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異世界英雄式のつまらない解き方  作者: 四四 カナノ
第一件 異世界からの訪問者
4/71

4 訪問者+精霊

 五月の認定試験という長々とした、多くの人を巻き込んだ出来事を経て、僕は肉体労働専門という印象を植え付けられたのだった。おかげで高校入学前より体力がついたと思う。

 階段を上りながら腕にかかる負荷と指にかかる圧力は、先ほどから変わらずにある。気分的には増している。さっさと終わらせようと足を動かす。

 そんな気分とは関係なく、校舎内は外壁と同じように華やかに飾られている。階段の壁も無秩序にビラが貼り出され、さまざまな宣伝文句をうたっている。こんなことが許されるのも文化祭期間中だけだ。

 クラスの出し物は、東校舎の三階で行われる。しかし、控え室は校舎の最上階、四階にあった。僕のクラスは文化祭のために二部屋を確保することができた。一つは店として、もう一つは控え室として使うことになっている。

 両手に荷物をぶら下げた状況で最上階まで足を運ぶのは結構つらい。階段に近い場所にあるから、位置的にはまだ楽かもしれないが。

 まずは、荷物を減らそうと思い、三階の廊下に上がった。

「おっつかれ〜」

 教室に入るとすぐに裕也の声が聞こえた。どこにいるのかと視線を動かすと、扉のすぐ近くのまだセッティングの完了していない机にうつぶせになっていた。まるで死人のようだ。

「おっ、武野、来たか」

 そう言って近づいてきたのは、追加の買出しを頼んできた小林。クラスの中でリーダーシップを発揮することの多い生徒だ。同時に厄介事を頼まれることも多い生徒だ。

「これ」

 手荷物のうち、片方を差し出して渡した。

「ごくろうさん」

 それを受け取った小林は早速、皆に配り始めた。

 その様子を目の端に置きながら教室の中を見回した。見たところ、準備はほとんど終わっている。教室の状態は、資料で示された物と近い状態になっている。壁はレースのカーテンなどで飾られ、机には白いテーブルクロスが敷かれていた(裕也のいる席を除く)。ただそれだけなのに見慣れた教室を別の空間として認識している。とても新鮮だった。

 体が片側からの負荷を訴えている。まだ荷物をすべて下ろしたわけではない。

 いつもと違う教室から抜け出し、階段を上る。それだけなのに体が鈍い。一歩一歩を踏みしめる。それでも階段の距離を長く感じることはなく、すぐに四階にたどり着いた。

 四階は、三階までと雰囲気が一変する。

 三階までは文化祭開催中、一般に公開されるが、四階は立ち入り禁止だ。基本的に控え室が集められている。だから、廊下は準備のためのスペースとして下の階以上に雑然としていた。それぞれの教室の前に積み上げられた準備品があったり、マジックのインクが写っている模造紙が広げられていたりしている。だいぶ準備も進んだからか、作業している人は見当たらない。

 階段を上がってすぐの教室。そこが目的地だが、その扉の前でふと立ち止まった。なんとなく、体を伸ばしたい気分だった。

 そして、見上げた。

 見上げた先に、見つけた。

 廊下の天井付近に裂空間の広がりを。

「……」

 即座に自分の考えを否定する。空の彼方、遥か遠くに存在するはずのものが目の前にあるなんてありえない。

 では、頭上にあるのは何なのか?

 その色や様子は、裂空間とよく似ている。ただ、裂け目という表現は合わない。その空間の形は円と言った方がいい。ゆがみのない形で広がっている。その空間の周囲を見渡すが、糸のようなもので吊り上げている様子はない。

 いや、落ち着いて考えている場合でないような気がする。でも、落ち着いていないと冷静な対応はできないか。だからと言ってどう対応するべきか考えられるかというと、そうでもない気がする。

 見上げた姿勢のままで思考に没頭しているところ、円の空間に変化があった。円の中心から何かが出てきた。伸びるように出てくる。いや、これは、出てくると言うよりも落ちてきているのか。

