5-2 未来から来た少女
万代シテイに着いて、後峠は駐車場に車を止めた。俺は玲香と美玲と行動することになった。後峠は俺らとは別行動で、「早く並ばねえとな。我が魔力、ここに使うべき」だなんて言っていたし、やっぱり「声優さん大好きなのか」と俺は心の中で思い、飛び切りの笑顔を後峠に向けた。色んな意味を込めながらだが。
何か事件が発生した時に連絡が取れるよう俺は後峠にメルアドと電話番号を教えようとした。のだが、それを出来る機器が無いらしく、後峠は「我には魔力があるから問題無いのだッ!」と言っていたが、こっちは本当に心配になってきた。
「これをやろう。俺の携帯だ。自身とか起きたら、真っ先にその携帯にメールを送る、電話をする。だから、絶対に電池切るな」
「でも使い方分からない……」
俺は深くため息を付いた後、手で頭を抱え、髪の毛を弄りながら後峠に説明した。
五分くらいで後峠は携帯の使い方をマスターし、すごいスピードで万代の街を駆け抜けていった。
「さて、彼奴はサイン会に行ったことだし行きますか、洋服選びに」
「だ、だけど俺流石に女性物のゾーンには入れないし……」
「彼氏って言うことで行けばいいんじゃない?」
「でも彼女が二人いたら店員に言われるんじゃない?」
可能性はありえる。俺がこのダサい服装で店内に入って物色したところで、女性物のゾーンなら確実に店員から引かれるだろうからな……。
「じゃあ服は三人で、下着は二人でってことで」
「二人? 俺と誰だ……て、ぐはっ……」
強烈なキック痛いな。後峠ならきっと「ありがとうございますっ!」だとか言って笑顔になってぱあっとしてくれるだろう。マニアックなことをされたいと思うだろう。
だが俺は違う。こいつは「妹」だ。もう一度言う。「妹」だ。それにこいつの繰り出すキックは痛くて「ご褒美とかって言えねえだろ、これ」なんてどうでもいいように笑ってしまえるレベルなのだ。
「私と玲香さんの二人で行くよ! なんで三人で下着見ようとするの前提なんだよ!」
美玲がそう言って俺に指をさす。そして美玲は「変態」と言って俺をケダモノ扱いした。
「ろくのんがエロ同人みたいに私にあんなことや、こんなことををしようとするのなら、ここでスカートめくってあげてもいいんだよ……?」
やめろ、キャラ崩壊するな。これ以上のキャラ崩壊は止めてくれ。お前はエロくなくていい。いいんだ。自分で自分を犠牲にするなんてことするな
「じゃ、服屋行きますか」
そう言って服屋によって、服を選んで、俺は二人の執事にみたいになった。俺はセンスが無いから、選ばないのだが、美玲がどんどん選んでいくので俺は美玲に遊ばれているような感じになった。妹に遊ばれる兄なんて……あ、あはは。
そうしてその後服を選んで、飯を食って、後峠を探そうと街中へ出た瞬間、俺達はあの光景を目にしたわけだ。
「逃げるぞ!」
迫る犯人に押し寄せる警察。現場は騒然としていた。「繁華街で起きた事件だし、そうなるのも仕方ない」と思いつつも、有ることに気がついたんだ。
「あれ……後峠は?」
そうだ、俺達は後峠を探すために外へ出たんだ。なのに、肝心の後峠を置いていっては話にならない。でも、現場は騒然としていて、「助けて」という声は聞こえない。
「あ、そうだ……」
俺はスマートフォンを取り出し、何か新しいメールや電話が来ていないかチェックした。
チェックした結果、後峠からは一切メールが来ていなかった。
「あ。そうだ……」
思い出した。今ネットは繋がらないのだ。アジアの基地局が破壊されたから。復旧されたとかいう情報は入ってこないし、何時繋がるかは全くわからない。
後峠が車を止めた場所に今から戻るのか。でも、それを実行すれば確実に俺達のうちの誰かが犯人たちに殺傷される。もしくは、警察官たちに止められるだろう。
「後峠の車に……乗る」
犯人が、警察が居なければ簡単なことなんだ。そして、事件さえ起きなければ。
