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リア充もいいじゃん。  作者: 浅咲夏茶
第六章 タイムマシン
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6-5 ラストメール

 その瞬間だった。俺の思考回路が停止した。脳が動かない。身体も動かない。何もかも動かない。耳はかすかに動いていて、周りの音が一切聞こえるわけでもなく、呼吸も止まってはおらず、死ぬということはそこまで確実な状況ではなかった。


 だが、玲香がこのタイムマシンの操縦を奪って、自分の思うままに動かしているのが見て取れた。玲香が何をしているのかはわからない。だけれど、大変なことになる前に助けなければ。……しかし、ここからどうやって脱出すれば……。


 そう考えこんでいこうとした時、俺の思考回路は回復し、また自由に動けるようになった。とはいえ、依然として玲香は刃物を所持しており、助けに向かおうとしても、俺が刃物に怯えてしまうため、どうしようにもならない。


 それこそ、須戸が息絶えてしまうのも時間の問題だ。この真っ白な世界で、医療器具が無い世界で、治療など不可能である。


「須戸に刃物を向けるな……!」

「え? ああ、ごめんごめん。流石ろくのん。気が利くね。だけどさ……。あと三〇秒で皆死んじゃうんだよ? 須戸もボクもそして……キミも」


 その瞬間、少し普通の表情を戻したのか、と玲香の表情の変化を見ていた時だった。一瞬でその表情は破壊され、玲香は須戸の首にナイフで朱い線を引いた。


 だが、その瞬間に須戸は生きていなかった。すでに息絶えていたのだ。事実、ナイフで首に傷を入れられた時のその部分を触ると、時は既に遅く、須戸の首はひんやりしていて体温という概念が存在しなかった。


「須……戸……。なんで……皆死んでくんだよ……! 可笑しい! 可笑しいよ!」

「ろくのんも壊れたんだ……。じゃあさ、壊れたもの同士殺し合いを……しましょうか?」

「駄目だ! それは駄目だ!」

「何でですか。もっと壊れてもいいんですよ、ろくのん……?」

「やめてくれ……待……」


 だが、俺の指示に玲香は従うことをしなかった。いや、今俺の目の前に居るこの姿形をした女性は志熊玲香なのか。そこさえも俺は疑問を持っていた。ナイフを持って俺を襲ってくるその女性は志熊玲香なのか。本当にこれが俺の働いていた店の店長志熊玲香なのか。 


 そんな事を考えている俺の脳内に、ピンと何かが走った。電流のような何かが。


「俺は……チキンでもヘタレでも怖がりでも刃物恐怖症でも……無いッ!」


 そう。あの時と同じ。チキンじゃないと俺は心の中で決めた。例え何時もは俺がチキン野郎だとしても、今だけはそうじゃない。玲香を、壊れた玲香を取り戻すために俺は戦おうとしたんだ。床に置かれた足の力が強く、強くなる。そして俺の右手が勝手に動いた。


 刃物に当たった。痛いなんてもんじゃない。口に出せない、表せられないことだった。だけれど、俺はそんなこと玲香のためならどうでも良くなっていた。妹も、両親も、友人も助けられなかったそんな俺。


 いい兄貴ってところを見せられなかった。もっと面白いことを言い合いたかった。親孝行することも出来なかった……。だけれどこれ以上、俺が誰一人として助けることが出来ないなんて言うのは嫌だった。


 人を助ける。それはどこかで俺が心に誓った言葉だから今この時、何かが動いたのかもしれない。自分の手にうつる朱いシミは、言わば『努力の結晶』というようにも思えてきた。


「ろくのん。そんなことしたら、死ぬよ?」

「構わない。俺はお前が救いたいだけだ。誰ひとり助けられなかった俺が憎い。だから、俺が恋をしたお前だけは、そばに居てくれたお前だけは絶対に助ける。今までの失敗も含めて。成功につながるように。俺はお前を――助ける!」

「何馬鹿馬鹿しいこと言っているんだか。残念だけど、それは不可能だよ?」

「え?」

「ほら。だって今、あと二分でこのシステムは破壊されるんだから……」

 

 そう言うと、玲香はタイムマシンの操作台を表示し、俺の方にそれをウィンドウを開いてみせた。確かに、一秒また一秒と、時間は減っている。


「……どうするの?」

「これは、お前がやったわけじゃないん……だよな?」

「あたりまえじゃない。私がやるわけ無いでしょう? きっと須戸がやろうとしていたんだよ。きっと。須戸が私達を殺そうとした。それだけなんだろうね」

「だが、一体何故須戸は俺や玲香を殺そうとしたんだ? というか、お前表情大丈夫か? さっきからあんまりいい表情していないように見えるんだが」

「それは……だな。私、色々と表情変えられるじゃん? 自慢ぽくなるけどさ」

「ああ。ということはまさか……自慢?」

「そのまさかなんだよ」


 驚かすなよ、だとか、今までの俺は一体何をしていたのか、だとかいう感情が心の奥底から沸き上がってくる。この感情が一体何なのか、そしてこのイライラは何に対してなのかは分からない。


 というか、イライラを押さえつけたい。それこそ某巨大掲示板に行って「イライラが止まらなくてやばい件」だとかいうスレッドを立てるというのも一理だが、そういうわけにも行かない。このタイムマシンの中はあくまで『圏外』だからな。電波は繋がらないし、もちろんメールもネットも使用不可能だ。


「でもさ、さっきろくのんの手に傷負わせたのはごめん……ね?」

「出来れば治療していただけるとありがたいんですが……あ、やっぱいいです」

「ダメダメ! 私が傷口をぺろぺろって舐めてあげるよ、ろくのん。……あとさ、さっきろくのんを殺そうとしたってのは事実。ヤンデレの演技からただのキチガイ鬼畜発狂女っぽくなってた。……ごめん、一歩手前だったね」

