プロローグ
小高い丘の上で、一人の少年が風に吹かれていた。
少年の視線は、目の前にそびえる大木に注がれている。正確にいうなら、大木に空いた洞に、だ。
少年の名は猫楽小次郎。小学四年生の活発な子供である。
見た目はいわゆるジャ○ーズ系で、とても可愛らしい少年だ。成績は普通だが、運動神経はよく、性格も優しい。
これだけを見れば、彼は可愛らしい良い子である。
しかし、小次郎には他の子供とは一線を画する特徴があった。
小次郎はカンチョーを極めているのだ!
何を言っているのかわからないと思うので、詳しく説明しよう。
小次郎がカンチョーの魅力にとりつかれたのは、わずか3歳のころであった。
カンチョーとは、人差し指を立てた両手を組み合わせ、他人の肛門に突き刺すあの技である。
初めての保育園で、小次郎は他の幼児からカンチョーを喰らった。そのとき肛門から脳天に走った熱い衝撃を、小次郎は今でも忘れることが出来ない。
尻の穴がカッと一瞬で燃えるように熱くなる中、かすかに感じられた、どこかくすぐったいような感覚。
そう。弱冠3歳で、小次郎はケツに走る衝撃の中にある、確かな快感に気づいたのだ!
カンチョーは人を幸せにする。3歳の小次郎がたどり着いた、この世の真理である。
そこからの小次郎の行動は素早かった。
近所の武道の道場に入門し、どんな硬い肛門にもカンチョーを決められるように指先の鍛錬に励み、どんな相手にもカンチョーを決められるように気配遮断を習得する。
また、近所に住む胡散臭い自称気孔師に弟子入りし、カンチョーに気孔の技術を応用した。
時には涙を流し、時には血を流しながら、それでも小次郎はカンチョーを極めるため苦しい修行に明け暮れたのだ。
そして、7年。10歳になった小次郎は、己がカンチョーを極めたことに気づく。
今の小次郎は、相手がどんな服を着ていても肛門の位置が正確にわかる。
また、たとえ相手が尻にダイヤモンドを仕込んでいたとしても、気孔の技術を応用してカンチョーの衝撃を肛門に伝えることが出来る。
もはや、小次郎にカンチョーできぬ相手はいないのだ。
物語を戻そう。
カンチョーを極めた小次郎は、真剣な目で大木の洞を見つめていた。
大木にたった一つ空いた洞。常人には、ただの木の穴にしか見えないだろう。
しかし、小次郎の目には、その洞が別のものに見える。
「女神様……」
かすかな呟きが、小次郎の口から漏れた。
小次郎の近所に住む老人が、丘の上の大木には女神が宿っていると、そんな話を聞かせてくれたことがある。
今どき子供だって信じないような伝説だが、小次郎はその伝説が大好きだった。
「女神様に、カンチョーする……!」
小次郎には、木の洞が肛門に見えるのだ。
あれは女神の肛門だ。ならば、その肛門に指を突き刺すのが己の仕事だ。
小次郎は今日、女神にカンチョーするために丘へ来たのである。
「女神様、僕、頑張ります!」
大木から10メートルほど離れた位置で、小次郎は一礼し、そして駆け出した。
10メートル。それは人がトップスピードに乗るために必要な助走距離。
小次郎は、己がなしうる最高のカンチョーするつもりだった。
全力で助走をつけ、己の体重とありったけの気孔を使った最高のカンチョー。
もしも人間相手にやれば、幸福になりすぎてそのまま心が帰ってこないかもしれない一撃である。
だが、女神を相手にカンチョーするならば、己の全てをぶつけたかったのだ。
「うおおおおおおおおっ!!!!」
雄叫びを上げる。
風と化した小次郎の、鍛えぬいた指先が、練り上げられた気孔を伴って大木の洞を貫いたそのとき!!
「アオオオオオオーーーーーーーーーっ!?!?!?」
美しい声だが、とんでもなく素っ頓狂な女の悲鳴が響くと同時、大木がまばゆい光に包まれる。
思わず目をつぶった小次郎が数秒後に目を開けると、そこには驚く光景が広がっていた。
小次郎の目の前から大木が消え、代わりに美しい女性が宙に浮かんでいたのである。
女性は両手で尻を押さえ、微妙に笑ったような顔で白目をむいていた。
「女神様……?」
小次郎の問いかけに答えるように、女の尻がびくんと震えて。
ブゥゥーーーーーッ!!
爆音と共に、熱い風が小次郎を包み込んだ。
「くっ、くっさぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」
悲鳴を上げる小次郎の身体が、まばゆい光に包まれる。
小次郎の悲鳴がとぎれたとき、その場に彼の姿はなかった。
残るのはただ、白目をむいて気絶する女がただ一人――――。
肛門という言葉がゲシュタルト崩壊しそうです。