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異世界英雄式のつまらない解き方  作者: 四四 カナノ
第一件 異世界からの訪問者
6/71

6 記憶+事故

 夜の空に星が瞬き始めてから、長い時間が経っていた。

 リビングにいるのは、私とセリアの二人だけ。

 裕也はあれから、セリアを手伝うことが決まってから、二言、三言セリアと言葉を交わしてすぐに帰った。早速、調べ始めるみたいだ。浩一はしばらくいたけれど、先ほど家を出た。

「聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 セリアがそう言ったのは、そんな時だった。

「いいですよ」

 質問されるのにはもう慣れた。こちらからもいろいろ聞いたし、答えるぐらいはいくらでもやる。

「浩一の記憶喪失の原因は、何になっているの?」

 セリアの声は、少し真剣さを帯びている。

「事故のことと関係あるんだろうから、しつこく聞くつもりはないけど」

 それで、このタイミングだったわけだ。質問自体は、もう少し早くされていてもおかしくなかった。ただ、浩一に遠慮していたのだろう。事故の被害者にとっては、良い話ではないと判断したわけだ。

「……そうですね。確かに事故と関係はあるんだと思います」

 あの時の光景を、状況を、感覚を思い出す。

「病院からは、事故のショックで思い出せないんだろうと言われてます。体に異常はないそうですし、今までだって普通に暮らせてますから」

 六年経った今でもはっきりと思い出せる。

 あの時の音と光。

 その後かいだ周囲に漂うにおい。

 突然降り出した雨。

 そして大人たちの騒がしい声。

 何もできずにただ立ち尽くしている自分。

 倒れている人の姿。

 止まっている時間と動いている世界。

 どちらが正しいのかわからなくて、何もできなくて、ただじっと雨に打たれ続けていた無力な自分。

「ちょっと、大丈夫?」

「えっ……」

 その声に気づいて顔を上げると、セリアが心配そうに顔を近づけている。

 私は、押し黙ったまま、強く手を握り締めていた。手を開こうとしたけれど、固まってしまって思い通りにいかない。少し呼吸を落ち着けて、全身の力を抜く。すると、自然と手の平が開いた。背中に嫌な汗が流れていた。

「……大丈夫です。事故のことを思い出しただけですので」

「そう。聞く人、間違えたかな」

「間違ってはいませんよ。私が事故の最初の発見者ですから」

 私は、できる限り平静を装って答えた。

「はい、はい、そんなことはどうでもいいから。次にいくわよ」

 しかし、セリアは、そんな私の密かな努力を関係ないとばかりに話を打ち切った。

「どうでもいいって……」

 自分から聞いてきたことなのに。

「それで、浩一の記憶は全く戻っていないの?」

「そうみたいです。ただ、記憶を失う前に覚えていたことを、また覚えるのは簡単みたいですけど」

 それに関しては、勉強が良い例だ。以前学んだことは、簡単に身につけていた。

「ふ〜ん」

「それが、どうかしましたか?」

「たぶんだけどね、記憶を失った原因は私の世界にあると思うよ」

 セリアは、腕を組んで軽く言い放った。

「どうして?」

「私が会った時には記憶があったもの。だから、記憶を失うとしたら、この世界に帰った時でしょ」

「それならば、確かにそうですね。それじゃ、帰ってくる時に何かあったということですか?」

「それについては、何もわからない。だって、浩一がどうやって帰ったのか誰も知らないからね」

 セリアの言葉に一瞬、理解が及ばなかった。

「えっと、魔法で帰ってきたんじゃないんですか?」

「その頃はね、異世界に渡る魔法はまだなかったの。できたのは最近。浩一が世界からいなくなったのは、最後の戦いの決着がついた後で、誰にも何も言わずにいなくなったの」

 突然の失踪ということみたいだ。

「最初の頃は、死んだんじゃないかって言われていたのよ。そう言われるのも無理がないくらいの結果だったからね。だけど、パートナーに反応があるから生きているとわかって、自分の世界に帰ったと推測された」

