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6話目

 大賢者マーリンの未練を晴らした後、ライラはマリリンたちを連れて王都へと戻っていた。

 広い王都の中央、威風堂々とした白亜の城に、ライラが忠誠を誓った王がいる。


「うわぁ、すごいや!」


 城を見上げた小次郎が、はしゃいだ声を上げた。

 小次郎が城を見て喜んだことに嬉しさを感じながら、ライラは一応釘を刺す。

 

「すごいだろう? あの城に、私が仕える陛下がおられる。

 私の任務は大賢者を連れて来ることだったが、小次郎も一緒に陛下の御前についてきてもらおう。

 寛大な陛下だが、無礼を働くなよ」


「小次郎様なら大丈夫ですよ」

 

 ニコニコしながら小次郎の肩に手を添えるマリリン。

 泉を離れる時はさすがに気落ちしていたようだったが、王都までの数日の旅路ですっかり元気を取り戻していた。


 王都の中を進み、城の門前に立つ。

 門番である二人の兵がライラの顔に気づき、敬礼して声をかけてきた。


「ライラ様、お帰りなさいませ!」


「ああ、ただいま。

 後ろの二人は陛下の任によりお連れした者たちだ。連れて入ってもかまわないな?」


 門番の許可を得て城に入る。

 派手ではないが優雅さを感じさせる城の調度品に、小次郎は嬉しげにきょろきょろし、マリリンも前は向いているものの視線を彷徨わせていた。

 大賢者の娘とは言え、マリリンも城には入ったことがないだろうから当然か。


「小次郎、人とぶつからないようにな。マリリンも、やはり城の中は珍しいか?」


 前を向いていない小次郎に注意し、シャンデリアに目を奪われているらしいマリリンに話を振る。

 マリリンは頷き、視線をライラに戻した。


「ええ、私はずっとあの村で暮らしていましたから。まさか自分がお城に入ることになるとは思いませんでした」


「そうなのか? 大賢者の娘なのだから、いずれ城から招聘されるかも、くらいは予想できそうだが」


 ライラの言葉に、マリリンは少し寂しげに首を振った。


「私が生まれた頃から、ずっとお父様はあの村で隠遁していましたから。私もずっとあの村で暮らすつもりでした。

 ……ところで、王様とはすぐに謁見できるのですか?」


 父親のことを思い出したか、マリリンは話題を変える。

 悪いことをしたかなと反省しながら、ライラはマリリンの疑問に答えた。


「いや、陛下はお忙しいから、手続きをして少し待つことになる。

 ……っと、おや? 小次郎は何処へ行った?」


 雑談に興じていたのは少しの間だけだったというのに、ふと気づけば小次郎の姿が無くなっていた。

 たしかに興味深げにきょろきょろしていたが、まさか黙って探検に出かけて行ってしまうとは。

 城の作りは戻ってこれなくなるほど複雑ではないし、入るとまずい場所には番がいるだろう。そういう意味では心配する必要はないが、王との謁見の時間に間に合わないと困る。


「やれやれ仕方ないな。迷子を探すとしよう。

 小次郎は行儀の良い子供だと思っていたんだが」


「何かに夢中になって周りが見えなくなるということは、子供だけでなく大人にもよくありますからね。

 小次郎様はよっぽど城の中が珍しかったのでしょう。子供らしくて可愛いじゃないですか」


 微笑ましげにマリリンは笑うが、彼女は小次郎のやることなら何でも肯定しそうだ。

 やれやれとため息をついて、ちょうどそのあたりを歩いていた見回りの兵を捕まえる。


「ちょっといいか。城のどこかで10才くらいの男の子を見なかったか?」


「これは、ライラ様! お疲れ様です!