 落ちてきていることを理解した時にはすでに遅く、それは僕を廊下に押し倒して着地した。

 買ってきた飲み物やらが廊下に盛大な音を立てて散らばった。僕の腹の上には落ちてきた何かが乗っかっている重さが感じられる。

 首だけを起こして落ちてきた物を確認した。

「……」

 訂正する。落ちてきたのは「物」ではなく「者」だった。

 小柄な体格の少女が、僕の上に座っている。長い髪と整った表情から凛々しくも見える。

 きょろきょろと首を振って、飴色の髪を揺らしている。辺りを一通り眺めてから正面に視点を置いた。

「あれ?」

 少女が疑問の声と表情を作り、僕に顔を近づけた。

 その時、近くの教室の扉が開いた。

 開いた扉に目を向けると、そこにいたのはメイド服を身につけた光が立っていた。

「……」

 何というか、その姿は似合っていた。いきなりの登場で驚いていたが、黒を基調に白で飾られたメイド服は、清楚な雰囲気の中にかわいらしさが演出されていた。はっきりと、かわいいと思う。

 その不審な視線がなければ。

「……えっと」

 光が何を見ているのかは一目瞭然だった。僕とその上に座っている少女だ。

 その視線が何を語っているのか理解したが、それと同時に僕は固まってしまっていた。今の状況を客観的に理解してしまい、思考や感覚が勝手に対応を始めた。

 自分の状況は女の子を乗っからせていると言え、その柔らかな感触が確かに感じられている。それを意識してしまうと、浴びせられる視線の冷たさが、より一層厳しく感じられてしまう。天に上りながら地に落ちるという異様な状況を、境界線の上で体感しているようだった。

 光が教室から廊下へ足を出した時も、僕は動くことができなかった。

「浩一は、何を、やってるの!」

 光の渾身の平手打ちが、僕の額を叩きつけ、廊下に後頭部を打ちつけた。その二度の衝撃により、一瞬前まで感じていた感覚は見事に吹き飛ばされた。


 ◇


 あっという間の出来事だった。

 客観的にはそれなりの時間が経っていたかもしれないが、痛みの引かない頭では正確な時間は判断できなかった。

 廊下で少女に「話がある」と廊下の惨状をそのままに引っ張られて、人気のない場所を探してさまよった結果、現在は校舎裏にいる。

 引っ張られながら歩いている間、少女の様子を見ていると不慣れな印象があった。校舎の中を歩くのにいちいち曲がり角で立ち止まってきょろきょろと周りを見渡していた。今は文化祭でいつもと様子が変わっているからかもしれないが、急いでいるにしては立ち止まることが多かった。仕方がないので外に出てからは僕が校舎裏まで案内した。

 校舎裏で近くに誰もいないのを確認してから、口を開く。

「話というのは?」

 改めて少女の姿を見る。少女は、防寒具のような白い外套で身を包んでいる。袖はついていないからコートというよりはマントといったほうがいいだろう。後ろに大きなフード付きだ。全身を覆っているが、暑そうには見えない。見慣れぬ服装は、異国の人という印象がある。校内は祭りの雰囲気になっているから違和感もないが、外を歩くには目立つ恰好だ。

