1-6 店長と腐れ縁の幼なじみの男性
そうして厨房に引っ張られ、俺はチャーハン……ではなくコーラを入れることになった。
コーラを入れ終わった時、まだチャーハンができていなかったので俺は、すぐ近くにあったおぼんを手に取り、そこにコーラを置いた。
(やっぱりこうしてみると可愛いよな。……っていかんいかん)
ふと妄想世界に入ってしまいそうになった時、俺は冷静になるために素数を心の中で数え始めた。
「……ふぅ。終わったぁ……」
「作業乙」
「『乙』って、君ねぇ……」
乙、つまり「お疲れ」という意味。日本最大のインターネット巨大掲示板サイト「○ちゃんねる」の中の住民達(あるサイトにに毎日いる人のこと)や日本最大の動画共有サイト「ニ○動」で「w」と連続でコメントを打つ人達がよく使っている。
「さて、運びますかね」
「そうだね」
俺がコーラを置いたあのおぼんを手に持ち、チャーハンをそこに置こうとしたが、残念ながらそれは出来なかった。なぜなら……。
「……冷たっ!」
そう。かけてしまったのだ、コーラを。あのコーラを志熊に。着ていた服にシミができている。これが白色のネバネバしている液体だともっと酷かったかもしれない。
「す、すみません!」
俺は、今迄のある意味ボケ的な思考回路の軌道を修正し、仕事に専念し始めた。
「いいよ別に。コーラは入れなおせばいいんだし。それに、チャーハンに掛かっていないだけマシだよ。お客様に御出する物だからね」
「ですよね……」
「じゃ、コーラ入れて二つ持って行ってくれ。これ以上待たせるわけには行かないからな」
「は、はい……」
俺はコーラを入れ、それをこぼさぬよう慎重に、かつ素早く持っていった。今回はこぼすこともなく、俺はひと安心していた。
「……さてと、だ」
「はい?」
「これ、どうぞ」
先程「常連客」と名乗っていた男がバッジを俺に渡した。バッジには「ナンバー〇〇四」と書かれていた。光にあたって金色に輝いている。
「君は今日から、『この世界に真っ向から立ち向かう研究会』の会員になることになった。これは強制的に決断したものであり、貴様に拒否権という概念はない」
「……?」
わけが分からなかった。この常連客とやらは厨二病なのか。それとも頭が腐っているのか。それとも俺の理解力がないだけなのですか。本当に奇妙な発言だった。
一体あの男は何に分類されるのか。厨二病、脳内腐敗状態、俺の読解力がないだけ、と。色々と解釈はできる。
というより、さっきまでの常連客の男の態度と、今の態度が全く違う。別人だと思ってしまうくらい、今の態度と、さっきまでの態度では大きな差が生じている。
「当研究会が何をしているのかということを知りたければ本日午後五時三〇分頃でいい。新潟にある『アニフェイト』に来たまえ。何をしているのか教えてやろう……」
「……いいです」
「え」
男は窓の方を向いて小声で喋っていた。わけの分からない言葉を。……今の俺には理解できないよ、本当……。
「ではここで語っておくことにしようかな……。愚民どもよ!」
「あぁ、この男完全に厨二病だわ」と俺は小さな声で話した。誰とは言わない。会話していたのはエア友達ではないと思うけども。
「我の名は『超波炎師』。この世を念力の波動と炎の波動で変えていこうと思う善人だ。いや、善人ではない。悪人でもない。我は――――超波炎師だ」
「あの、ここで活動内容を語っていただくことは……」
「そういった概念も存在せぬ。我の前で跪くがいい。愚民どもめ!」
「……駄目だこいつ。早く何とかしないと……ッ!」
「ではここに支払額は置いていく。二千円あればいいだろう……。釣り銭はいらぬ。もらっていけ」
「でも……っ!」
「……いいんだ。これも『超波炎師』の運命なのだから……」
