3-3 遊園地
午前十時すぎ。町外れの海沿い場所に、そのパスを利用できる遊園地はある。とてつもない設備で、楽しいアトラクションだって数多く設置されている。
この遊園地に来るのは、なんだかんだ言っておいて、これが初めてだったりする。
「最初は何に乗る?」
「うーん……。そうだな、ジェットコースターにでも行かないかい?」
「だがしかし、私はあんまりそういうのが好きではないんだ」
「じゃ、行こうか」
「お前はドSか、それとも鬼畜野郎なのか……」
「知らんがな。それより、早く乗ろうぜ乗ろうぜ」
「ふえぇ……」
なんとなく可愛い声を残して、俺は玲香をジェットコースターへと誘った。
「もう無理ぃ……」
「あぁ、楽しかった!」
「すごすぎ……。よくあんなのが『楽しい』だなんて言えるね。凄いよ」
「そうかなぁ?」
俺自身、ジェットコースターで「怖い」なんて思った事があるのは、本当に初めて乗った時だけで、それ以外は別に怖くもないし、むしろ楽しい。
「じゃあ次は何に乗る?」
「うーんと、じゃあねえ……」
「ふっ、選べることが出来るとでも思ったのか、甘いな!」
「は? どゆこと?」
「お化け屋敷行くぞ!」
「えええ……!」
俺は、お化け屋敷に連れて行った。なぜなら、これもある意味の作戦のうちだからだ。なんだかんだ言って、俺は玲香を攻略しようなどと考えたことはそこまでない。ただ、「一度もない」と断言することは不可能だ。なにせ、俺はそういう風に捉えてしまったことがあるからな。
「嫌だって! お化け屋敷だけは本当に勘弁して下さい!」
「でもなぁ……」
「じゃ、じゃあ、手を繋いでくれないかな……?」
「!」
手を繋ぐ……だと? 俺と玲香が? というか、本当に俺は妹以外の異性と手を繋いだことがないし、妹と繋いだのも、確か俺が七歳の時だったから、約一五年も前の話になる訳か。
「つつつ、繋ぐということはつまり……」
「こ、こういうこと……だよ? でも、こういうのは、男の子が仕切るべきだと思うよ?」
俺の手を何かが包み込んだ。きっと玲香の手だろう。そうだろう。というか、そうでないと俺が困る。おっさんの手の中になんて包み込まれたくもない。
俺は、そんなどうでもいいことを考えながらいた時、ふと玲香の言っていた言葉を思い出し、返答をした。
「……すまない」
俺が顔を下にむけて謝ると、なぜか玲香は「むーっ」と、した少し怒った表情を見せると、俺の手をさっきより強く掴んできた。……これがネットでよく言う「ぐうかわ」? うーん、なにか違うような……。
俺は玲香の表情を見ている間に、ふとしたネット用語への疑問を持っていた。
「な、なんか喋ってよっ!」
「で、でも何を喋ればいいのか……」
「なんでもいいよ! 楽曲でも、漫画でも、ラノベでも、その他なんでもいいよ! だから喋れ! ―――話についていけるか心配だけど」
「ダメじゃねえか!」
「ううう、うっさいんだい! ま、まず、ろくのんは女性に対するそういう態度が悪すぎるんだい、このへっぽこデュエ○ストが!」
いやいや俺、元非リア充のぼっちなんですけど……。なんでそんな言いようになっているんだ……。悲惨すぎる。これが女性と接ただけの経験値を貰っていない俺だからこそなのか……。
「……って、今玲香、俺のことを『へっぽこデュエ○スト』って言わなかったか……?」
「いいい、言ったわけ無いじゃん……? ねえ?」
そのおどおどしている表情はどう見ても言ったようにしか思えないんだが……。それとも詐欺か? 騙しなのか? ―――だが俺はさっき聞いたはずだ。玲香が何を言ったのかということを。
「玲香」
「はい……」
「行くぞ、お化け屋敷!」
俺は、今までの空気を変えようと、強引に玲香の手を引っ張った。
今俺が女性を引っ張ったように、人間世界では大抵の場合、男が女を引っ張っていく(力にしろ、労働にしても)はずなのだが、最近の世界では、なんだかんだでっ男尊女卑の世界から、女尊男卑の世界へ変わりつつあると思う。
―――もしかしたら、そんな世界がいつか来てしまって、女の子しか扱えない『マルチ・フォームスーツ』なるものが開発される日が来るのかな……なんて思ってみたりしている俺がそこにはいた。
玲香を強引に引っ張った挙句、お化け屋敷には長蛇の列ができていて、「最後尾」という看板が、入り口から遥か遠くにあった。
「凄い並んでるな……」
俺がふとそう言っている隣で、「メキメキ」というような、現実の音にならない音が聞こえてきた。
「……なっ!」
「痛いわ、このバカろくのんっ!」
平手打ち、一発。痛い、なんて言えないな。なにせ、強引に引っ張ったのは俺なわけだし、俺も痛いことをされて当然だと思う。
「でもさ、その……」
俺は、「もじもじするな、萌え死ぬ」と心の中で言った。でも、それは口には出せない。なにせ、ここは遊園地だ。さすがにそんなことを言うのは、周りに対しても何かアレな気がする。「アレ」とは一体何なのかはご想像にお任せしたいところだが。
「良かったよ、ろくのん……。私的には、あれくらい強引に引っ張っていってくれる男の子が好み……かな? でも、ちょっとチキンというか、照れ屋な所があるのも結構いいと思うな。とりあえず、ろくのんの好感度は私が二つプラスしておくよ」
「二つって……。今、何点たまっているんですか……」
「五点中二点」
五点満点って、それはそれで凄いな。というか、さっきの二ポイントがどう考えてもクソでかい点数のように思えるのは俺だけか?