 少女は、僕の顔を見上げながら言った。

「君の名前を確認したいんだけど、武野浩一で合ってる?」

 僕は何も言わずに頷いた。校内だけならば有名だから名前が知られていても不思議はない。

「良かった。間違いじゃなかった」

 少女は胸をなで下ろして安堵すると、すぐに真剣な表情になった。

「早速で悪いんだけど、協力して欲しいことがあるの」

 とりあえず口を挟まずに先を促した。聞かないことには始まらない。

「ここには仕事できたんだけど、対象がうまく隠れちゃってて見つけるのに手間取りそうだから、場所の特定だけでも手伝ってくれない?」

 それで少女の話の内容はすべてらしい。

「……それは、人探しですか?」

 疑問に思うところはいろいろあるが、とりあえずは内容の確認からすることにした。「仕事」をしているそうなので社会人なのだろう。一応敬語を使う。話を信じるならばだが。

「いやいや、探しているのは人じゃないから。私が探しているのは、精霊」

「……」

 理解に苦しむ内容になってきた。

 突然現れて、名前を聞かれ、協力を頼まれ、その内容が精霊探しらしい。分からないことが多いが、分かることもある。

「残念ですが、お力になれそうにありません。ほかを当たってください」

「そんな面白くない冗談は却下!」

 丁重にお断りしたはずなのに、冗談として一蹴されてしまった。

「無理です」

「いやいや、浩一なら簡単でしょ」

「……」

 何か、話がかみ合っていない気がする。この少女との間で齟齬があるらしい。

 そのことに少女も思い当たったようだ。首を傾けている。

「さっきから他人行儀でよそよそしいけど何で?」

 少女からすると僕は初対面ではないらしい。少なくとも、現在の対応は他人行儀ということだ。

 しかし、僕は少女のことを覚えていない。記憶にない。

「……僕のことを知ってるんですか?」

「知ってるよ。よーく知ってる」

「最後に会ったのは、何年前ですか?」

「だいたい五、六年ぐらい前になるかな」

 五、六年前となるとぎりぎりの時間だが、可能性としては十分ありうる。これは、久しぶりに例の単語を口にすることになりそうだ。

「ちょっと言い辛い話なんですが、実はですね、全く覚えてません」

「ちょっと、覚えてないってそれは薄情じゃない。浩一はそんな子じゃなかったよ」

 少女は、眉を寄せて抗議する。

 その気持ちは分かるが、こちらにも事情があった。

「それには理由がありまして、僕は六年ぐらい前に入院してたんです」

「入院?」

「事故が原因で。それでその後遺症がありまして…」

 そこで一息ついた。新鮮な空気を吸いなおす。何度も口にしたことだが、いまだに慣れる気配がない。慣れないことを喜ぶべきか、苦しむべきかは微妙なところだ。

「僕は、記憶喪失なんです」

 昔の知り合いにはほとんど伝え終わっていたはずだし、今では記憶がないことで日常に影響がほとんど出ないから、最近は全く口にしていなかった言葉だ。それを再び口にすることになるとは僕自身にとっても思いがけないことだった。

「ええー!」

 少女は、今まで僕が見てきた人たちと同じ反応を示した。


 ◇◇


 日も落ち始め、文化祭前日の準備は大きな混乱もなく過ぎた。グラウンドでは前夜祭に向けて、準備が進められている。前夜祭は儀礼的な意味が多いらしく、面白みのあるイベントではない。泊り込みで準備をしている生徒が少し顔を出すぐらいだろう。文化祭の無事を祈るということだから重要なイベントではあると思うけど。

 私には、それとは別の意味で重大なイベントが発生してしまっている。

 浩一によると、天井から落ちてきた少女の名前は、セリア=ミレスという。年齢は私たちより三つ上。

 セリアは、こことは異なる空間に位置する世界からこの世界に渡った精霊を追ってきた。その精霊を説得するなり捕まえるなりして元の世界に連れ帰るのが、今回の彼女の仕事だそうだ。

 私にとって重大なことは、セリアが記憶を失う前の浩一を知っているということだった。とても信じられる話ではなかったけど。

「どうぞ」

 リビングでテーブルを囲んでいる浩一、裕也、セリアにお茶を入れた湯飲みを出した。テーブルの中央にはお茶菓子がある。裕也は、早速お茶菓子に手を伸ばしていて、セリアは、テレビを凝視している。浩一は、ソファに背中を預けて背筋を伸ばしている。

 セリアは、湯飲みを手に取り、中をちらりと覗き込んだ。

「光、これは何?」

「えっと、緑茶です」

 私は答えてから、開いているソファに腰を下ろした。見たところ日本人ではなさそうだから、紅茶とかを出したほうが良かったかもしれない。話を信じるならば、外国人でもないのだけど。

 私たちは、学校から少し早めに帰宅している。文化祭の準備は一通り終わっていたし、認定試験合格者の浩一がいるから少しだけ融通が利く。

 そして現在、私の家のリビングに四人で集まっている。私の家に集まったのは、受験勉強や夏休みの課題を終わらせるのを名目に何度か集まっているから自然とそうなった。

 ちなみに、両親は不在だったりする。父親は単身赴任中で、母親は旅行のついでに父親に会いに行っている。「ついで」と聞くと酷い話に聞こえるかもしれないが、月に一度の頻度で旅行のついでに会いに行っていると言うと、どう聞こえるだろうか?