「最後の戦いってそんなに酷いものだったんですか?」

 生死が確認できないほどの結果。どういう意味かわからないけど、良い意味だとは思えない。

「はっきり言うとね、これもわかんないのよ。浩一の消えた理由と同じく」

「わからないって……」

 さっきからわからないばかりが続いている。

「あの戦いで戦ったのは、浩一、ただ一人だったから」

「どういうことですか?」

 一人で戦わせるなんて、いくらなんでも酷い。どんな力を持っていたとしても、あの時の浩一はただの子供だったはずだ。

「別に一人で戦わせたわけじゃないよ。そんなことさせるつもりなんてなかったよ」

 私の声に怒気が乗っていたのを感じてか、セリアはすまなそうな表情で弁解した。

「十年大戦、最後の戦いはね、一般的には消滅戦って伝えられている」

「消滅?」

「大陸が一つ、消えたから」

「消えたって……」

 大陸が?

「正確には大陸に大きなクレーターが出来上がったんだけど、そのクレーターが大陸のほとんどを占めているから、結果的に大陸の上には何もなくなった。すべて消え去った」

 加護の力を本気で使えば、地形を変えられると説明していた。想像できないけど、冗談でもなさそうだ。

「その消滅戦の前にはね、すでに和解が結ばれていたの」

「和解って、それじゃあ、もう戦う理由はないじゃないですか?」

「精霊と人の間ではね。けれど、それ以外に戦いを望んでいた者がいたの」

 十年大戦は、精霊同士の争い。そこに人が加わった。それ以外と言うと、誰のことだろう?

「それは、闇の意志。闇の意志は、戦うことだけを望んでいた」

「それじゃ、光の意志は?」

「光の意志にそこまでの考えはなかった。ただ、戦いを望む闇の意志を阻もうとしていただけ。だから、浩一の中ではかなりのデッドヒートを繰り返していたみたい」

「浩一の中でというのはどういう意味ですか?」

「光の意志と闇の意志に選ばれるとそれぞれとの接点もできるみたい。それで、両方からいろいろ注文を言われたり、押さえつけられたりしたみたいなの。そんなそぶりは全く見せてなかったんだけどね」

 両方に選ばれた浩一は、言わば板ばさみの状態だったみたいだ。

 そんな状態になっていても昔の浩一が元気にしていたことは簡単に想像できる。何でも前向きに考える子供だった。今の浩一も気にせずに静かにしているだろうけど。

「結局浩一は、二つの意志をはねのける形で開放されたんだけど、宿主を失った二つの意志はそれぞれ勝手に戦いを始めてしまった。闇の意志は分裂して戦渦を広げようとして、光の意志はそれを阻もうとして力を放出した。その影響から世界各地で災害が起こったの」

 戦禍が広がりながら、災害も起こる。それは、長い間の戦争で混乱した世界をさらに疲弊させて追い込んでいく。

「光の意志のほうは説得して何とか収まったんだけど、闇の意志のほうはどうにもならなかった。そこで精霊と人、すべての者が集まって闇の意志を倒そうということになったの。それが、最後の戦い、のはずだったんだけど……」

「だったんだけど?」

「浩一が、一人で戦いに行っちゃたの。急いで追いかけたんだけど間に合わなくて、着いた時には大陸に大きなクレーターが出来上がっていて、全部消えちゃっていた。だから、どうなったのか誰も知らない」

 セリアは、頬を膨らませて、両ひざを抱え込んだ。

「あの時だけは、本当にいうこと聞かなかったのよね。今までいろいろ教えてやったのに。思い出したらなんか腹たってきっちゃたよ!」

「ふふっ」

 その様子は怒っていることは伝わるけど、微笑ましかった。思わず吹き出してしまう。

「なにかな?」

 私の笑いを聞きつけたセリアは、勢いよく首を回して、細めた目で私をにらんだ。

「いえ」

 それが怖くって、一瞬で笑顔を隠すことにした。

「きっと浩一は、面白くなかったんだと思います。それまでの過程も、予想される結果も。そうなったらもう何があろうと止まりませんから。それが例え一人で戦うことであっても変わりません」

 浩一の行動基準は、面白いか、面白くないかの二点が中心だった。だから面白くなかったら面白くするためになんでもする。今は違うけど、昔はそんな子供だった。

「あっ、ごめん。一人じゃなかった」

 突然セリアが声を上げた。

「パートナーが一緒だった。私の世界だと普通セットで考えるから、言い忘れていた」

「消滅戦のことですか?」

「そう。クレーターの中心にね、機能の停止したパートナーがいたのよ」

「でも、浩一はこっちの世界の人間ですよ。パートナーの精霊がいたんですか?」

「うん。普通に生まれた精霊じゃなくてね、人工的に作られた精霊がいたの。世間一般的に言えば、変人に分類される人が作ったんだけどね。今のところその一体しか成功例がないから、すごく珍しいの」

