6-4 ゲイム・ザ・トゥエルヴ
目を開くと、隣には玲香がいた。そして俺の目の前には須戸がいた。
「流石です。六宮英人さん志熊玲香さん。それでは、次にやっていただきましょう。『殺人ゲーム・ザ・トゥエルブ』―――」
「殺人ゲーム・ザ・トゥエルブ……? 一体何だ、それは。説明もなしに超展開が来ても困るだけなんだ……が……!」
俺はその光景を目の前にして吐き気がした。ナイフ、赤く染まったその鮮血。そしてその殺された人間の目を、身体を分解している須戸の姿を見ているしかなかった。右手を出そうとした。その殺されていく人間たちを助けようと思った。
けれど、助けることは出来なかった。怖すぎて。ナイフを見るだけで、鮮血を見るだけで。
ナイフにこびりついた赤い血は、本当にグロデスクだ。腹を切り裂いた時に返り血をあびたのかわからないが、とてつもなく悲惨な光景が俺の前に、玲香の前に広がっていた。
「さあさあ。行きましょう。ネクストゲームイズ……殺人ゲーム……ッ!」
どう考えても悪気のあるような笑顔を見せて須戸はナイフを右手に持ち、そして俺の方に襲いかかってきた。血の付着したその銀色に光る刃は、俺の方へ確実に、確実に近づいている。悲鳴をあげようとしても、あげれなかった。もう、心臓が止まりそうだったんだ。過呼吸状態になってしまうんじゃないかと俺は思った。瞬きもそこまでしなくなって、俺の身体も目も、全部崩壊していった……。
「……いい夜を」
「そうは……させないッ!」
決死の覚悟を決めた。もうどうなってもいい。死んだっていい。俺はリア充になってはいけなかったんだ。一人の女性に惚れてはいけなかった。働いちゃいけなかった。大卒ニートで良かったんだ。なのに俺は、その選択を誤って今、悲惨な目に合っているんだ。だから、そんな悲惨な目にあって一生を終えるくらいなら―――
「俺は―――死んでやる」
「ろくの……ッ!」
須戸の持つナイフのある方向へ俺は走りだした。止めに掛かる玲香の助言など一切気にせずに。思えば馬鹿馬鹿しい人間だ。厨二病で、未来でいろんな女とヤりまくって。それでいろんな女を妊娠させ、俺はその人達に罪を償いもせず逃げて。そんな未来になるなら俺は……俺は死ぬべきなんだ。
ふと自分を振り返りながら、俺は何故か笑顔を見せていた。そんな余裕なんかなかったはずなのに。俺は笑顔を見せていた。なんでだろう。涙が自然に溢れてくる。俺はなんで泣いているんだろう。
「ざまぁ! きっと私の母親も喜ぶだろうね! いいざまだよ! 自分から死に来るなんてね! アハハハハ……!」
「それは……どうかな?」
「……え? ……ッ!」
突如、須戸の腹部に赤いシミが出来た。そしてそのシミの中央からはまるで「こんにちは」と言っているように、血の着いたナイフがこちらを見ている。そのナイフが引きぬかれた瞬間、須戸はその場に倒れた。その衝撃で、今度は頭からも血を垂れ流し、白目をむいている。そして何故か笑顔を見せていた。
唖然とした俺が表情を取り戻した頃、倒れた須戸の後ろには、玲香が立っていた。
「玲……香……? なんで、なんでそこに……」
「あははははははは……。こんな女殺してもよかったよね。悪いことは、無いよね?」
「玲香……? お前どうし……」
「ろくのん……頭大丈夫? 私はろくのんが大好きだからこの女を殺しただけなんだけどなぁ。あはは。もっと蹴って遊んじゃお……」
「玲香! 玲香待て! そんな遊び、駄目だ!」
「何でダメなの? いいじゃん。だって私、こんなにもろくのんんが、ろくのんが愛おしいのに……。なんで拒否するの? 要らない人間だったんだ、私って……」
「ち、違うッ!」
俺がそういう時、かすかに聞こえた。須戸が助けを呼ぶ声が。今まで俺の敵だった須戸が。だけれど、須戸は今大変な状況に陥っているんだ。声が震えていた。小さな声だった。ついさっきまであんなに大きな声を出していたくせに、須戸は今かすかにしか聞こえない声で俺に助けを求めたんだ。