「う〜ん、独特な風味が口の中に残るね」

 セリアは、口につけた湯飲みをテーブルに置いて感想を呟いた。

 私たちのいるこの世界とセリアのいる世界は、かなり違うそうだ。建築物や動植物など、セリアの世界では見られない物ばかりらしい。帰り道を歩いている間も質問攻めだった。この時ばかりは、電車やバスに乗らなくて通える場所に住んでいて良かったと思った。仮に乗っていれば、その間も質問され続けただろう。その状況は、ちょっと恥ずかしい。

「それで、話を聞かせてもらいますけど、いいですか?」

 裕也がそう話を切り出した。裕也はセリアの正面を向くように、床の上にあぐらを組んで座っている。

 こうやって話を聞くことになったのは、裕也の提案があったからだった。裕也がかかわる理由は特にないのだけど、「面白そうだから」と話に加わってきた。それからは、裕也主導で話が進められている。

「どうぞ、どうぞ、何でも聞いて。わかることはちゃんと話すから」

「それは助かります。で、早速ですが、セリアさん」

「あっ、セリアでいいよ。そんなに硬い話し方でなくていいから」

 笑顔で言うセリア。

「それじゃお言葉に甘えて」

 それに裕也は言葉を返して、話を続ける。

「仕事って具体的にはどういうものなんすか?」

「向こうではスピリットハンターなんて呼ばれているけど、簡単に言うと精霊限定のなんでも屋。精霊が関係するトラブルを解決する仕事。人と精霊の間に起こった問題を解決したり、トラブルの後始末をしたり、精霊から頼まれ事をされたりする」

「その仕事はどのぐらいの人がやってるんすか?」

「う〜ん、スピリットハンターのギルドが四つあって、登録員をそれぞれ数百人単位で抱えている。それから国に仕えているスピリットハンターもそれぞれいるし、フリーで活動しているのもいるから、多く見積もって千人ってところかな。正確な人数はわからない」

「その数は、国で?」

「いやいや、世界での数。スピリットハンターを名乗るには資格が必要でね、最低でも一体の精霊の王様から認められる必要があるの。精霊のために働こうと思っている人なら大体認められるんだけど、会うまでが大変でね。実力が伴わないとまずなれない」

「……それは遠まわしに自分が優秀って言ってません?」

「てへ」

 セリアは、かわいらしい笑顔を作って首を傾けた。その表情はとても年上には見えない。

 スピリットハンターというのが何なのかはなんとなくわかった。こっちの世界で言うと警察が近いのかな。

「スピリットハンターには資格が必要って言いましたけど、それなら資格を持っていると証明できないと駄目っすよね?」

「そうだね」

「資格の証明をしてもらえますか?」

「いいよ。キュピ」

 セリアがそう声をかけるとマントのフードが、もぞもぞと動いた。そして、フードの中から何か小さなものが飛び出し、テーブルの上に降り立った。

 その小さなものは、……いったい何だろう?

