5-6 後峠との別れ
人工呼吸を開始した。胸の真ん中に手を当て、五センチ深く押し戻す。これを一分会に百回行わないければいけない。だが、もう時間は迫ってきている。あと……三分三〇秒。
「大丈夫か、後峠! 意識は、意識はあるか?」
「ろくのん、応援呼んで来たよ。それと、AEDも持ってきたよ」
「早く! 一一九番通報はしたか?」
「それが今、電話が混みあいすぎて使えなくて……」
「……くっ。普通電話も、IP電話でもダメなのか……ッ!」
「とにかく、AEDを持ってきたんだし、使おう」
「応援の方々も準備の協力を、お願いします」
津波襲来まで残り三分を切った。AEDを箱から取り出し、その中の電極パッドを貼り付けていき、俺に全てが託された。
「AED、押します!」
後峠の意識はない。呼吸は若干あるようだ。いや違う。出血を、早く出血を抑えなければ。だが今ここに清潔なハンカチなどは無かった。
「ハンカチの代用になるもの……誰かティッシュを持っている人はいらっしゃいませんか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
近くにいた若い男性にティッシュを貰うと、俺は即座に後峠の出血部分にティッシュを当て圧迫した。俗にいう『直接圧迫止血法』である。血を完全に止めさせるためには、三〇分程度掛かるだとか言われているが、幸い、今回の後峠の傷はそこまで深くもなく、意識さえ戻れば大丈夫かに見えていた。
「なぁ……六宮。本当の悲劇はこれからだ……絶対に、言うことを聞いてはいけない」
「後峠! おい! 起きてよ!」
「ごめん……もう、無理みたいだわ。消えるね……」
後峠の台詞が言い切られた後。ついに意識は戻らなかった。血が止まったのだ。言い換えれば彼は――
「後峠、嘘……だろ?」
傷から出ていた血は、流れなくなっていた。
開始から四分三〇秒。津波襲来予測時刻まで残り九〇秒だった。俺は変わり果てた後峠の姿を見て、唖然としていた。立ち止まり、直視すらままならない。嘘だと願いたかった。