そうして男は店から出て行った。
俺はあの男の正体を知りたくて、志熊に聞くことにした。
「あの男は一体誰なんですか?」
「あいつは、『後峠文文』。私の小学校時代からの付き合いの、いわゆる幼馴染だね。ま、腐れ縁ってことでどこかに縁があるのかもしれんが。現実に居る幼馴染なんてクソだぞ。彼奴は、勉強もできないキモヲタ、豚だ。それにニート。彼奴の金は私が養ってる」
「幼馴染か……いいなあ。……って、立場を逆に考えると酷いですね、それ」
「いいだろ!」
志熊が腕を組みどや顔で自慢する。だがすぐにまたテンションを落とし、しょんぼりした。この洋食店にショボーンクッキーとかが売っていればいいのに、なんて俺はつくづく思いながら、『自分の金は自分で稼ぐ』という根本的な考えを改めて持ち首を上下に振る。
「あいつとはさ、昔からの付き合いでさ、ガキの頃は一緒にはしゃいだし、悪行もした。でも、そんな風にして今があるんだと思うんです……。彼奴、私を主人と思ってるし」
「……深いな」
少々意味深長な事を俺は言ったが、志熊は目もくれなかった。耳も傾けはしなかった。
「あと私が『こいつ』会員ナンバー〇〇二です。会員ナンバー〇〇三は、私もわからないけどさ。どうせ、近々幼女でも誘拐するでしょ、彼奴の事だし」
「こいつ……? てか幼女って……」
俺は突然「こいつ」と言われたのを疑問に思い聞き返した。志熊は少し表情をゆるめ、ちょっと苦笑いしながら答えてくれた。
「ああ。『この世界に真っ向から立ち向かう研究会』、『「こ」のせか「い」にま「っ」こうからたちむかうけんきゅうかい』というわけだ。」
「お、おう……」
「まあ、「」で飾った部分をつなげて『こいつ』。あと、「こいけん」という略称もあるけど、こいけんは某作品のタイトルでもあるし、「恋愛について研究するの?」って話になっちゃうし、あまり使いたくないんだよね」
「そうですねー」
「後峠はアニヲタ、ゲーヲタだしね。幼女誘拐はないか、無いほうがいいや、私的にも」
「ふうん。よくもまあやってくれたもんですね。幼女誘拐なんて発想凄いです」
「彼奴は色んなキャラに愛を注ぎ込んでいるんだよ。正しく『愛さえあれば関係ないよねっ!』って感じがするでしょ。キャラって言っても二次元キャラだけど」
少し間が開けて、俺が口を開き、ふと言葉を刻む。
「……本当は志熊さんもそういうのに興味あったり?」
志熊が涙目になっているのがわかる。女性に『ヲタク』というのはアウトだったか。
「酷いです! 私はそういう風に虐められるんですよね……ヲタクじゃないのに……」
「そんなことはないです。只場のノリ的な感じで……」
「そういうことかよ。まあいいや。今から何をしても暇だし、そこのライトノベルが大量に置かれているところから手にとって読んでいきましょう。二次の世界に飛び込もうよ」
「何言ってるんですか! でも読書はいいですね。暇だし、読みますか」
店を開いていても、客があまり来ないので、俺は志熊とともに読書を始めた。とはいえ、ライトノベルを読むのだ。俺はライトノベルに対し拒絶感はないが、やはり女性の前で見るのは間違っている気がする。
なにせ、萌え絵だぞ? 女性の前でよく読めるものだ。ブックカバーさえもないし、表紙絵丸出しで読むことになるわけだ。なんか心の底から「恥ずかしい」という感情が湧いて来ているような気がする。
「さ、これどうぞ」
「なんだこれは」
「これは正式には出版されていないものです。執筆者は後峠です。騙されたと思って呼んでみてください。この歳でこんな文章なんて、本当に気持ち悪いし、バカみたい」
「そ、そうなんですか……」
若干どよめきながら、俺は志熊から渡された原稿用紙に目を通した。