「あ、ろくのんじゃないか! ほら、いろんな声優さんのサイン貰ってきたんだぜ!」
サイン用紙を右手に持ってそれを上に上げ、左手にアニメショップで購入した何かの入っている袋を持ち、笑顔を見せた。それだけで俺はこいつを殴りたくなってきた。
「ちょっとてめえヅラかせ……」
アニメショップで購入した商品の入った袋が落ちて落ちた音が聞こえた。俺は、「なんで心配なんかしていたんだろう」なんて思っていた。
「変な心配させんな!」
「痛いッ! でも、そこに快感がくるう!」
後峠の背中を力いっぱい叩いた。後峠のドMっぷりにはもう笑うしか無いのだが、ある意味尊敬してしまいそうなくらいMなので、凄い。別に俺は自分がMになりたいわけではないのだが。
「じゃ、早く車に乗り込むぞ。準備を……」
「貴様に一つ話しておかなければならないことがあるんだ」
俺が「え?」とボソッと言葉が出てすぐに美玲がたちまち笑顔になった。
「兄貴と厨二病男との禁断の関係キタ――――――――――ッ!!」
「てめえは黙ってろっ!」
俺のチョップ。美玲から食らうような超絶ウルトラキックよりは何十倍も弱い。だが、もしかしたらこのチョップを赤ちゃんにやったとしたならば……。
変な方向へ話題がいこうとしていたので、俺はその欲を抑え、後峠の話に耳を傾けた。
「で、要件は何だ?」
「ああ。車があるのは、今警察と犯罪者達が戦闘を繰り広げている場所だ。だから今から取りに行こうとすると大変なんだ」
そうだ。確かに止めた場所は万代シテイの中だし、今激闘が繰り広げられている所だ。
「急ぎ足で帰ればいいんじゃないか? 歩きでもいいし」
「それはダメだ。今の時間が十二時過ぎだし、駐車場に車を停める時はその施設の利用者で無ければ止めることは不可能だし。それに、車を止めておいて万が一車上荒らしが起きたりでもしたらどうするの、ろくのん」
俺の意見に真っ向から玲香が反対する。歩いて変えることは可能だが、多方面から見てそれで帰るのはちょっと止めておいたほうがいいのかもな。
「でも、何処で時間の経過を待てば……」
「では貴様。犯人の所行ってきて、もし犯人が女だったら魔力は無しで告白してこいよ」
「ざけんな! なんでデレさせなきゃいけねえんだよ! てか、俺のすぐ近くに彼女がいるから余計に気まずくなるじゃんか!」
「いや、『リア充爆発しろ』っていうのが結論だから、君は爆発してこい」
「つまりお前は俺に死ねと言っているんだな? そう解釈していいんだな?」
「超波炎師はそんなふうに解釈してほしくはないな……」
その時だ。女性の悲鳴が聞こえた。それはどんどんこちらへ近づいてきて、銃声音も鳴り響いた。右手にナイフ、左手に拳銃を持ちた少女が俺の前に現れた。少女は狐のマスクをしていて、服には大量の鮮血がこびりついている。
「久しぶり……お父さん」
「貴様……。未来からタイムスリップしてきたのか……?」
「そうだよ。昨日話したじゃん。忘れていないんだね」
「忘れるか。あんな夢の中で『お父さん』だとか『タイムスリップ』だとか聞けばそりゃあ誰だって忘れないだろう。いや、全員とは限らないか。……それと、お前がこの事件の犯人なのか?」
「そうだよ。私はこの事件の首謀者。この事件を起こした輩は皆狐の仮面を被っているんだよ。そして私がこの拳銃で何をしようかと考えているかというと……」
先ほどの悲鳴を上げた女性だろうか。足が縛られていて、身動きが取れそうになくなっている。左手を前に出して俺に助けを求めるその姿を見ると、心が壊れそうになった。
「嫌っ! 助けて!」
「『嫌』って言葉で何でも変わると思うんじゃないぞ。こっちはなにせ、未来人だからな」
少女は先程悲鳴を上げた女性の方に銃口を向けた。そして、後ろの方に狐の仮面を被っている犯罪者達が現れ、その女性の手を拘束し、上へ持ち上げた。
「助けて……ッ!」




