1-3 洋食店にて着用する衣装を頂く
洋食店の前に行くと、洋食店の名前が屋根の上に書かれていた。店の名前は『洋食の神上』だそうだ。建物は何となく和風な雰囲気で佇んでいる。
ふと振り返ると、少し大きな高層アパートが立っている。そのため俺は、洋食店の店舗が陽が遮られているんじゃないか、なんて心配しそうになった。
「さて、入りますかな……」
店のドアを開ける。黒髪の短い……ように結んで見せている若い女性がそこには居た。この時俺は『もしも身体のごつい男の人だったらどうしよう……』と思っていたので、そこはまあ良かった。
ひとつ言わせてもらうが、俺も同性愛者じゃない。ちゃんとした異性愛者だ。もっとも、彼女いない歴は年齢と同じだがな。――自虐しても悲しくなるだけだ。悲惨な過去は忘れよう。
「――いらっしゃいませ」
「神上さん……ですか? 広告を見てきたんですが……。ここでいいですか?」
「あっ……いえ、私は志熊と申します。この店のオーナーです。あ、ちなみに『神上』というのは、先代の苗字で、今の私の兄の嫁やその父のことです。なんで私がこの店のオーナーしてるのかっていうのは、気になさらずに」
そう言いつつ、志熊はカウンター席の椅子を一つ座りやすいように引いてくれた。
「さあさあ、お茶でもどうぞ。麦茶ですが、些細なもてなしという事で。あとここで大丈夫ですよ。安心してくださいね」
「ここは、喫茶店ではないよね? なんでお茶なんて。それに面接なのに」
「私なりのおもてなしです。嫌なら言ってください。水がよろしかったですかね?」
「――どっちでもいい。あ、一つ望みがあるとすれば、炭酸飲料がいいな、なんて」
「貴方、子供っぽいですね」
「やめろ、そういうの。何か見下されているようで嫌だ」
「いいじゃないですか。こう見えても私、コミュ能力は有る方……ですから」
クスッと笑う志熊の姿があった。まぁ、初対面の客にこれだけ笑顔で接客できるということだけですごいと俺は思うのだが、いまいち、見下されているようで気に食わない。
只、俺はコミュ障だし、所詮店の裏で料理を作ることになるのだろう。
「じゃ、そこにある文庫本でも好きに読んでいてください。ちょっとコーラ持ってきます」
「え?」
と、俺は思わず口を挟んでしまった。
「だから、そこにある文庫本読んでいてくださいと言っているのです」
俺には文庫本が一体どこにあるのか分からなかった。でも、志熊のいうことが正しいのであれば、きっとこの席の何処かにあるのは確実というところだろうが。
「さ、コーラ、コーラっと……」
なんか可愛いな。結構テンション高いんだな。俺はそう感じた。
……だがひとつ言っておこう。俺は読者諸君が想像するような、デブに眼鏡の『キモヲタ』という外見、風格の人間ではない。あくまでさっきのは個人の感想であり、そういう風に捉えてほしくはない。
でも、これが彼女との出会いだったということが意外や意外だ。こんな出会いもあるもんなのか、と思った。
「はい、コーラどうぞ」
「あ、ありがとう」
「御礼の言葉を言うのですか。普通のお客さんならそんな事言わないのに……」
「……いや、俺お客としてきたわけじゃないから」
「じゃあ君は、ここでバイトとして働きたいのかな?」
「は、はい」
「でも、この店は売り上げもそこまでないし、来る客は十人くらい。本当にいいのか?」
「いいですよ。俺は何かに一所懸命になりたいんです。就職落ちちゃったので」
俺が一所懸命というのにもわけがある。
俺は中学校時代、部活に所属していた。バスケ部……だったかな? 忘れたや。もう十年も前の話しだ。それが当然なのかもしれない。退部までベンチだったことも一つか。
バスケ部で、俺はバスケが上手くないにもかかわらず入った為に、大抵の場合は試合には『着いて行く』だけであり、『大会をしに行く』訳ではなかった。
