1-5 初仕事の初入店客
「店長! 店長!」
俺は、「志熊」と呼ぶのを諦め、堂々と「店長」と呼ぶことにした。スキャンダル的な物が起きたら嫌だからな。「洋食店店長、洋食店員と熱愛!」なんて、言われてたまるか。
客は体型からして三十歳くらい。眼鏡を掛け、ちょっと中年太り仕掛けているけど俺よりは確実にイケメンな客だった。ファッションセンスは皆無ではない。むしろ有る方だ。
「うー」
志熊を起こそうとするが、志熊は自分の世界に浸っているようで、起こすことが困難な状況に陥った。俺は「起きろよ」と内心思いながら、怒ることもなく起こす事を諦めた。
まあ客は男性だ。俺は『男性恐怖症』というわけではない。それに、志熊が寝ている時点で、俺が接客しなければいけないし、俺は「接客」から逃げる事は不可能だった。
「御注文はお決まりでしょうか?」
「早いっての。君は新人さんかい?」
「は、はい……」
「そうか……」
「お、お客様はこの店の常連客様……ですか?」
「……まあな。というか、俺この店の隣に住んでいるんだよ」
「……ほう」
「で、ここの店長が太っ腹でさ。俺が隣だからということだけで、値段を十パーセント引いてくれてるんだよね。……唯でさえ経営困難なはずなのに」
少し心にくる話だった。
志熊が「この店にはあまり客が来ない」と言っていたが、たしかにそれは的を当てているし、今この常連客の男の言葉から察するに、この店は経営が困難なのであろう。
結構な車の交通量が多い土地柄なのに、あまり客が来ないというのは少し悲惨である。
考えてみれば、店内は綺麗だ。俺は「駐車場の数とかが足りないのではないか」と心の中で感じたが、それを表に出すような真似はしないでおくことにした。
「あぁ、じゃあ俺からは本を差し上げることにするよ。……私が中学生時代に読破した書籍類だ。俗にいう『ライトノベル』というやつだ。面白いぞ。可愛い女の子と、格好良い男の子がキャッキャウフフしたり、恋愛したり、バトルしたり。暇つぶしに最適だ」
「……あの、一つよろしいでしょうか?」
「ああ、別に敬語使わなくていい。俺は一応『この店の常連客』だし。」
「じゃあ、敬語を使わないようにします」
とはいえ、通常、もしくは新規来店のお客には「敬語」を用いるべきなのだが。まあ、「常連客」だから問題はないか。
でも、いいのだろうか。会ってまだ一、二分しか立っていないというのに。でも、それを言ったのは俺ではないし、別にいいのかもな。
「あの、ここの文庫本って、もしかして……」
「ああ、俺が寄付した本だよ。ライトノベルは軽く一〇〇冊は寄付した気がする」
「そうだったんですか……。本いっぱい持ってるの憧れます。凄いです」
薄々、この男が「ライトノベル」だとか、「本を差し上げることにするよ」だとか言っている時点で薄々俺は思った。この常連客が『アニオタ』、『萌豚』あたりじゃないのかと。
ため息を俺がつくと、俺の表情を見て、男は笑ってこちらを見ていた。
「あ、注文をするよ。コーラとチャーハンをよろしく」
「……かしこまりました。コーラは食前、食後、食中のどの場面に持ってきましょうか?」
「ああ、一緒に持ってきてくれ」
「承りました」
そう言って俺は志熊を起こしに行った。……が、志熊はよだれを垂らして寝ているどころか、机に垂らしていて何かエロかった。だが、こんなんじゃ俺は自家発電出来ない
「起きてください志熊さん! 店長! 志熊店長!」
「ふえぇ? もう朝ぁ?」
うーっ、と両手を大きく逸らし、大きなあくびをする。そうして右手を目に当てこすった。結んであったはずの髪の毛は結び目がほどけていた。
「朝じゃないですけど、昼です。……ほら、チャーハンの注文入ってますよ」
「なんだって! 昼寝しすぎたのか! しかもなんか涎垂らしてるし……」
志熊が一気に目が覚めたかのように飛び起きた。
「ど、どうした……?」
「は、早く何とかしないと……ッ!」
「俺、手伝ったほうがいい?」
「当然だッ! ほら行くぞ!」
「ちょ……」
服を掴まれる。というか、志熊の力強すぎ……。男の俺でさえ対抗できなかった。もしかしたら自分が女々しいだけなのかもしれないが。
ここで某アーティストの「女々し」という上三文字が入る五文字の曲が脳内で流れそうになったが、俺はその衝動を抑えた。