 探している者かどうかはわかりませんが、先ほど姫様が子供の手を引いて修練所へ向かっておられました!」


 敬礼する兵士の返答に、ライラとマリリンは困惑した顔を見合わせた。










 映画やテレビでしか見たことのない煌びやかな宮殿に、小次郎は心を踊らせていた。

 きょろきょろするたびにライラ達に置いて行かれそうになり、慌てて追いかける。

 と、ふと気になるものが目にとまり、小次郎は足をとめた。

 頭から足のつま先まで、すべて銀色に輝くフルプレートの鎧が二体、槍を交差するように掲げている。

 元の世界なら中身のない飾りだろうと思うが、この世界ではどうなのだろう。あの中に人は入っているのだろうか。

 ライラ達に目をやると、足を止めて何か話しているようだった。ちょっと行って戻ってくれば大丈夫、そう思って鎧に近づいて行く。

 鎧は小次郎が近寄って行っても微動だにしない。目元の奥は暗くなっていて、近くに来ても中身は分からなかった。


「入ってますか?」


 思わずコンコンとノックして尋ねる小次郎。

 その途端、どこからか女性の華やかな笑い声が響く。


「うふふっ! それだとトイレじゃない!」


 鎧の中身が喋ったというわけではなく、声は小次郎の背後にいつの間にか立っていた人物のものだった。

 振り返ると、きれいな金髪をポニーテールにした、青い目の美しい少女が小次郎に笑顔を見せていた。

 少女といっても、年頃は元の世界での高校生くらいで、小次郎よりは年上だ。しかし、少なくともまだ大人扱いされない年齢だろう。

 細い剣を腰に差しているが、鎧の類はなにも付けていない。太ももの真ん中までのミニスカートを穿いており、漫画やゲームの中の少女剣士といった様子だ。

 少女は楽しげな表情で、少しかがんで小次郎に目線を合わせてきた。


「その中に人は入ってないわよ。ただの飾り。

 ところで、あなたは迷子? 城に子供が迷い込むなんて初めて見たけど、門番がさぼってたのかしら?」


「僕は迷子じゃないよ。

 ライラお姉ちゃんに連れて来られたんだ」


 マリリンと何か話しているライラを指差すと、少女は訳知り顔でうなずいた。


「ライラに? ああ、もしかしてあなた、大賢者の子供かしら?」


「それはマリリンお姉ちゃんの方」


 指先を動かしてマリリンを指す。

 少女はその答えに、首をかしげた。


「あら、そうなの? じゃあ、あなたいったい何者?」


 少女の問いに、小次郎は胸を張って答えた。


「僕は小次郎。異世界の女神様から加護を受けてこの世界に来たんだ。

 マリリンお姉ちゃんは、僕を予言の勇者だって言うよ」


「へぇ……大賢者の娘が勇者と言ったのね?」


 少女は面白そうなものを見つけたというように、にっと笑って小次郎の腕を捕った。


「ちょっとこっちいらっしゃい」


「え? でも、ライラお姉ちゃんたちから離れるなら何か言ってこないと」


 ライラ達の元へ戻ろうとする小次郎だが、少女の力は意外に強く、手を振りほどくことができない。


「大丈夫よ、私はライラより偉い人だから。あとで私から説明してあげるわ」


 ずるずると引きずられるように引っ張られ、小次郎はたたらを踏む。

 ライラ達の方を見やるが、まだ何か話しているようでこちらに視線を向けて来ない。

 少し迷ったが、城の中にいる人物ならば悪い人ではないのだろうと考ええて、おとなしくついて行くことにした。


 しばらく少女に引っ張られていると、運動場のような場所に着いた。

 かなり広く、案山子のような人形が立っている場所もあれば、小山のように土が盛り上がっている部分もある。

