僕と転入生
「さーさーがーみーラリアットっ!!!とぅ!」
「ぐふっ……!」
「あはははははは!!!」
痛い……
割と真剣に頸椎に甚大なダメージが……!
今、僕こと鷹鷺崇夜に理不尽にもラリアットをかましてくれた馬鹿の名前は篠上碧玲。
いつもよりラリアットの威力が高いのは気のせいではないだろう。
碧玲が僕に適当な思いつきでプロレス技を放ってくるのは別に珍しいことではない。
むしろ日常茶飯事と言ってもいい。
ただ、それはあくまで怪我や筋肉痛をしない程度のものであり、ここまで痛みがあるのは滅多にない。
「いや~どんな娘が来るのか楽しみだなぁ宗夜!」
何故こんなにも碧玲が興奮しているのかは本人が言っている通り、想像するのは容易い。
先週あたりに担任の先生からある伝達があったのだ。
「来週の木曜日にこのクラスに新しい生徒が転入してくることになりました。本来なら当日に伝えるべきなのだけど、少し変わった人らしいから先に伝えておくわね。まぁ皆さんならすぐに仲良くできると思うからあまり心配はしてないのだけど……。とりあえず、このクラスに新しい仲間が増えるということは覚えておいてね」
そしてどこから入手してきたのか、その転入生は女でとても美人だという噂が僕のクラスの中で広まった。
勿論根拠などどこにもない。
先生に聞いてもプライバシーに関わることだから言えないと言ってはぐらかされてしまっている。
それが故に噂が噂を呼んで謎の美少女転入生としてクラスの男子の興奮はここにきて最高潮に達している。
謎の美少女転入生なんて非現実極まりない。
漫画や小説じゃあるまいし実際は普通の女の子か少し可愛いくらいの人だろう。
それか実は男子でしたっていうオチかのどれかだろう。
そんなことを碧玲に話したら
「お前は夢のない奴だなぁ」
と鼻で笑われてしまった。
僕から言わせてもらえばそんなにも夢を抱いて突き落とされたときのショックのほうが計り知れないと思うんだがな。
……まぁどちらにせよ、それはもうすぐ明らかになる。
その噂の転入生が来るというのは今日の朝。
朝のHRの時に紹介するらしい。
いよいよ男子の熱が高まってきた。
女子とて例外ではない。
普通は転入生が同性だと聞くと若干盛り下がりがちだが、うちの女子はどんな人がくるんだろう?と興奮気味だ。
勿論男子ほどではないが。
「はーい皆さん!静かにして下さい!」
きた。
先生がそう言うとあれだけ騒がしかった教室が途端に静かになる。
「それでは今日の朝のHRは先週に話した転入生の紹介をしたいと思います入って来てください。皇さん」
「おぉぉぉぉぉ!!?」
そう呼ばれて入ってきた転入生は長身長髪の、噂通り美人の女の子だった。
一度は静かになった教室もすぐに騒がしくなってしまい、口々に転入生に対しての感想を述べている。
「うぉ!可愛い!」
「え~凄い可愛い子~」
「はぁ、はぁ、すめらぎたんきゃわたん」
「ふふ、あの方こそ私の妻にふさわしい」
皆が言っている通り、転入生の容姿はとても整っている。
日本美人という表現が一番適切だろうか。
高い身長に、黒く艶のある黒髪にそぐわぬ容姿は見る人を虜にするだろう。
……と言えば褒めすぎのような気もするが第一印象はそんな感じだ。
後、関係はないがさっき発言した下から1、2番目の奴は速攻保健室に出頭しろ。
今すぐ保険医の先生に頭の薬を処方してもらうことをお勧めする。
あんな気持ち悪いことを言う奴がこのクラスにいたなんて知らなかったぞ……
「はいはい!皆さん静かにして下さい!これでは紹介ができないじゃないですか!」
徐々に徐々にそれぞれが口を閉じて静かになってゆく。
ただそれでもぼそぼそと喋る者がいるからさっきみたいに、しんとはしないだろう。
「……それでは皇さん、どうぞ」
先生もそれが分かってか、支障にならない程度に静かになってから転入生に自己紹介をするように促した。
「皇玖来よ。以上」
以上?
いくらなんでも短過ぎやしないか?