「玲香……離れろ! そこを! さもなければ、拳銃で……撃つ」
でも、実際に拳銃なんかなかった。近くにあったのは、須戸のクローンが死んだ時に落とした、赤い色のこびりついたナイフ一つだ。俺は、『拳銃』と自分の心に言い聞かせていたのだ。ナイフではないと。恐怖症を発生させないために。
「撃てばいいじゃない! 撃てないでしょうけどね!」
撃てない。こんなこと止めたかった。でも須戸は助けたい。それと同じくらい玲香も助けてあげたい。でも、そんな二人同時に助けるなんていうことはほぼ不可能だ。
玲香に須戸は蹴られて(踏まれて)いる。だから、その玲香にナイフを突きつけられたり、もしくは俺が刺されたりすれば、確実に死ぬ。刺さらなくても、刺さっても生きているかもしれないが、恐怖症で過呼吸状態に陥ってしまい、死んでしまうことも予想される。
「撃つことなんか……簡単に出来るんだよ! だけど、俺は……俺はお前を助けたい。それと同じくらい須戸も助けたい。だから、俺は撃ちたくない。……この銃弾を」
「なに良い事言ったように見せているんだか。気持ち悪いわ。脳内の嫁は二次元嫁なんだろうね。あーあ。やっぱ雇わなきゃよかったかもね。だけど、私はろくのんが好き」
「……」
「大好きなの。愛おしいの。誰にも渡したくもないの。気づいてよ。知ってるんだよ?私だったら、ろくのんがヤりたいこと全部やってあげてもいいんだよ」
「――」
「分かる? ねぇ?」
スルーした仕返しをするかのように須戸は言った。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好――」
「やめろ! 言うな! それ以上言うな! 止めてくれ!」
「わかりました。じゃあ、代わりに……この女を殺します」
「それもやめ……」
助けを呼ぶ声はかすかに聞こえる。もう、須戸も俺に助けを求めたくても、それを大きな声で言えないんだろう。もう、気力なんかなくて。立ち上がって立ち向かう、そんな姿を俺は見せたかった。だけれど、向こうにいるのは知り合い。須戸と玲香。両方助けたいというその思いは「願望」になろうとしていた。
玲香を殺し、須戸を助けるか。須戸を殺し、玲香を助けるか。それとも―――俺を殺して二人を助けるか。
俺は一番最後の考えは嫌だ。自分で考えたくせに嫌というのだからどうしようも出来ない。というか、俺だってこんな所で死にたくはない。だけど、助けたいんだ。玲香を、須戸を。でも、話しかけた所で、今玲香は暗黒面に満ちている。話は通用しにくいはずだ。
だから、最終手段として二人をデレさせる……いや、それを実行しても俺が刺されたら即終了だ。俺は人間で、超能力者でもないため生き還ることは一度死んだら不可能だ。
だからと言って、二人の話す言葉を聞かずに俺の身勝手な行動を実行していいのか? それこそ、未来で俺が女性に手を出していったのはそういうことからなのかも知れない。
「あ……そういえば、あの日須戸がなんか言っていたな……」
あの日。今から四日前。俺が新潟に戻ってきた日。俺の両親が居なくなった日。その日の夜、警察署へ向かった後、須戸は言っていた。「僕の言うことを聞いてはいけない」と。「身勝手」だとか「話す言葉」という俺の心の中、脳裏で浮かんだ言葉があの日の記憶を蘇らせた。そして俺は決めた。もう、須戸の言うことは聞かないでおこう、と。
だけれど、「助けて」というその須戸のメッセージは、聞かなければならないだろう。耳を澄ませているのに、聞こえないふりをするなんて最低だ。俺に被害が来ることなんか、もうどうでもいい。そう思い始めている俺が、そこには居た。
「須戸。今……助けに向かう……ッ!」