 ぱっと見でも数十人が剣を振ったり走ったりしており、剣の修業をする場所なのだろうと知れた。


「これは、姫様! 修練ですか? 場所をあけましょうか?」


「お疲れ様です、団長! 剣のお相手を願えますか?」


 少女が歩くだけで次々に兵たちが声をかけてくる。そんな彼らの誘いを笑顔でやんわりと断りながら、少女は小次郎を連れて修練所の奥へと歩いて行く。


「姫様とか団長とか呼ばれてるけど、どうして?」


 そういえばまだ名前も聞いていなかったな、と思って小次郎が尋ねると、少女は振り返って胸を張って見せた。


「あら、私のこと知らなかったのね。そういえば異世界から来たのだったかしら。

 私はシャルロット=リムンダール。このリムンダール王国の王女で、リムンダール騎士団の団長をやっているわ。

 騎士団の者は私を団長と、そうでない者が私を姫様と呼ぶわね」


「お姫様で騎士団長! 格好いい!!」


 小次郎が感動して褒めると、シャルロットは髪をさらりとかき上げ、自慢げに笑う。


「うふふ、格好いいでしょう。私はこの国で一番強いのよ」


 そこまで言って、シャルロットは小次郎に顔を近づける。

 からかうような笑みが拳一つ分ほどの距離にまで迫り、思わず小次郎は動揺した。

 小次郎の動揺を知ってか知らずか、シャルロットは笑みを深くして続ける。


「だから私、予言の勇者が私より強いのかどうか、すごく気になるのよね。

 お相手していただけるかしら? 勇者小次郎クン?」


「う、うん」


 遊びにでも誘うような気楽さで発せられた言葉に、小次郎は弾みで頷いてしまう。

 シャルロットは小次郎の頭を撫で、パッと身を離した。


「あなたが勝ったら、私のことをシャルと愛称で呼ぶ栄誉を与えるわ。

 その代わり、私が勝ったらあなたは私の部下よ!」


 一方的に条件を設定し、シャルロットは高らかに宣言する。


「決闘よ! 騎士団長と勇者の決闘よ!」


「お待ちください団長ォォ!!」


 シャルロットの言葉をかき消すように、ライラの悲鳴のような大声が響いた。












 ライラたちは急いで修練所へ向かっていた。

 小次郎を修練所へ連れて行ったシャルロットは、女神に愛されて生まれてきたような少女である。

 国一番の美貌の持ち主でありながら、凄まじいまでの剣の才能も有しており、弱冠13歳で国一番の剣士となった。

 最強の剣士が騎士団長になる、という伝統のためにそのまま13歳で騎士団長になり、それから3年たった今も最強の剣士はシャルロットだ。

 剣士の褒め言葉として剣先が早すぎて見えない、などという言葉はよくある。だが、シャルロットは身体の動きが早すぎて見えない。

 そのため、シャルロットは『神速の剣姫』と称される。誰も攻撃を当てられないため鎧を一切身に纏わないシャルロットは、この国では王様よりも民の尊敬を得ているかもしれない。


 唯一欠点があるとすれば、剣の才能に優れるがゆえに強者との戦闘に飢えている点だろうか。


 東に強い剣士がいると聞けば決闘しに行き、西に強い魔物がいると聞けばたった一人で乗り込んで行く。

 強そうな相手と戦いたくて仕方がないのだ。

 そんなシャルロットが小次郎を修練所へ連れて行ったという。

 おそらく、小次郎がシャルロットに、自分が勇者であるとでも口を滑らせたのだろう。勇者という言葉で、シャルロットの好奇心が疼いたに違いない。

 急がなければ、シャルロットは小次郎と決闘でも始めてしまうかもしれない。それだけはなんとしても止めなければ!