「このかわいらしい鳥みたいなのは、何ですか?」

 鳥と表現してみたが、実際にはわからない。飛び出した時に翼を羽ばたかせていたから鳥と言ってみただけだ。

 それは、手の平に乗る大きさで、体が丸い。そのぐらいの大きさの鳥は存在するから大きさは別に問題ないのだけれど、体の丸さが問題だった。丸みを帯びているのではなく、完全に丸い。完全な球体だ。その球体に平べったいくちばしと、つぶらな瞳がついている。翼を折りたたんだ状態だけど、目立つ凹凸はない。さらに、その翼にも問題があった。形や大きさは妥当なのだけれど、枚数が四枚、二対存在している。それぞれ腕と思われるところと肩と思われるところから生えている。尾羽は生えていないみたいだ。

「その子は、私のパートナーのキュピ。よろしくね」

「キュ」

 キュピは、翼を一枚広げて鳴いた。どうやら挨拶のつもりらしい。

「……よろしく」

 私は、キュピの頭に指を乗せてなでてみた。肌触りはふさふさしている。

「キュ」

「それじゃキュピ、王様から頂いた資格を見せてあげて」

「キュ!」

 一声鳴いたキュピの足元に、緑色に淡く輝く光の線で円が描かれた。その円の中にいくつかの図形が重なったような模様が浮かび上がる。その後、キュピを中心にして、テーブルの上に同じ円が八つ現れ、その円の上に水晶で作られたような無色透明な像が出現した。

「……きれい」

 思わず呟いてしまった。

 透明な像は、それぞれ細部の形が異なっているけれど、どれも見事な物だった。いちばんの特徴は、像の中に不思議な輝きが宿っていることだ。像の種類によって輝きの色や雰囲気が違うけど、どれも見ていて安心する輝きだった。

 八色の光に照らされて、いつも見ているテーブルの上が幻想的に見える。

「触らせてもらっていいっすか?」

「どうぞ」

 裕也が像を手に取ったのを見て、私も一つ手に持ってみた。

 触れた像はひんやりとしていて、温かさはない。大きさは両手で覆い隠せる大きさで、少し重量がある。それだけなら大した驚きはないのだけど、像の中にある輝きがどうしても不思議だった。

「どうも」

 あらかた見終わったらしい裕也は、像を元の位置に戻している。私も手の中にあった像を元の位置に戻した。

 ふと横を見ると、浩一が何も反応を示していないことに気づいた。

「どうしたの?」

「別に」

 私の問いに浩一は首を振って、一言だけ返した。浩一がそう言うならば、たいしたことではないのだろう。だけど、この光景にそれだけというのは気にかかる。

 元に戻された像をキュピは、出した時と同じようにして消し去った。

「さっき出した水晶像は、王様の魔力が少しだけ込められているの。それが、王様に認められた証。それをパートナーと同調させることで、そのパートナーの一部にしている。だから、出したり消したりが自由にできるし、失くすこともない」

 先ほどの光景をセリアは説明してくれるが、理解できる内容ではなかった。

「とりあえずスピリットハンターについては分かりました。けど、別の疑問が出てきたんですが、そのキュピっていうのは何なんすか?」

 裕也は、テーブルの上で転がっているキュピを指差した。その様子は、ボールと変わらない。それ自体は、とてもかわいらしい。

「あれ、パートナーって言ったよね?」

「セリアの世界の動物っすか?」

「動物じゃないよ、精霊」

「これが、精霊っすか?」

「あっ、そっか。この世界に精霊はいないんだっけ。それじゃわからないよね。そうなると、精霊についても話したほうがいいのかな?」

「お願いします」

「うん、よろしい」

 セリアは、咳払いを一つしてから話し出した。

「精霊は、簡単に言うと実体を持った意識体。触れたり、傷つけたりすることはできるけど、肉体はありません。だから、寿命は存在しません。私たちとはちょっと違った生命です。ここまではいいかな?」

 話し方が説明口調に変わったセリアが、確認の視線を向けた。

 とりあえずわからないところはない。セリアに頷いてみせる。

「さて、変わった生命である精霊がどうやって誕生するか。これはほかの生命と魔力が関係してきます。新たに生まれた生命の中にある魔力が、その生命の周囲に漂っている魔力と反応して、精霊として生まれます。これを私たちは、『パートナー精霊』と呼んでいます。パートナーと言った場合、ほとんどは『パートナー精霊』のことを差しています。ただ、パートナーが誕生するのが確認されたのは人が生まれた時だけ。これにはどんな理由があるのか、現在はわかっていません。ともかく、パートナーは生まれた時からその人間と一緒に生きていくことになります。生まれる要因となった魔力の持ち主と一緒に成長していきます。私の世界では人間と精霊はとても近しい存在です。オーケー?」

