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4話目

 ようやくライラが脱糞を終えると、温かい笑顔で彼女を見守っていた村人たちが我先にと駆け寄ってくる。

 村人たちはライラを取り囲み、口々に称賛の言葉を述べた。


「さすがは騎士様です! すごいメンチとウンチでした!」


「まさかうんこの匂いでこんなに爽やかな気分になるなんて!」


「騎士様は素晴らしい大腸をお持ちだ!」


 ライラが騎士としての任について以来、無辜の民から称賛を受けたことは何度もある。

 だが称賛の言葉でこれほどの屈辱を感じたのは、生まれて初めてであった。


「……………………」


 騎士ならば称賛の言葉には笑顔で対応すべきだ。

 けれどライラは無表情で人々の言葉を聞き流していた。

 真面目に聞くと死にたくなるからである。


「ありがたや、ありがたや……」


 信心深い老人たちがうんこを拝みだしたのを見て、ライラは気が遠くなる。


「なんと神々しいうんこじゃ……このうんこは女神様のうんこかも知れぬ……」


「それは私のうんこだ!」


 思わず突っ込んでしまってから、ライラは決意する。

 このうんこだけは絶対に処分しなければ。

 さもないと本当に村の宝にされそうだ。


「ところで、騎士様。

 騎士様はいったいどのような用件で我が村へいらっしゃったのでしょう?」


 うんこを村の宝にしようとしてライラにマジ切れされ、しょんぼりしていた村長が、気を取り直して尋ねてくる。

 当初の目的を思い出し、ライラはようやく真面目な話が出来ると表情を引き締めた。


「大賢者マーリン殿に用がある。

 この村に住んでいると聞いていたのだが」


 女神が封印され、魔法が使えなくなるという緊急事態。この事態に対処できそうな人物として名を挙げられたのが、大賢者マーリンである。

 数多の知識を持つものの、国の中枢に仕えれば本を読む時間が無くなると言って田舎に隠遁した、奇矯な人物だ。

 今回のライラの騎士としての任は、大賢者を王のもとへ連れて来ることであった。

 

「なんと、大賢者様にご用でしたか。

 たしかにマーリン様は我が村の屋敷に滞在しておられました。

 ですが半年前、流行病によりお亡くなりになられまして……」


「亡くなった? なんてことだ。無駄足だったか」


 ライラが天を仰いで嘆くと、村長が首を振る。


「何を仰いますやら。騎士様のおかげで、この村は救われたのですぞ」


「……ああ、そうだったな」


 無駄足どころか生き恥を晒したのだったなと憂鬱になるライラ。

 もちろん、村を助けられたのは騎士として喜ぶべきことだ。

 恥を晒しても民を救えたのならそれでいいじゃないか、と無理やり自分を納得させる。

 もっとも、亡くなっていたなら仕方ないとは言え、騎士としての任務は果たせないのだが。


「それと騎士様。マーリン様にはご息女がいらっしゃいます。

 たしか、大賢者の知識のすべてを教えた、と以前マーリン様がおっしゃっておられましたが」


 村長が続けた言葉に、ライラはどうやら任務も果たせそうだと安堵した。

 








「どうしてその人はこんな森の中に住んでるの?」


 一頭の馬に二人乗りしながら、小次郎はライラの背中に問う。

 村から馬を借り、小次郎たちは森の中を進んでいた。

 ライラが村長から聞いた話では、大賢者の娘は森の奥深くにある、泉のほとりに住んでいるらしい。


「大賢者は森の泉が好きだったらしく、自分の墓を泉のほとりに立てるよう言い残したそうだ。

 娘がそこに住んでいるのは、おそらく墓を守っているのだろう」


「ふーん?」


 ライラの答えに、小次郎は胡乱な返事を返す。

 現代の日本に生まれ、未だ10歳の小次郎には、墓を守るということがどうにもよく理解できない。

 ただ、村から離れた泉のほとりで、たった一人で墓と共に生きるという生き方は、なんだかとても寂しそうに思えた。

 

「見えた。あの泉が目的の泉だろう」


「わぁ!」


 ライラの指差す先に、水を湛える大きな泉が見える。

 森の中に湧く泉という、ある種幻想的な光景に、小次郎は歓声を上げた。

 泉は思った以上に大きく、対岸の木が小指の先ほど小さく見える。


「さて、あの泉のほとりに、墓と家は建っているそうだが……」


 そう言いながら、ライラは泉に向かって馬を進めてゆく。

 小次郎がきょろきょろしていると、視界の端で何かが動くのが見えた。


「ライラお姉ちゃん、あそこに誰かいるよ!」


 動くものの正体はどうやら人のようで、泉に浸かって何かやっている。

 小次郎の指差す先にライラが視線を向け、焦った声を出した。


「む? あれは……まさか、溺れているのか?