「いくら『神速の剣姫』でも、小次郎様に勝てるとは思いませんが」


 シャルロットに戦闘狂の気があるということは、それなりに有名な話である。

 小次郎が連れて行かれた理由について、マリリンはライラと同じ結論に達したらしい。だが、マリリンの中で小次郎が負けるという想像はないようで、のほほんとしている。


「勝ちそうだから急いでるんだ!」


 そう、もし小次郎とシャルロットが決闘した場合、勝つのは小次郎である可能性が高い。

 というのも、小次郎に与えられた女神の奇跡は、『カンチョーしてから』だけでなく『カンチョーするまで』にも及んでいるのだ。


 これは、王都へ戻ってくるまでの数日の旅路の中で、マリリンが小次郎の奇跡について様々な実験をした結果わかったことである。

 小次郎がカンチョーする気で人の背後を取ろうと動いた場合、対象は一瞬で小次郎の姿を見失う。

 そして次の瞬間、背後に出現した小次郎からカンチョーされてしまうのだ。

 騎士としてかなりの修練を積んだライラでさえ、数十度の実験の中で一度も小次郎のカンチョーを避ける事が出来なかった。

 物理的に早いとか、気配が消えているとかではなく、カンチョーされるのが当然というように肛門に指が突き刺さるのだ。

 小次郎がカンチョーを決意した時点で因果がそう定まるとか何とか、マリリンが小難しいことを言っていたが、ライラにはよく分からない。

 ただ、何十度もの脱糞の末、もう人前でうんこすることに恥を感じなくなったのだけは確かだ。


 ライラの羞恥心はもう手遅れだが、それでもライラにはわずかに常識が残っていた。

 小次郎とシャルロットが決闘した場合、おそらく奇跡によって小次郎が勝つだろう。小次郎のカンチョーは、神速の剣姫シャルロットでもおそらく避けられまい。

 その結果どうなるか。

 シャルロットは修練所で兵たちが見守る中、うんこを漏らすことになる。

 一国のお姫様が公開脱糞はまずい。本屋の隔離された一画に置いてある、卑猥な物語みたいになってしまう。

 シャルロットが「しゅごいいいいいい!!!」とか叫んで兵たちの前で脱糞したら、さすがに小次郎が勇者で子供であってもまずいことになる。


「大丈夫だと思いますけどね」


 事の重大さが分かっていないのか、やはりマリリンはのほほんとしていた。


 ライラより頭の良いマリリンが安心しているのなら何かしら案があるのかもしれないが、彼女は小次郎を妄信している気がある。

 なにより、シャルロットはライラの敬愛する姫君であり、誇るべき騎士団長であり、そして未だ16歳の少女である。

 わざわざ乙女心と羞恥心に傷をつけるような真似はさせるべきではない。


 そう思って城の廊下を駆け抜けたライラだったが、修練所についた時点で聞き慣れたシャルロットの声を耳にする。


「決闘よ! 騎士団長と勇者の決闘よ!」


「お待ちください団長ォォ!!」


 今にも始まりそうな決闘を止めるため、ライラは声を張り上げて叫んだ。

 小次郎が振り返り、嬉しそうに手を振ってくる。


「あら、ライラじゃない。心配しなくても、小次郎クンに怪我なんてさせないわよ」


 ライラの制止を小次郎の身の心配をしてのものと受け取ったか、シャルロットは余裕の表情で微笑んでいた。

 どうやら勇者と聞いて食指を動かされたが、小次郎の身のこなしから素人であることに気づき、子供とチャンバラごっこで遊ぼうかとでも思っている様子だった。

 あるいはわざと負けて小次郎に花を持たせることすら考えているかもしれない。殊更に決闘、などと宣言したのも、小次郎を楽しませる雰囲気造りだろうか。


 とはいえ、小次郎がシャルロットの考えを読むとは限らない。というか、間違いなく読まない。

 決闘が始まった瞬間に全力でカンチョーを狙いに行くだろう。

 数日の付き合いではあるものの、小次郎が正義感の強く優しい良い子であることは分かっている。ただ、カンチョーに関する信念だけは理解しがたい。

 小次郎は相手を幸せにするためにカンチョーを決行するのだ。

 決闘が始まれば、間違いなくシャルロットを幸せにするためにカンチョーするだろう。そしてシャルロットは生き恥をかいて不幸になるのだ。


「お待ちを! お待ちください! 少し小次郎と話をさせてください!」


 言葉では止められないと悟り、ライラは決断する。

 こうなれば、見てもらったほうが早いだろう。

 幸い、修練所には数十人の兵がいる。ライラの同僚である騎士が6名、残りは一般兵だ。

 騎士団長が女性であるからというのが関係あるのかないのか、ライラの所属する騎士団は女性の割合が高い。

 この修練所にいる6名の騎士も、どのような偶然か全員が女性だった。