「ろくのん喋ってよ……」
「―――ごめん」
「ろくのんマイナスいってええええんっ!」
玲香が笑顔で俺の頭を叩く。俺からしてみれば普通、不愉快にしか思えないのだが、なぜか玲香に対して全く不愉快な気持ちにはならなかった。
そんな時。俺のスマートフォンにメールが届いた。それに気付いた俺は、それを即座にチェックした。
『今日、六宮英人と志熊玲香は観覧車でキスをします。そして帰り道や遊園地で数々の不幸が訪れます。しかし、彼らはその不幸に打ち勝つでしょう。親愛なる何かを犠牲にして』
そんな内容だった。
「ねえ、ろくのん? 今のメールって、どんな内容だったの?」
「ちょ、顔近っ……」
「あっ……」
しばし声が出なくなる。俺もなんだかんだで玲香を意識している。きっとそれは、店長として尊敬している訳でもなく、友達として楽しいことを意識しているわけでもない。そう、これはきっと『恋愛意識』なのだろう。
恋愛経験が浅いこの俺に、何が語れるかだとかはわからない。俺は只々エロゲやギャルゲ、ラノベなどで得た知識を巧みに使い、あたかも自分が言ったかのように、自分が経験したかのようにみせているのだ。
でもそんな俺でも、『恋愛感情』というのはなんとなく分かる気がする。友達への愛の感情でもない、親友への愛の感情でもない。恋をしていて、それの対象人物への愛が今オレの心の中にあるのだと、俺は思う。
俺はそんなことで顔を真っ赤にしていた。俺は顔もイケていないし、青春時代に告られた事さえもない。友達を作る為に、それを実現するための部活を設立したわけでもないし、『エアさん(君、ちゃんの可能性も十分ありえる)』とかいう仮想人物を作ってまで、俺は友達を作ろうとは思いもしない。
俺は青春時代なんて白紙のままだと思っているし、色を付けるとしてもきっと黒色か灰色くらいなんだと思う。だって、やり直そうとしてもそれをしようとする『気力』がないのだから。
どうでもいいようなこと。でもそれは、心の中の秘められた本音なのかもしれない。
「あ、あの……」
「何?」
「男の子なのにちょっぴり恥ずかしがるような男の子は、個人的には結構好きなんだよね……。もしかしたら、私は『守ってやりたい』精神が根強いのかもね……」
「いわゆる母性本能のようなものですね」
「……そうかもしれないですね。で……」
「ん? なにか要件があるのかい?」
「ああ、はい。その、この長蛇の列がいつ終わるのかな……って言うことを」
「聞いてこい……と?」
「く、私の口はそんなに悪くないよっ!」
確かに、玲香の口は悪くはないと思う。俺が見ている限り、特にそう言った悪口影口などは言わないみたいだからな。
「じゃ、聞いてくるよ」
「う、うん。頼むね」
俺は「おうよ!」と返し、最後尾の方へと向かった。俺が玲香と並んだ時より、相当後ろの方、入り口からはもう本当に遥か遠くに最後尾がある。……なんでこんなに長蛇の列になるまでこのお化け屋敷が人気なのか、お化け屋敷の面白さが気になる所だ