「その精霊は、今はどうしてるんですか?」

「今も機能停止しているはずだよ」

 それでは、未だに消滅戦のことはわからないということになる。

「そうですか」

 聞いていることはとんでもないことなのに、現実感がないからか、セリアの雰囲気によってか、とても穏やかな気持ちだ。

「浩一は、……」

 ふと、呟いてから思う。今日は、尋ねてばかりだな。でも、聞きたいのだからしょうがない。

「浩一は、楽しそうでしたか?」

「そうだね。楽しんでいたと思うよ。いろいろやりたいほうだいしていた感じだし、本気で笑ったり、本気で怒ったり、本気で困っていたこともあったかな」

「それはきっと、面白かったんだと思いますよ」

「そうなの?」

「面白くなかったら、ずっと不機嫌な顔をしてると思います」

「ふむ。それもそうか」

「はい」

 わかりづらいけど、今の浩一にもそういう傾向がある。昔と今で違うところが多いけれど、こういう小さいところが同じだったりする。

 気づくとセリアが、私の顔を凝視している。

「何ですか?」

「よくわかっているんだなあと思って。さすがは、恋人?」

 その瞬間、自分の顔が熱を持ったのを自覚した。

「な、なに言い出すんですか、別にそういうのじゃないです!」

 思わず大きな声を出していた。

 セリアの表情が、ニヤリと変化した。表情といっしょに雰囲気も変わった。

「でも、手料理を振舞っていたよね?」

「そ、それは、セリアも食べたじゃないですか!」

 今日の夕飯のことである。

「でも、かなりの頻度で食べているって聞いたよ?」

「それほどじゃないです!」

「じゃあ、お風呂を借りていったのは?」

 確かに、浩一は家を出る前にお風呂に入っていった。

「そ、それは、いろいろと世話をしてるから!」

「意外と世話焼きなのねぇ」

「そういう意味じゃありません!」

 セリアの表情が、ニヤリからニンマリと変化した。

「そういう意味って、どういう意味なのかな?」

「どういうって、つまり、その、こ、恋人とかじゃなくて……」

「うん、うん。わかった、わかった」

「わかってないでしょう!」

 私は、セリアの様子に確信を持って叫んでいた。

「とりあえずお風呂に入るから、そのお風呂のことを教えて。この世界のお風呂って興味あるのよね」

「……はい」

 セリアは、笑顔のまま軽い足取りで部屋を出て行く。

 これは、かなり、はっきりと、説明する必要がありそうだった。お風呂のことだけでなく。そう、いろいろと。


 ◇


 住宅街の一角、「加賀」という表札のかかった家の前の道を四歩ほど歩くと、「武野」という表札のかかった家がある。今は、浩一が一人で住んでいる家だ。私は、二階にある自分の部屋の窓からそれを見る。

 明かりの灯っていない家は、住人がすでに眠りについていることを示している。もっとも、浩一が自宅の明かりをつけていることはほとんどない。ただ寝て、起きる場所。そんな位置づけが最も近い。週に一度、家の中を掃除するためにお邪魔しているけど、ごく限られたスペースしか使われていないみたいだ。六年間、ずっと変わらずに冷たく、無機質な空間であり続けている。