 ――すまないな、我が同僚たちよ。団長の心を守るため、お前たちには犠牲になってもらう。


 手招きに応じてちょこちょこと寄ってきた小次郎に耳打ちする。


「いいか、小次郎。これから私の同僚の騎士たちに手を上げさせる。

 私が合図したら、手を上げた者たち全員にカンチョーするんだ。できるな?」


「できるよ」


 よし、と頷いて、ライラは修練所にいる同僚たちに語りかけた。


「すまないが、団長以外の騎士団に所属している者は手を上げてくれ」


 シャルロットの決闘宣言以来、何が始まるのかと興味深げに見守っていた兵たちの中から、ライラの同僚たちが訝しみつつ手を上げる。

 小次郎が手を上げた全員を覚えたところで、ライラは声を張り上げた。


「団長、小次郎は実際に女神の加護を受けた勇者です。小次郎は確かに、ある行為によって奇跡を起こします。それを今からご覧に入れましょう。

 我が同僚たちよ、無駄だと思うが構えたほうが良い。皆はこれから死ぬような目にあう」


 社会的にな、と心の中で呟くライラ。

 ライラの言葉の中の真剣さに、周囲の兵たちがざわつきはじめる。


「あら、なんだか面白そうね。兵士たちは場所をあけなさい」


 何が始まるのかと興味津々なシャルロットの一声で、一般兵たちが壁際へと移動し、修練所の中央に空間が出来た。

 6名の女騎士が、剣と盾を構えて小次郎を見据えている。

 対峙する小次郎は、両人差し指を立てて両手を組む、いつものカンチョーの構えをして悠々と佇んでいた。

 先ほどまでの物腰は素人だったが、カンチョーの構えをした小次郎は別人のような気配を発する。歴戦の戦士もかくや、と思うほどの凄みを発するのだ。

 凄味を発する子供が一人と、真剣な表情で対峙する6人の騎士。まるで英雄物語の一節のようだ。


「へぇ……」


 シャルロットが、嬉しげな吐息を漏らした。小次郎の雰囲気が変わり、本当の強者かもしれないと喜んでいるのだろう。

 まぁ、これから見る光景でその喜びがどうなるかはわからないが。


「では……はじめ!」

 

 ライラが合図すると同時に、小次郎の姿が消えた。


「なっ!」


 身体が消えるほどの速度ゆえに神速と称されるシャルロット。そんな彼女のお株を奪うような光景に、シャルロットは驚きの声を上げる。

 次の瞬間、辺りに不可思議な音が響いた。


 ゾムっ!!


「あはぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 肉を突き破るような音と、同時に響く女の悲鳴。


 いつのまにか一人の女騎士の背後に出現した小次郎が、肛門に思いっきり指を突き立てていた。

 女騎士は白目を剥いて前のめりに倒れる。尻を突き上げるような格好で倒れたかと思ったら、ズボンが異音と共に盛り上がり始めた。


 ブリブリブリブリブリ!!!!


 脱糞である。

 ライラのときはズボンとパンツを下ろすわずかな余裕があったが、今回はその余裕すらなかったらしい。

 悪臭と共に同僚の尻が盛り上がって行く様子に、女騎士たちは騒然とする。


「ちょっ! ライラ! これどういう……こほおおおおおおおおっっっっ!!!」


 抗議の声を上げようとした女騎士の背後に、またどこからか小次郎が現れカンチョーする。


 ブリブリブリブリブリ!!!!


「死ぬって社会的に死ぬってこと!? ふざけ……んにゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 ブリブリブリブリブリ!!!!


「待って! こんなのおかし……いひゃぁぁぁぁぁぁっぁっっ!!!」


 ブリブリブリブリブリ!!!!


 次々に脱糞しながら倒れ伏す女騎士たち。瞬く間に、残るは二人である。


 だが、彼女たちも厳しい修練を積んだ騎士であった。ただでやられたりはしない。

 残った二人は即座にお互いの背中をくっつけ合い、尻を守る。これで小次郎に背後を取られたりしない。


「あら、さすがは騎士団ですね。わずかな時間で良い対処です」

 

 ライラの横で楽しげに観戦していたマリリンが、感心したように呟いた。

 たしかに、奇跡によって突然背後に小次郎が出現するといっても、背後に空間そのものがなければ不可能だろう。

 最初の犠牲者が出てから数秒でこの思考に至り、実践した二人の同僚に誇りすら覚える。

 もっとも――


「まぁ、あれはもう実験済みですけれど」


「はぁーっ!」


 嬉しそうに続けたマリリンの声と同時に、小次郎の裂帛の気合が響く。

 女騎士の下から、まるで地面を掘り進んで出てきたかのように、突如として小次郎が出現した。

 そのまま、天にも届けとばかりに思い切り両指を肛門に突き立てる。


 ゾブゥッッッ!!


「おほおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」


 一際大きな音で両指が肛門に突き刺さり、犠牲になった女騎士は獣のような咆哮を上げながら数十センチほど宙に浮いた。

 白目を剥き、顔中から液体を垂れ流し、わずかに笑ったような顔で女騎士は崩れ落ちる。


 ブリブリブリブリブリブリブリブリブリブリ!!!!


 盛大な脱糞音と共に急速に盛り上がっていく女騎士の尻。

 明らかに、他の騎士達よりも被害が大きかった。


 優秀な同僚の末路に、ライラは思わず同情を禁じ得ない。

 王都への数日の旅路の中で、背後に何かある場合にどうなるかという実験はすでに行われていた。

 結果は今見たとおり。小次郎は下から現れ、背後からのものより被害の大きいカンチョーを食らうことになる。

 実はあれはちょっと気持ちいい。そういう意味でも危険な技である。


 背中を預けた仲間が壮絶な最期を遂げたことにより、恐怖が心を支配したののだろうか。

 最後に残った女騎士は、青い顔で涙目になっている。

 と、その目前数メートルの場所に、カンチョーの構えをしたままの小次郎が現れた。


「怯える必要はないよ、お姉さん。僕のカンチョーは、人を幸せにするんだ」


 怯える女騎士に、小次郎は優しい声で語りかける。

 圧倒的な恐怖の後に与えられる温かな優しさ。その優しさは、抗いがたい麻薬のようなものだ。


「ううううううぅぅぅぅ……」


 女騎士が泣きそうな声をあげる。

 優しさに身を委ねてしまえば、剣を捨て自分から尻を差し出せば、小次郎の指は優しく彼女の肛門に突き刺さり、その心を幸せに導くだろう。

 だが――だが!!


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 散っていった仲間達との絆が、女騎士の心を繋ぎとめた。

 しっかりと剣を握り締め、悲鳴のような雄叫びを上げながら突進する。

 女騎士の覚悟を感じ取ったか、小次郎は眩しそうに目を細めて笑った。


 ズムッ!


「あふううううううぅっっっっ!!」

 

 ブリブリブリブリブリ!!!!


 もちろん、仲間の絆が奇跡を起こすようなことはない。というか、奇跡は小次郎が起こしている。

 突進する女騎士の背後に現れた小次郎の、躊躇なきカンチョーにより、彼女は仲間達と同じ末路を辿った。


 勝負は非情である。もちろん、小次郎は別に非情なことをしているつもりはなく、騎士達を幸せにしたつもりなのだが。


 ただ、最後に小次郎に挑んだ騎士は、白目を剥きながらもどこか満足げな笑みを浮かべているようだった。

 彼女が何かに満足したというのなら、そこには確かに幸せがあるのだろう。










「………………………………」


 異臭漂う修練所で、阿鼻叫喚の光景を目にした一般兵たちは揃って言葉を失っていた。

 無理もない、とライラは思う。

 シャルロットに対する荒療治とはいえ、同僚達が次々に脱糞していく姿には、ライラの心にも感じ入るものがあった。


 ――私は村人やらゴブリンやらの前で公開脱糞をしたのだし、皆も恥をかくべきだな。これが私達の固い絆だ!


 ライラの心に感じ入ったもの、それは嬉しさである。

 同僚たちが自分と同じく恥をかいたことが、ライラには嬉しくて仕方ない。

 にやけそうな頬を抑えつつ、当初の目的であるシャルロットの様子をうかがう。

 騎士団が脱糞により固い絆に結ばれるとしても、さすがに王女であるシャルロットに脱糞させるわけにはいかない。

 シャルロットが目の前の光景により、小次郎との決闘を諦めてくれればよいのだが……。


「あれが女神の奇跡! 小次郎クン、あなたすごいわ!! 私、久しぶりに本気になっちゃうかも……!」


 シャルロットの目は爛々と輝いていた。


 ――ああ、だめだなこれは。すまない同僚達よ、社会的に無駄死にさせてしまったようだ。


 ライラはため息をついて首を振った。

 

また字数配分が……。

カレーの話を書くたびにノクタ送りにならないか心配になります。

小次郎君が悪魔みたいになってますが良い子です。

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