3-13 喫茶店H.B.L.【2】
あれからすぐにストローが二つ、コップが一つ出された。コップに中にはコーラが入っていた。メイドはそれを差し出すと「ごゆっくりどうぞ」と言ってペコリと頭を下げまた厨房へと向かっていった。
「さて、出てきたわけだが」
「飲むの……?」
「あたりまえだろうが。飲まないでどうする。お前が頼んだものだ。お前が全部飲め」
「い、嫌だよ! それとも私とこういうことをするのは嫌?」
「嫌ではない、嫌ではないんだ。それと『こういうこと』という言い方はよせ。変なふうに捉えられるから」
「じゃあ、飲んでよ」
「だ、だがしかし、これは……そのよく言う『破廉恥』な行為であり、間接キスとかそれ同様の行為はさすがの俺も無理であってですね……」
「細かいことは気にするな! いいから飲みやがれ、馬鹿ろくのん!」
「なっ……飲まないと言っているだろ……んむむ」
俺の口の中にストローが強制的に入ってきた。玲香が俺の口の中にストローを入れ、ぐいぐいと押しているということはすぐに分かったのだが、そのストローで吸っている液体――つまりジュースを俺は吸わされて、突然だったことも有り息が吸えなくなってきた。
だから、「ぐは」なんて包丁で腹部を刺されたような声を上げて息を吸おうと肺をフル稼働させた。結果、俺はジュースを吹き出す始末となった。
「汚いぞ!」
玲香はぺっぺっ、と服の汚れを落とすような仕草をした。
「掛かったか?」
「当たり前だ! これ見れば分かるだろ! 今日は水を浴びて、挙句に彼氏の吹き出したジュースを浴びて、散々じゃないか! どうしてくれる、この馬鹿ろくのん!」
「うるせえ! まあ、ジュースを掛けちゃった事に関しては俺も謝る。でも、原因を作ったのは玲香の方だろうが! それにさっきお前、俺の事『彼氏』って呼んでいなかったか?」
「彼氏とか言ってないから! これは絶対なんだからな!」
俺はさっきの玲香が言ったと思われる『彼氏』という言葉を正確に耳にしたわけではないため、本当にそういったとは断言できなかった。
とはいえ、俺のことを玲香が『彼氏』と言ったということになれば、俺を彼氏として認識してくれているということ。
これで俺はコミュ障だったあの頃を抹消できるのか。それなら俺は大勝利だな。「ろくのん大勝利いいいいっ!」みたいな発言はあんまり支度はないが、きっと彼女が出来た時はそんな風な気持ちになるのかもしれない。
「だがしかし、結構減ったもんだな。残りどうする?」
「謝罪として、ろくのんが私にジュースを口移しして」
おい待て玲香。今の発言は想像を絶することをしなくてはいけなくなるんじゃないか。なにせ、『口移し』だ。つまり、俺がジュースを飲んで、それを玲香とキスした後に、ジュースを玲香に届けるというのだ。
「これなんてエロゲ?」のような発言は後峠みたいになるからしにくいのだが、さすがにこの状況下でそれはヤバいし、俺的にも玲香と気まずくなるし、第一恥ずかしすぎてどうにもならない―――いや、こういう時は男としてひと肌脱ぐ方がいいのだろうか。それなら……やるしかない!
俺は決心を決め、一度息を大きく吸ってから俺はジュースを口に入れた。そして強引にも玲香にキスを仕掛け、その途中でジュースを飲み込ませる。
「はわわわ……」
俺が口移ししたジュースをごくりと飲んだあと、玲香はそのドキドキした感情が抑えきれなくなったのか、すごく動揺している。そして顔も真っ赤にしている。
「おい玲香……大丈夫か?」
「な、なわけないでしょ! あんなことされて恥ずかしくならない女なんかいないよ!」
ビッ―――ギャル達がそう言ったプレイというか破廉恥な行為をしても恥ずかしくならないのかもしれないが、普段は活発&清楚でいる女が目の前でがここまでおどおどして顔を紅潮させていると、無性に抱きしめたくなるのは気の迷いだろうか。
そう思った瞬間に俺の中の理性のスイッチが壊れ、玲香に抱きつこうとしてしまった。
「ちょ、ちょろくのんなにして……」
「ご、ごめ。なんか無性に抱きつきたくなっちゃって……ごめんな?」
「いいんだよ。私は店の店長。言わば母親、姉みたいな立場なんだから、手の掛かる弟の世話をするのは私の仕事なんだよ。血が繋がっていなくてもさ……」
そういうと玲香は息をいっぱい吸って、笑顔で俺の手を両手で掴んでこういった。
「その人を大切に思っていれば、その人とは家族なんだからさ―――」
その言葉を聞いた瞬間に、俺はポロリと涙を流してしまった。それと同時に、某ゲーム内での『町も人もみんな家族です』という名言を思い出し、それを玲香が改変して言ったのかと俺は思った。だから涙を流したのかもしれない。『人は一人じゃ生きていけない』ということを思い知って。
俺は中学高校大学、十年余りの間友達なんかいなかったし、部活に入っても置いてけぼりにされるだけだった。でも、家族の支えがあったから今生きていられるのだ。それは今失っていて、もう建てなおすことの出来ない俺の両親への感謝なのだと思う。
俺には今美玲しか血のつながっている家族はいない。でも、他にも親しくなった人たちはたくさんいる。玲香だってその一人だし、お世話になりまくった。そんなことがあったから俺は泣いてしまったのかもしれない。『家族』という言葉の深い意味を俺は何となく理解し始めていたのだろう。
「男が涙目見せるな。これで二回目じゃんか」
「うるさい。感動したからこうなったに決まってんだろ!」
俺はそんな態度を示したためか、玲香に「本当にろくのんって弟みたい」なんて言われ、頭を撫でられた。支配欲の強い俺は、玲香に撫でられるより、むしろ撫でてあげたい方だけど。
どうせ俺を撫でてくれている、イコール俺に友情というか、信頼というか、そんなものを俺に対して持ってくれているんだと思った。そう思うことで何かと支配欲が満たされて行く気が俺にはした。
「玲香。次何処行く?」
「観覧車行きたい」
「俺はダウンタワー行きたいなあ。あのアトラクションは確か最高地点の高さが七十メートル超えるんだよな。てことで行こうぜ」
「ひ、人に意見を聞いておいて自分の意見をゴリ押しするな! って、嫌だってば! 高所は勘弁してくださいって! 私その、えと……高所恐怖症で……」
俺が強引に手を引くと、玲香は涙目になりながら少し早い口調で俺に悲鳴のごとく告げてくる。それを聞くだけで俺は「いけないことをしたな」と思ったため、玲香の手を話してあげた。
「ひ、ひどいよろくのん! 少しは人の気持ちも考えろってんだボケ!」
「でも、ダウンタワーに行くのは決定だ。それに、あのアトラクションは別に怖がるほどの絶叫マシンでもないし、そこまで高所には上がらねえよ」
「じゃあ、ろくのんは私の手を握ってくれるの?」
「な、なんで玲香の手を俺が握ることになるんだ?」
「……怖いから、そのなんというか……ろくのんに私のこの高所恐怖症の症状を半分ずつ共有すれば、怖さは軽減できるかなって。それとその、信頼出来る人がいると、それだけで怖いことは楽しいことに変わるのかなって……」
「そうか。分かったよ、握ればいいんだろ?」
「うん。じゃあ、お願いね。行こう、ろくのん」
玲香はそう言うと俺の手をぎゅっと握り、引っ張った。少し痛かったが、まあいいか。




