1-4 洋食店の厨房
一通り厨房の使い方を教えてもらった後、俺はお礼に志熊に炒飯を作ることにした。炒飯は俺の得意料理だ。
「おお、結構手際いいんね。期待の新人ってところかな。……コミュ障の癖に」
「『コミュ障』だとか『女性恐怖症』だとかは、俺も心からわかってることなのであんまり言われたくないんですよね。言葉自体、聞きたくないので」
「ご、ごめんね? でも、なんで君は女性恐怖症なのに、私と会話できるのは特別だから……なのかな?」
「そ、それは――」
俺は言葉に詰まった。でも一応今は作業中だ。バイト一日目で労働場所を放火する訳にはいかない。だから俺は、志熊とは話さないで、自分は一つのことに集中することにした。
でも通常の人間なら、当然途中で黙られれば疑問視するだろう。だから俺も作業中に志熊から結構言われた。「ねぇ?」だとか、「ねぇってば」だとか、「おい」だとか。
「(次第に言葉遣い悪くなってないか? てか、志熊は一体何歳なんだ?)」
所々また疑問に思うところが出てきた所で、丁度炒飯が完成した。
「おお。見た目はいいね。でも、肝心なのは『味』だからな」
出来立て熱々の炒飯を、スプーンで掬って「ふーふー」と吐息を吹きかけながら、志熊は口へと運んでいった。
「あちっ……」
いや、熱いのは当然だろう。
――いや、事情が違った。「ふーふー」と冷ましてまで熱いとは、どこまで熱いんだという話だ。でも金属のスプーンは、熱が伝わりやすいし、木材で作られている箸より熱を感じやすいというのはよく聞くが……。
ところで皆は箸を使って炒飯を食うか、それともスプーンを使って炒飯を食うか――って、なんでこんな誰も得をしないようなことを言っているのだろうか。
でも、ある意味さっきの志熊の反応は「ドジっ娘」という萌え属性が伝わってくるようにも思う。
だがここで問題が起きた。俺は思ったことを制御できず、喋ってしまった。
「志熊は可愛いなあ……って、ごめ……」
とっさに俺は、志熊に謝った。この発言を撤回しなければ、確実に俺は『キモい』と職場ですら言われるような人間というイメージになってしまう。もう、イメージじゃないかもしれない。気持ち悪いな俺。何やっているんだろう俺。
なんというか、こう、言葉に出来ない様な「やってしまった」という思いが、心に突き刺さってくる。そして深く考えこむことで、更にその痛みは増してくる。
「い、今のって、お世辞……でしょ? お世辞だよね?」
「……え?」
俺は問い返す。続けて、心の中で状況を整理し始めた。
「(いやいや、あの状況であんな事言われたら、普通「気持ち悪いですね」だとか、「死んで」だとか言われると思うのだが……。これはギャルゲやエロゲのやり過ぎなのか……?)」
「あ、あんまり変なこと言わないでよ、もう……。突然過ぎてびっくりしたじゃんか」
やばい。
なんか心に来る萌えが今、俺の脳内を駆け巡っている。
「さっきはちょっと口が滑ったっていうか、その……だな……」
俺は必死に発言を撤回しようと頑張るのだが、どうも上手く行かなかった。
「えへへ、照れちゃうな」
「おい、戻ってこい」
俺が志熊の身体をゆさゆさと揺さぶったが、一切反応を示さなかった。……いや、示さなかったわけではない。「ぐへへ」とよだれを垂らしていただけだ。
「何か罪悪感が残るな」と心の中で思った後、俺はため息を付いた。
そうしてその時、一人の客が洋食店に入ってきた。