た声も同時にピタリと止んだ。
声の主であろう人間――学ランに身を包み、まだ幼さの残る少年はその場に尻餅をつき、怯えた瞳を空に泳がせながら「でたーーー!!!」と大声で叫ぶと一目散に逃げ出して行く。
その姿はまさに滑稽。
俺は、そんな愚かな人間を嘲笑う。
「へん、バーカ! んなに怖がるんだったら願掛けになんか来てんじゃねぇよ! 来たって、てめぇ等人間の願いなんざ誰が叶えてやるもんか!」
――にしてもあいつ、見ない顔の奴だな。
ここ最近、毎日のようにお参りに来ては俺の眠りを邪魔して行く。
こんな寂れた神社、地元の人間ですら祭りみたいな特別な時意外は近寄らないって言うのに、物好きな奴もいたもんだ。余程叶えたい願いなのか?
「まぁ、俺には関係ないけど」
人間を追い払う事に成功し、満足した俺はもうひと寝入りしようと社に向けて踵を返した。
だがその時突然に、フッと耳元で息を吹きかけられて、ビックリして後ろへ退く。
思わず体重を後ろにかけ過ぎてしまった俺は、すぐ後ろにあった賽銭箱に蹴躓き、更にその後ろにあった#階__きざはし__#を背中から転がり落ちる羽目に。
“ドンガラガッシャン”
もの凄い音が朝の静かな境内に谺する。
「いっってぇ~な、バカヤロー! 誰だ、変な事しやがった奴わっ!?」
打った頭をさすりながら、痛みを堪え起き上がると、俺はそう怒鳴りながら先程まで自分がいた場所へと視線を向けた。
するとそこには、ニコニコと笑いながら手を振ってくるふざけた野郎の姿があって
「てめぇか、このやろ~~~!」
そのふざけた野郎のふざけた態度に、感情のまま怒鳴り付けた。
だが、相手が誰かを認識した瞬間、俺の頭に昇っていた筈の血も一瞬にして引いて行く。
「……って、師匠~?!」
「はい、お久しぶりですね、#神耶__かぐや__#。元気にしていましたか?」
穏やかな口調、穏やかな笑みを浮かべながら何事もなかったかのようにそう声を掛けてくるこの人は、俺が任されているこの神社、八幡神社のご祭神である八幡神その人で、俺が神見習いの時から独り立ちするまで、俺を育て上げてくれた俺の師匠。
「ったく、いつもいつも変な登場の仕方しやがって。やめてくれって言ってるだろ」
「だって神耶の反応が面白いから、つい」
「つい、じゃねぇ! 俺で遊ぶな!」
「あら、貴方だって先程お参りに来てくれた人間で遊んでいたじゃないですか」
「うぐっ……」
揚げ足をとられて絶句する。これだから師匠には敵わない。
仕方なくこみ上げて来る怒りを沈めて、俺は話題を他に反らす事にした。精一杯の皮肉を込めて。
「で? 何しに来た。あんたみたいな有名どころの神様が、こんな田舎のボロ神社で油うってていいのかよ」
「いいんです。仕事は神見習いの私の弟子達に任せて来ましたから」
「けっ。またそれか。見習いなんかに任せっぱなしで、んな事ばっかやってっと、あんたのせいで八幡神社全体の評判が落ちるぜ」
因みに、八幡神社とは全国に二万社もの社を有し、武運の神として奈良時代、平安時代から信仰されて来た神社の一つ。日本でも馴染みの深い神社だ。
ま、科学が発達した今となっては、八幡神社だの稲荷神社だの、神社の種類や祭神を気にして参拝しにくる人間も少ないだろが。
そもそも、八幡神社がどうなろうが俺の知ったことでもないか。
そう俺が続けようとすると、不意に師匠に言葉を遮られた。
「あら、珍しい。私の事を心配してくれるのですか。ですがその言葉、そっくり貴方にお返ししますよ」
「……そりゃ、どうも」
これはまさに、説教が始まりそうな怪しい雲行きに、俺は先手を打つべく社の中まで戻ると、師匠に背を向け寝転る。長くなるであろう説教に備える為に。
「神耶、あなたはいつまであんな事をしているつもりですか。お参りに来た人間を驚かせ、追い返し」
「……」
「だからこの神社は、幽霊神社だの何だのと噂され、誰も寄り付こうとしない寂れた三流神社に成り下がるのですよ」
あぁ、まったくこの人は、皮肉を込めた話し方しか出来ないのか?
「うっせぇな。こんな田舎の神社一つどうなろうが、別に大した問題でもないだろ。いいから、もう俺の事はほっといてくれよ」
「いいえ。そうは行きません。私の弟子であるあなたに、そんなぐうたらな仕事をされると、私の指導者としての信用が失われるではありませんか!」
「はいはい、そりゃどうもすんませんねぇ」
またそれか。俺は飽き飽きしながら適当に言葉を返す。
「……それに、神耶」
「……?」
「あなた、このまま神としての仕事を怠けていると、いつかきっと神界から追放されてしまいますよ……」
「……」
それまで、ふわふわした冗談っぽい口調で話していた人が突然、真面目な口調に変わった。
この人も、この人なりに俺の事を心配してくれているか。
でも俺は、素直に師匠の忠告を聞き入れる事が出来なかった。いつからか生まれてしまった“神”と言う仕事に対する虚しさから。
「別に……いいよ俺、それでも」
「神耶……」
師匠の寂しそうな声を背中で訊きながら、俺はボーっと社の壁の一点を見つめ続けた。
初めまして。訪問ありがとうございます。
自分の趣味丸出しに、書きたいことを書きたいままにぐだぐだ綴っております。
小説を読むのも書くのも苦手な人間が、四苦八苦しながら書いているものなので、お見苦しい点は多々あるかとは思いますが、温かな気持ちでお付き合い頂けると嬉しいです。