「今謝って訂正するのなら、最初からする必要なかっただろうに……」

「だよねぇ。だけど、今はちょっと急がなきゃいけない用事があるからそっちをやろう!」


 俺はコクリと頭を上下させ、「おうよ」と自信ありげに言う。とは言っても大抵こういう『自信有り気な発言』こそが死亡フラグの引き金になりかねないだろう。「此処は構わず先に行け!」って言うのも、「ふっ。我の力にかかればこんなの(以下略)」だってそうだ。


 ついでに「……やったか?」という言葉も追加しておこう。これは生存フラグだ。それを発言『された』側は必ずとは言わないが大抵の確率で死なない。そういう仕組み、それがフラグだ。そう心の中で思うことで、俺は『絶対に死亡フラグも生存フラグの台詞も一切使わない』というのを決心することが出来た。


「さあ、ろくのん。どう止めよう」

「上手いね。血の止める方と、制限時間を止める方。個人的には血を止める方を先にやっていただきたいが、今は制限時間を止める方の方がいい」

「さっすが、ろくのん。人への思いは人一倍だね!」

「お前が血を出すような行為をしたからだろ。少なくとも俺は一切加害加えてなくね?」

「……だよね。だから私はろくのんに従順しなきゃ……」

「いや、別に従順しなくていいっ! てか、これ以上キャラクターを作っていくな! それに、今はそんなことしている場合じゃないだろう! どうするんだよ!」

「……どこかにボタンとかはないのかな……?」

「だから須戸を殺さないべきだったのに……!」


 俺はまた玲香の悪行を引きずって声に出す。何度も「ごめん」と玲香に言われているものの、なんだか許せる気がしない。何時もなら許せるんだろうけど、やっぱり許せる気がしないのだ。一体何故なのだろう。


「あの……さ」

「どうした?」

「これもやっぱり鍵とかがいるんじゃないかな……? それともコードを抜けばOKみたいな、単純な仕組みなのかな?」

「いや……そうはいかないんじゃないか? タイムマシンといっても、一応コンピューターシステムを使用しているんだし、ハードディスクが破壊されたらそれこそ、一生でられなくなるだろう。それに、それは誰かが意図的にやっているわけでもないのだから、本当にゲームでも遊びでもないただの地獄になるだろう……」

「それってもしかして『○ード○ート・オ○ライン』からパロった? 緊急時にパロディはどうかと思うよ?」

「なぁ、玲香。人間ってな、本当に危機感がつのってきた時には、何故か笑顔を見せるらしい。だから今の俺の笑顔は危機感の現れなのかもな」


 俺はため息を付いてそう話すと、玲香がすぐに反応を示した。


「やめて! そんなの絶対おかしいよ!」


 玲香は某魔法少女アニメの名言をパロネタとして使った。こんな緊急時にもパロディが使えるとは、やはり余裕が有るのかもしれない。「……じゃあ俺は」なんていうことを考えた俺だったが、それをすると暴走モードに突入するかもしれないので、今は沈静化させておくべきであろう。そんなことを踏まえて俺は玲香に話しかける。


「ほらまたパロネタを使う……。アニメとラノベは違うんだから、『メディアの違いを理解する』べきでしょう……常識的に考えて」

「お前もだろ! これでお互い様だな。さて、早く止めないと!」

「ほらもう、残り時間が一分を切ったじゃないか! 早くするぞ!」

「でも……。コードを抜くとハードディスクが破壊されるし……電源を止めようにも電源切ったらそれこそタイムマシンが動かなくなるし……。ああもう、どうしろと!」

「とりあえず鍵穴とかを探せばいいんじゃ……」


 その時。俺の手元に一通のメールが届いた。俺は着信音とともにそのメールを確認する。「どんなメール……?」と、玲香が俺の方に近づいてきて話す。だが「今はそういう状況下ではない、お前は鍵穴を探していろ」と俺はそういった。


 なんだかもったいない気もした。本当は見せてやっても良かった。けれど、鍵穴があるとして、それを見つけるまでに時間がかかるのであれば、メールを覗いている時間など省くべきである。


 俺に届いたメールの内容、それは『須戸』という差出人から来たメールだった。だが、今須戸は死んでいるはずだ。なのに何故生きているのか、俺は戸惑いを隠せなかった。




『お元気ですか、過去の六宮英人様。このメールが届いている頃、私は死んでいるかもしれません。ですが、一つ聞いてはいけませんでしょうか? 


 私はその世界線の前の世界線、つまり《第一世界線》にて、貴方とともにタイムマシンを脱出しようと試みました。ですが、その時の私はタイムマシンの中で死んでしまったそうです。


 これは未来の貴方、つまり今の六宮様ではなく、未来の六宮様が語られていたことで、私に本当にそれが合っていると確認を取らされても、どうにもできません。ですが、未来の貴方はこう言っていました。


「あの時俺は、死にゆくお前を助けるのが精一杯で、本当に脱出なんか考えることも出来なかった。だけれど、あの時俺はタイムマシンの司令官に話しかけることで脱出できた。あの司令官は白服だったかな……忘れた」と。


 だから、見つけてみて下さい。貴方も司令官を。もしかしたら、脱出できるかもしれません。そして、未来から送っていたこのメールもこれが最後です。見てくれていたら嬉しかったな』




 そんな内容。未来から毎回送られていたメールはこいつが送っていたメールらしい。このメールの中には何かが、この差出人の何かの感情が詰められていたのかもしれない。


 俺は、そんなメールを見て、司令官を探すことにした。けれど、司令官など何処にも居ない。白い服を着た人物すら見つけることが出来なかった。


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