そうして中学一年生の冬。俺はバスケ部をやめた。理由は、先輩たちについていけなくなったから。……嘘だ。気力がなくなったからだ。
その頃から俺は『ぼっち』と呼ばれるようになっていて、いつの間にか、友達ゼロの悲惨すぎる青春時代を送っていた。
そういう過去のためにも、俺はもう一度青春というものを味わいたいのである。
「……何か暗い過去を持っていそうですが」
ふと言われた言葉に俺は身体がビクビク震えた。「あたってます、その推理」とつい言いたくなってしまっていた。が、それを俺は心の中で抑えこむ。
「あまり触れないでおきますね……。こういうのは、やっぱりお互い信頼しあってからにしましょう。事実、私にも言いたくない思い出たくさんありますし」
「そうですか……」
「はい」
そう言われ、俺は少し「共感できる点もあるんだな」と思っていた。まぁ、バイトにしろ、労働にしろ、それを共にする仲間のことをしっかり知っていないと、なかなか仕事しづらい気がする。……コミュ障のせいなのかもしれないが。
「では、貴方用の服を持ってきますので少々お待ちを」
「は、はい……」
やっぱり飲食店だ。衣装等は結構力入れているんだろう、と思った。が、さっきから志熊は、そんな衣装着ていない。もしかして今日が定休日だったりするのかも知れない。
少し疑問に思うことが出てきた所で、志熊が店の衣装を用意してきてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……ご、ございます……」
「もしかして君、女性と話しづらいっていうような人種だったり……する?」
「言い方ひどいですけど、大体あってます。……あんまり外には出ない人間だったので」
「……そっか」
少し目をつぶっている志熊の姿。と、やはり可愛いと俺は思うのだが……。黒髪から発せられるこの女性特有の匂いというものは、何故故にこうも男を惹きつけるのだろうか。
やっぱりサラサラの髪の毛してるんだなあ……、と思ってしまう。
「嫌だ、もう。そんなにジロジロ見ちゃって。髪の毛について、質問とかあるの?」
「い、いや特にはなにもないです……。すみません。本能的なもので……」
「謝る必要ないよ。……もしかして、君は『女性恐怖症』だったかな……?」
「……」
ええ。その推理あたってます。というか、ここまで推理をあてられまくってしまうと、こちらも少し怖い印象を持ってしまうのだが……。ま、気にしないで行こう。
「図星……か。でもこの職業はどうしても接客しなければいけないし。……どうしよう」
「えと、その……すいません……こんな自分……」
もじもじとする俺をよそに、クスッと笑って志熊はため息を付いた後に俺の肩を叩いた。
「――ったく。大体、君がそういう症状を持ってるってことが分かったから、最初の頃は私が運ぶのは全部やってやるから、最初君は厨房で料理や飲料を作っておいてね。それが初仕事だから頑張れ。店主として応援しているぞ。若手の活躍を見守りたいものだし」
「は、はい……。というか志熊さん年取ってないでしょ……」
「じゃ、衣装はやっぱり接客用じゃなくて、料理人用にしようかな……」
華麗にスルーされた……? まさかとは思うが、俺のは独り言だったのだろうか。全く、俺はコミュ症なんだ。少しは反応してくれてもいいじゃないか。
「べ、別にそこまで悩むことはないと思いますが……」
「いいんだ、いいんだ。ほら、これどうぞ」
俺は志熊から料理人用の衣装をもらった。衣装というか、エプロン――とまではいかないのだが……と、やはり国語力がない自分には呆れるものだ。これでも一応大学出身だが、俺は国語に関しては赤点ギリギリだったし、仕方ないのかもしれない。
衣装をもらって、俺はそれを着て厨房へ向かった。そうして、志熊から厨房の使い方を教えてもらうことにした。