 セリアは、首を傾けて皆の反応をうかがう。

「魔力というのはなんすか?」

 裕也が手を挙げて質問する。なんだか授業みたいになってきた。セリアが先生で、私たち三人が生徒だ。

「魔力は世界に存在する力の一つです。精霊たちは、この魔力を消費して存在しています。私の世界では魔力をエネルギーとして使っていて、生活にも密接に関係しています。魔力は、空気中に存在しているほか、私たちの体の中にもあります。動物や植物、水や小石の中まで、この世のどこにでも存在しています。私の世界では、基本的に空気中に存在している魔力を集めて利用しています。存在する量が豊富で利便性が良いからです」

 ここでセリアは、窓の外に目を向けた。

「こちらの世界では、空気中にそれほど魔力が存在しているわけではないみたいです。精霊がいないのはそれが関係しているかもしれません」

 セリアの目線が部屋の中に戻った。

「先ほどは『パートナー精霊』について話しましたが、精霊は人と一緒にいる者ばかりではありません。精霊が生まれるには魔力の反応が必要ですが、場所によっては小さな魔力が集まり、一つの大きな魔力となることがあります。たとえば、深い森の奥や湖の底などの自然の深い場所です。そんな場所で生命の魔力と外気の魔力が反応すれば、自然と精霊は生まれます。それは、『ナチュラル精霊』と呼んでいます。ただ単にナチュラルと呼ぶこともあります。パートナーは人と一緒にいようとしますが、ナチュラルの場合、生まれた場所に依存します。その場所から離れることができないわけではないですが、その場所にとどまることで成長することができるようです。ナチュラルは、人とはかかわらずに生きていく者がほとんどです。精霊の生まれ方は、この二通りが基本になります」

 セリアは湯飲みを口に運んで、一息つく。

「パートナーとナチュラル、生まれは違う両者ですが、最終的に行き着くところは同じです。パートナーは人と別れ、ナチュラルは生まれた場所を離れ、自分で行動を決めていくようになります。そのような精霊を、精霊として一人前になって最初の一歩を自分で決めるようになった精霊、そういう意味で『ファースト精霊』もしくはファーストと呼んでいます。このファーストが、世界で最も多い精霊です。精霊同士でコミュニティを作る者もいますし、人と生きることを選ぶ者や自然と共に生きる者もいます。人と変わらない生活を送っています」

 そこでセリアは、人差し指を立て、三人の視線を注目させる。

「一つ言っておきますが、ファーストが精霊として一人前といっても、パートナーやナチュラルより偉いということではありません。ファーストになればそれ以上成長することがなくなり、場合によってはパートナーやナチュラルより能力的に劣ることもあります。ですが、精霊の社会を担っているのはファーストであり、パートナーやナチュラルはその恩恵を受けています。三者の関係は対等で、それぞれ果たす役割があります。そういったことで精霊たちはうまくやっているということです。以上、セリア=ミレス先生の精霊講座初級編でした」

 話し終わったセリアは、満足げな笑顔を浮かべていた。一仕事終えた感じだ。

 精霊は、動物というよりも人間に近い存在みたいだ。ただ、近くても完全に異なる存在でもある。

「さっきの話は初級なんすか?」

 話に区切りがついたところで裕也は、早速口を挟む。

「初級だよ。話したのは精霊の大まかな区分だけだし、話すことならほかにもあるし。ランクとか、スキルとか、国家とか、階級とか、いろいろね。一応、専門分野のわけだから」

 セリアは、指を折りながら単語を口にしていく。

 私は、ここまでの話を聞いたところでは信じてもいいかと思うようになっていた。全部を信じる気にはなれないけれど、精霊は実際にこの目で見て触れたし、話の内容自体は変だけどセリアに悪意はなさそうだ。


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