「あの……、皇さん?もう少し何か話ときませんか?これから共に勉強をする仲間なのですし……」
「別にいい。それより席へ案内して」
「は、はぁ……。そ、それじゃあそこの空いている席に、鷹鷺君の後ろの席に座って下さい。鷹鷺君、皇さんが分かるように手を挙げて下さい」
いるか?
この動作?
仮にも高校2年生ともあろう者がどこに座ればいいか分からないなんてことはないと思うが……
まぁあの先生の指示だ。
取りあえず挙げておこう。
「……………」
ん?
どうした?
何故来ない?
地味に手が疲れてきたんだが。
僕が手を挙げてから数分が経つ。
教壇から僕の後ろの席まで徒歩で約5秒。
いい加減手を降ろしてもいいだろうか?
「あの、皇さん?鷹鷺君が待ってますよ?」
「…………よ」
「え?」
「嫌よ。なんであんな男の後ろに座らなきゃならないの?絶対に嫌」
皇という女がそう言うと教室がざわざわとし始める。
当たり前だ。
初めて会った女になんでこんなことを言われなければならない。
僕が一体何をしたというんだ。
「あーあー嫌われちゃったねぇ崇夜。一体皇さんに何をしたのさ?」
隣の席に座っている碧玲がちゃちゃを入れてくる。
知るか。
僕が聞きたい。
「……そんなことを言わずに座ってあげましょう?鷹鷺君はいい人ですよ?」
もう少し言葉を選べませんでしたか先生。
いい人って……
「しょうがないわね。いいわ。座ってあげる」
そういって渋々と皇が席に座る。
偉そうに。
「はい!それじゃあ若干の問題はありましたが、今日から同じクラスで勉強をする皇玖来さんです。分からないことが沢山あると思いますから皆さんで支えてあげて下さい」
断る。
☆★☆★☆
「崇夜~お前めっちゃ噂になってるぜ~」
「知ってるよ」
HRが終わってすぐに教室の話題は僕と転入生の話で持ち切りになった。
あの2人はどんな関係なんだろう?とか、初日から皇さんに嫌われてやんの。ざまぁW、など煩わしいことこの上ない。
そしてその原因を作ってくれた当の本人はというと、
「ねぇねぇ皇さんはどこから来たの?」
「皇さんの趣味って何?」
「どうやったらそんなに綺麗になれるの?」
「彼女はいるの?いなかったら是非とも僕と……」
沢山の人から質問攻めにされている。
面倒なのか殆ど質問には答えてないみたいだけど……
いい気味だ。
見た感じ困っているようだし、暫くこのまま放置させてもらおう。
「なぁ崇夜」
「ん?どした?」
「先生が呼んでる。ほら」
碧玲が指を指した方向を見てみると、教室のドアから顔を覗かせている先生の姿があった。
……そういえば先生の紹介をしていなかったな。
あの先生の名前は磯代愛沙。
僕のクラスの担任であり、現代国語を受け持っている。
簡単にあの人を説明するとしたら、お人よしでおっちょこちょいな人が一番適切だろう。
その片鱗は今日のHRでも若干出ていたと思う。
……まぁとりあえず紹介はここまでにしておこう。
先生を待てせるのも忍びない。
「どうしました先生?」
「あぁ鷹鷺君!皇さんのことでちょっと……」
「?」
「皇さんはちゃんとクラスにうちとけたかしら……?最初が最初だったから心配でしんぱいで……」
「……別に問題はないと思いますよ」
先生に今の皇の状況を見せてやる。
質問攻めにされて困っている、一見したら人が集まって仲良さそうにしている偽の人気者の状況を。
「良かった……。これで皆さんから無視されていたら私どうしようかと……。これなら大丈夫そうですね。それで鷹鷺君、あなたに一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「皇さんが困っていたら助けてあげて下さいね。どうやら2人は面識があるみたいですし」
面識なんてありません。
完全初対面です。
「っと!すいません。そろそろ次の授業の時間ですね」
時刻は午前10時37分。
3限目の授業が始まる3分前だ。
「それでは申し訳ありませんがよろしくお願いしますね!」
そう言い残して先生は次の授業があるクラスへと向かっていった。
せめてもう少し僕の意見も聞いて欲しかったけど。
別にいいか。
先生にはすぐに会える。
僕のクラスの次の授業は現国だ。
先生も間違ったクラスへ行ってしまったとすぐに気付くだろう。
それよりも問題は……
「…………!!!!」
さっきから助けなさいと言わんばかりに僕を睨みつけている皇か。