 小次郎、しっかり捕まっていろ!」


 二人のいる場所から少し遠い水の中で、その人物は暴れるような動きをしていた。

 もしも溺れているのなら、急いで助けなければ命にかかわるかもしれない。

 ライラの焦った声に、小次郎は己のやるべき事を理解した。


「ライラお姉ちゃん、手綱は僕が握ってるから、鎧をはずして!」


 ライラの腰から手を離し、手綱を握る小次郎。

 小次郎の言葉に、ライラは胸当てと両腕の小手をはずし、その場に投げ捨てる。

 腰に差した剣も投げ捨て、両足の脛あてを外そうと片足ずつ鐙から足を上げる。

 ライラが両足を鐙から外し、脛あてを取ったところで、小次郎は動いた。


 手綱から両手を離し、とん、とライラの背中を突く。


「小次郎!?」


 バランスを崩し、馬の上で前のめりになるライラ。

 いままでは馬の背中にほとんど接地していたライラの尻は、前のめりになったことでその大部分を無防備に晒す。

 

 すなわち、カンチョーすることが可能になる!



 ぞむっ!!



 不可思議な擬音と共に、小次郎の両指がライラの肛門にめり込んだ。


「くふぉおおおっ!!」

 

 ライラが悲鳴を上げる。

 だが、その悲鳴は過去二度のカンチョーに比べれば、どこか小さい。

 なぜなら、今回のカンチョーは脱糞させるためのものではないからだ。



 ブーーーーーーーーーーッ!!!



 大音響と共に熱い風が肛門から吹き出し、ライラは馬の背中から発射された。


 女騎士ライラ、ついにおならで空を飛ぶ。



 

 

 





 飛んでいた時間は10秒となかっただろう。

 馬で駆けていれば数分はかかったであろう距離を飛び、ライラは溺れている者のそばに着水した。

 自分の肛門から、体が浮くほどのおならが吹き出るという奇跡を体験したライラ。

 しかし、その心は奇妙なまでに冷静だった。


「うんこに比べればましだな」


 水面に顔を出してライラはつぶやく。

 人前での脱糞に比べれば、子供の前での放屁など乙女として恥ですらないのではないか。

 羞恥心が順調に削れていることに、ライラは気づいていなかった。


「あっぷ! あっぷ! あっぷ!」


「もう大丈夫だ、私に捕まれ」


 水面でもがいている女性を回収し、岸に向かって泳ぐ。

 幸い水は澄んでいて藻が絡み付いてくるようなことはなく、溺れている者を抱えても、泳ぐのに不自由はしなかった。


「ライラお姉ちゃーん!」


 岸辺で大きく小次郎が手を振っている。

 剣と鎧を拾ってきてくれたのか、その足元には投げ捨てた胸当てなどが並べてあった。


 溺れていた女性はすぐに冷静さを取り戻したらしく、暴れることなくライラに捕まっている。

 おかげで特に問題なく、ライラは岸辺にたどり着くことが出来た。


「どこのどなたか存じませんが、危ないところをありがとうございました」


 水色の髪を持つ、十代後半くらいの女は、泉から上がって深々と頭を下げた。

 胸部と下半身だけにわずかな布を纏っていることから、どうやら泉で泳いでいたらしい。

 藻が絡むような泉ではなかったし、足でも吊ったのだろうか。


「お姉さんが、大賢者さんの娘さん?」


 寄ってきた小次郎の問いに、女はわずかに微笑んで頷く。


「ええ、私が大賢者マーリンの娘、マリリンです。

 坊や、なんだかぼろぼろだけれど、大丈夫?」


 マリリンの言葉通り、小次郎の姿はぼろぼろであった。

 纏っていた服は弾けたかのように至る所に大きな穴が開き、地肌が見えている。

 体のあちこちに擦り傷を作っており、血がにじんでいる箇所もあった。

 幸いにも、骨折のような大きな怪我はしていないようだったが、それでも痛々しい姿である。


「まさか、落馬したのか?」

 

 ライラの問いに、小次郎は首を振る。


「吹き飛ばされちゃった」


「ああ……それは、がんばったな」


 どうやら、小次郎はライラのおならで馬の背から吹き飛ばされていたらしい。

 確かに、ライラ一人を空に飛ばすほどのおならだ。発射口のすぐ後ろにいた小次郎への反動もすさまじいものだったろう。

 謝るべきかと迷ったが、別にライラが悪いことをしたというわけでもない。少し考えて、労うことにした。


 考えてみれば、小次郎の行いは溺れている者を助けるため、己が傷つくこともかまわずになしたものである。

 かなり勇者っぽい行動だ。やはり小次郎は予言の勇者なのだろうか。


 羞恥心が薄れた結果、おならで空を飛んだことにあまり恥を感じていないライラは、小次郎が勇者っぽいことに嬉しさを感じていた。


「あの、ところで。なんだか、臭くないですか?」


 辺りを漂うライラのおならの匂いに、マリリンが胡乱気に周囲を見回す。


「ライラお姉ちゃんがおならしたんだよ!」


「ああ。臭くてすまない」


 ニコニコしながら答える小次郎と、事実であるため真面目な顔で頷くライラ。


「そ、そうですか。なんだかすみません」


 マリリンが気の毒なものを見るような目を向けてくる。





 早急に羞恥心を取り戻す必要があることに、ライラはまだ気づいていなかった。

 


文字数が前回の半分くらいですみません。次回はがんばります。

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