 空を見上げると、そこには輝く月と瞬く星があり、紫色をした裂空間が浮かんでいる。雲のない空だった。

 いつもと変わらない、とても平穏な光景。

 浩一は、退院してからあの家にずっと一人で住んでいる。浩一の両親は、六年前の事故でなくなった。

 その日は曇り空で、今にも雨が降ってきそうな空だった。それでも学校や仕事は、いつも通りにある。

 いつもどおりの時間に玄関を出た私は、すぐにすごく眩しい光と轟音の中に叩き出された。後に残された状況からは、雷が落ちたということだった。

 その時、私は自分がどういう行動をとったのか、はっきりと覚えていない。覚えているのは、嫌なにおいと倒れている人の姿を見たこと。

 道路に倒れていたのは浩一だった。それから門の近くに浩一の両親が倒れていた。

 その後すぐに周りから大人たちが集まってきたけど、私はその場に立ち尽くしていた。気づいた時には雨に濡れてずぶ濡れになっていた。

 すぐに誰かが呼んだ救急車が来て、三人を病院へ運んで行ったけれど、浩一の両親は助からなかった。一命を取り留めた浩一も、意識不明で一年近く眠っていた。

 その間、浩一の世話をしていたのは私の両親だった。詳しいことは知らないけれど、浩一の両親は親戚との仲が良くなかったらしい。事故が起こってからも浩一が目を覚ましてからもほとんど面会に訪れてはいなかったと思う。そこで、家族ぐるみで付き合いがあった私のところで世話を引き受けることになった。私の母親と浩一の母親は、かなり仲が良かったのだ。

 目を覚ました浩一が、記憶を失くしたと聞いた時はかなりショックだった。自分の名前も歳も住んでいる場所も、何も覚えていなかった。ただ大人しく、病院のベッドの上に座っていただけだった。

 窓から離れて、ベッドの上に寝転がる。

 昔のことを思い出すのは久しぶりだった。きっと、浩一の記憶のことを話したせいだろう。最近は、そのことを誰かに話すことも、触れることも全くなかった。

 目を覚ました浩一のお見舞いに私が訪れたのは、浩一の検査が一通り済んでからだった。

 お母さんの後に続いて病室に入った私は、少し緊張していた。久しぶりに会うこともあるし、病院の独特な雰囲気にのまれていたこともある。何より浩一に記憶がないことがあったから、浩一に会うことにとても不安を感じていた。ベッドから少し離れていた私は、お母さんに浩一の側まで押し出されても緊張したままで何も言葉に出来なかった。

 先に口を開いたのは、浩一のほうだった。「光ちゃん、でいいんだよね?」とただそれだけの言葉。それだけだったけれど、その言葉を、浩一の声を聞いた私は、張り詰めていた糸が切れてしまったのか、泣き出してしまった。今まで溜め込んでしまったものを全部押し出すように涙が溢れてしまって、しばらく泣き止むことができなかった。

 泣いた後は、緊張もどこかに消えてしまっていつもどおりに出来た。いきなり泣き出した私のことを浩一は心配していたけれど、笑うこともできたからすぐに安心してくれた。

 その後は、裕也やクラスメイトがお見舞いに訪れたけれど、ただバカ騒ぎをして帰って行った。とてもお見舞いとは言えないような状況だったけれど、浩一は落ち着いていて、時折笑顔を見せていたからそれで良かったんだと思う。

 それから裕也はちょくちょく病院に来ては、浩一を病室から引っ張り出して遊んでいた。そのせいで看護士の人によく怒られていた。私も二人を探すために走り回ったことがある。そうして浩一の入院生活は過ぎていった。

 退院後は、記憶が戻るためのきっかけになるかもしれないと、今まで住んでいた家に再び住むことになった。普通ならば、親戚の家に引き取られると思うけれど、浩一はそうはならなかった。どういう話があったのか詳しいことはわからないけれど、結局は私の両親が面倒を見る形に納まっていた。

 そんな生活が、もう六年も続いている。

 ずいぶん前から私の両親は、浩一に一緒に住むことを提案している。浩一の記憶が戻る気配がないため、今の生活を続ける理由はないと考えているみたいだ。

 浩一は、その提案を断り続けている。

 もし、浩一がその提案を受けたら、浩一と一つ屋根の下で過ごすことになってしまう。年頃の男女を一緒に住まわせるなんて、両親は何を考えているのかわからない。相手は浩一だから何かなんてないかもしれないけれど、一応浩一も年頃の男の子で、何かあるかもしれないのに。何もなかったらそれはそれでさびしいような、いや、でも何もないほうがいいような。

 って、私は何を考えているんだ。

 きっと、セリアのせいだろう。セリアと変な話をしたせいだ。

 明日のことを考えて、眠ることにする。明日は、文化祭。気の進まないところはあるけれど、きっと楽しくなるだろう。良い形で楽しめればいいと思う。

 いつもより少しだけ眠りにつくのが遅い夜になった。


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