5-3 狂った少女の心理
口にガムテープを貼られた女性は、涙をポロポロ流し、もう「もがもが」という助けの声しか聞こえなかった。何を叫びたいのか、何を伝えたいのか、決してわからないわけではない。だけど……。だけど……。
少女に近づけば最悪の場合撃たれて、もしくは刺されて死ぬ。女性に近づけば撃たれて死ぬ。守れず女性だけ死ぬかもしれない。最悪、俺も女性も死ぬかもしれない。
目を大きく開け、撃たれるのを覚悟したのか、女性は目を閉じた。涙を流しながら。
助けたい気持ちは山々だ。もう、人が死ぬ姿を見たくない。女性が悲しむ姿は絶対に見たくない。それくらい当然だ。だけど、無理なんだ。俺はナイフ恐怖症なんだと思う。近づこうとしてもナイフのことを考えてしまい、ビクビク震えて前に進めない。この前、須戸に刺されてからそうなんだろう。ナイフは……。
「あれぇ? やっぱり責任すら取れないチキンでヘタレで最低なクズ男なんだね、お父さんは。本当に、生まれなければよかったのにね、お父さんなんか」
「違う! 俺は、俺はそんなんじゃ……」
「ナイフが怖いんでしょう? 男として失格じゃん」
一番言われたくない台詞が俺の心の中に突き刺さる。非リア時代何度そう言われたことか。部活でも「失格」と言われ、親にも「失格」と言われ、色んな所で「失格」と言われ、もう俺はその言葉を聞くことさえも嫌になっていた。
「未来から来たから色々と知っているんだよ、お父さんの秘密」
「やめろ……! これ以上俺の失敗を思い出させないでくれ!」
「じゃあそれと引き換えに、この女性は私が殺傷しておきますね……。うふふ……」
こいつは悪魔だ。俺は何も悪いことをしていないんだ。ただ怯えているだけだ。この悪魔に。この未来人に。俺の秘密を知っている未来人に――
怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ怯えているだけだ――
――俺はこの悪魔に、怯えているだけなんだ。
「てんめえええええッ!」
そう思うことで、俺の中の心は大きく燃えたぎった。俺はチキンじゃない、ヘタレじゃない。未来なんていくらでも変えてやる。人を殺すことに対しての罪悪を分かってもらうため。なにより、少女の為を思って。
振りかざした拳は、少女の頬を見事にパンチした。
「やったか……!」
「私はまだ、死んでねえよッ!」
俺の額に拳銃が突きつけられ、俺の目のすぐ前にナイフが見えた。でも、怖かったら、当たってくじけてしまったほうがいいのだ。
「残念だったなッ!」
俺は、少女の腹部を蹴って、大きくそって地面に背面を強打した。だが、束の間。銃声音が聞こえた。それと同時に、ナイフが少女の手から落とされた。
振り返ると、先程悲鳴をあげていた女性は腹部に大きな穴を開け、目を大きくして倒れていた。それを見て俺は、吐き気が止まらなくなっていた。
「次は、貴方の番ですよ……」
そう少女は告げて銃声音を鳴り響かせた。今度は、女性の額に辺り、女性は息絶えた。
「逃げなさい、ろくのん!」
「逃がさない逃がさない逃がさない!」
もう、無我夢中で俺は逃げまわった。少女は、ポケットからもう一つ拳銃を取り出し、二刀流ならぬ二銃流で俺を襲ってきた。
「伏せて!」
玲香の的確な指示を俺は聞きながら逃げた。玲香が「伏せて」と俺にいった後、銃弾は近くの車にあたり、何故かその車は炎上した。きっと、爆弾などが仕掛けられていたんだろう。いや、今はそんな場合じゃない。急がなければ。
「さあ早く! 早く……え?」
玲香の指示が止まった。何故なら俺の前に、狐の仮面を被っている輩がまた現れたのだ。それも二人や三人じゃない。十人程度だ。お面を被った輩は、俺を中心に広がっていった。
俺は周りをキョロキョロ見て状況を把握する。そうしているうちに、さっきの少女が俺の目の前に現れて、拳銃を向けてきた。
「またお会いしましたね、六宮英人さん……」
「なぜ……俺の名前を知っているんだ?」
「貴方の養子だからです。私は須戸美弥です。貴方の父と母を殺した張本人です」
「お前が……須戸……?」
俺が疑いの目で須戸の方を見ていると、須戸は仮面を外した。確かに須戸の容姿だ。俺の両親を殺した時と同じ顔をしていた。須戸の顔の表情からは凄く極悪な感じが伝わってきて、いかにも俺を殺しそうな目だった。
でも、俺はそんなの気にせず、須戸に話しかけた。
「でもお前、何故この街を壊そうなんて……」
「貴方が、いけないんです」
「……え?」
俺は耳を疑った。須戸は今、「貴方がいけない」といったのだろう。だが、その理由はまだ話されていないのだ。突然「お前は悪だ」なんて言われて「はい」とか言うような人間は少数派だ。だから俺はそれが出来なかった。理由も聞かずに認めるなど俺には出来ない。
「これ、見てください。二八歳で貴方は新潟県の県知事になります」
「……え?」
須戸が俺の方に見せてきた画像は、俺が意見を言っている写真だった。この建物は県庁舎だ。俺も何度かテレビやらで見たことがある。
「……貴方のせいで、この国は滅茶苦茶にされたんです。分かりますか?」
俺は何も言えずに唾を呑む。
「未来も過去も自由自在に行けるタイムマシンも、何処か遠くへ瞬時に移動できる装置も、発明したのは、六宮英人なんです」
「俺が……発明した? だけどタイムマシンは……」
「今日発表されたタイムマシンは、『過去にしか』行けません。未来には行くことが出来ないのです」
「そうなのか……。あと瞬間移動装置なんか、俺に作れるわけ……」
「今できなくても、いつかできるようになる可能性がある。だから、貴方は作れるようになるんです」
「訳が分からん……」
「それまではいいんです。分からなくても。とにかく、『俺は世紀の大発明をした』と覚えておいてください。で、貴方が作ったシステムで入った収入を貴方はどうしたと思いますか。県知事、研究者として活動した貴方は、子どもたちに手を出したんです」
「……」
俺は思いのあまり絶句した。今の俺とは変わり果てた俺の姿を聞いて。ロリコン、ショタコンの俺の姿を聞いて。気持ち悪い気持ち悪い。吐き気がする。いい気分がしない。それが未来の自分が犯したことだとすると、それだけ気持ち悪さがアップする。
「分かりますか? ロリやショタに、貴方は手を出したんですよ? それだけじゃありません。新潟のメイド喫茶、執事喫茶全てを貴方は運営して、そ店員を下僕として、性奴隷として使わせたんです。意味、分かりますか?」
「俺が……俺が……そんな」
「そうしていくうちに、当然女性たちは妊娠して行きました。何人くらいでしたっけ。確か、二〇人くらいだったと思います。貴方は責任、取れますか? だから今日、殺しに来たんです。貴方を。憎たらしい貴方を」
「でも今の俺はその時代の俺とは違う……」
「本当は歴史を塗り替えちゃいけないんですけどね。今は西暦二〇一三年。いいですよね、別に。『歴史を塗り替えちゃいけない』なんていう法律はまだ無いですし」
「おい待て、須戸! 俺に刃物を向けるな……ッ!」
「そうだった。このクズ男は、人に刃物を向けられると怯えるんですよね。いろんな女を性奴隷にしたくせに。私の母を……実験台にしたくせにッ!」
俺の腹部に須戸の持ったナイフが突き刺さった。痛い。「ぐえ」なんて言うことすら出来ない。もう、手も動かせないくらい痛い。血がにじみ出ている。少し生温かくて余計に吐き気がする。
「あはは。やっぱり人を殺すのは楽しいわ! これでいいんだよね、お母さん……」
「……やめ」
「貴方の頭を切り取って、植木鉢に乗せて海に流してあげる」
「須戸……ッ!」
――その瞬間、俺は意識を失った。




