2 厄介事+認定試験
事が起こったのは五月の連休が明けてからだった。
その頃になれば新入生である一年生も学校に慣れ、生徒たちは自由に思い思いの行動をするようになる。良い意味でも悪い意味でも。
その日の昼休み、昼食を食べ終えた僕は、一人で屋上へ向かった。いつもは小学の頃から付き合いのある高戸裕也や加賀光とたわいない話をしたり、聞いたりして過ごすのだけれど、その日は二人とも用事があったため一人だった。友達付き合いの苦手な僕は、ほかに話しのできる相手もおらず、空でも見ながら時間をつぶそうと思っていた。
そして、屋上についた僕は見てしまった。遭遇してしまった。厄介事と。
最初はなんてことのない風景だった。フェンスの前に三人の男子生徒がいるだけだった。だから、三人の表情を見た時に不思議に思った。一人はとても怯えていて、二人は眉根を寄せて睨んでいた。
何をしているのか、すぐには思い至らなかった。三人を見ながら、開いた扉の前で突っ立っていた。
すると、一人が僕のほうに近づいてきた。表情を強張らせて、睨みながら。何か言われるのかと思っていると、近づいてきた少年は、開きっぱなしになっていた屋上の扉を閉めて僕の目の前に立った。
「見たよな」
第一声に低い声で凄んだ。初対面の相手に何を言っているのだろうと思ったが、言葉の内容は理解できた。
「一応」
だから、そう返した。見たと言われれば、見たと言える。何を、と問われると困るが。
「わかってると思うが、このことは誰にも言うんじゃないぞ」
「……」
「言わないんなら、少し分けてやってもいい」
「……」
「だが、言った場合は……、お前にも同じことをしてもらう。いいな?」
少年は、僕の肩に手を乗せて不適に笑いながら言う。
フェンスの前から動かずにいる二人に視線を移すと、一人は最初と変わらずに怯えていて、もう一人は目の前の少年と同じように口を曲げて笑っていた。
「具体的には?」
今ひとつ理解のできない状況を少しでも理解しようと試みた。だから、僕としては当然の質問だった。
「は?」
目の前の少年は、疑いを向けるような目をした。
「だから、言った場合は何をすると?」
質問の返事がなかったため、再度、尋ねてみた。
しかし、少年は顔をうつむけて、僕の肩に乗せてある手に力をこめた。
「……お前は、ただ、『はい』と言えばいいんだ!」
少年がうつむけた顔を上げた時には、拳も振り上げていた。
そして、殴り合いが始まった。
結果だけをお伝えしよう。
圧勝だった。殴りかかってきた少年は、簡単にひざを折った。だから、僕はいつものように口癖を口にしてしまった。
「……つまらん」
その後、一人の少年が負けた少年の肩を貸して僕のことを睨みながら屋上から去り、怯えていた少年も最後まで怯えたままでいなくなった。
そして、昼休みが過ぎた。
◇
そんなことがあった日の放課後、僕は再び屋上に来ていた。
一日に二回も屋上に上がったことはないから、かなり珍しい行動をとっている。その理由は、呼び出されたからなのだが。
「先ほど世話になったと聞いたんだが、お前のことで間違いないか?」
目の前に立ちはだかっている大男が、腕を組んで僕を見下ろしている。制服を着ているから生徒であることは間違いないだろう。ただ、同学年とは思えない。その身にまとう雰囲気が違っている。
「こいつで間違いないです」
そう答えたのは、昼休みに負かすことになった少年だった。少年は僕から見て左側に陣取っていて、その隣に肩を貸していた少年がいる。ほかに見慣れぬ生徒が三人いて、二人は僕の右側に、一人は扉のすぐ隣にいる。全部で六人。僕を囲んで立っている。
「聞いたところ、お前もかなりできるらしいな。ずいぶんとコケにしてくれたそうじゃないか?」
大男は、笑みを形作った表情を顔に貼り付けている。
「そうでしたっけ?」
「その時は物足りないようなことを言ったのだろう?」
「……」
「何を考えているのか知らないが、こちらとしてはこのまま引き下がるつもりはないのだよ」
大男が、組んでいる腕を解いた。それに合わせて周囲を囲んでいる輪が一歩下がる。
「……何をしたいんですか?」
「今度は満足の行く勝負をしてあげようと言っているのだ。前のように不満をもらすことはないぞ」
「……」
困った。状況が理解できない。勘違いをされているのは分かるのだが、それが分かったところでどうしようもなかった。
周囲を見回すと完全に包囲されている。逃げ道はないらしい。さらに、目の前の大男は腕に自信があるらしく、僕と喧嘩をしたいらしい。こちらとしては全くその気はないのだが、そう言ったところで納得してくれなさそうだった。
どうしたものだろう。
「待てーい!」
僕が思案しているところに頭上から静止の声がかけられた。とは言ってもここは屋上。この上にあるのは空である。ここよりも高い場所となると限られ、自然とその場所に視線が集まる。
屋上の階段室の上、この場所で唯一の遮蔽物の上に羽織袴を身につけた年老いた男が一人立っていた。身長が低く、杖を持っていたら似合いそうだと思うが手元にそんな物はない。まだまだ足腰はしっかりしているのだろう。その見た目は、どこにでもいそうな老人だ。
「この勝負、わしが預かったぁー!」
いきなり出てきて、いきなり叫ぶ老人は珍しいかもしれない。でも、喧嘩を止めようとするのは正しいと思える。
突然現れた老人に答えたのは大男だ。
「いきなりそう言われても、こちらは納得できないのですが。どうするつもりですか、校長?」
大男の言葉を聞いて僕は内心驚いていた。この人が校長だったのかと。
僕は今まで校長の姿を見た覚えがない。入学式の時には出張だとかで出ていなかったし、その後も見かけるような機会はなかった。
「それはそうじゃろ。これで納得するとは思っとらん」
校長は腕を組み、何度も頷いてみせる。
「そこでこの勝負、今月の認定試験として後日執り行うものとするぅー!」
「……なぜ?」
そう言ってしまったのは僕。この校長は喧嘩を止めに入ったのではないのか。
「校内で起こっていることはすべて教師に責任が及ぶ。ならば、すべてを管理することも許されても良いと思わんか?」
「言いたいことはわかりますが」
「結構。この試験の内容は、明日の朝に詳しいことが発表になるじゃろうからちゃんと耳に入れるように。ちなみに君たちに拒否権はないぞ」
「なぜ?」
「わしがこの学校で一番偉くて、君たちが試験の主役だからじゃ」
校長は、胸を張って堂々と宣言する。
何だろう、この状況は。どんどん理解の及ばない方向へ流されている気がする。
「わかりました」
そう答えたのは大男。その表情は、何かを諦めているように見える。
「試験としてというのは気になりますが、納得しましょう。それに、勝てば認定試験合格者になれるわけですね?」
確認の意志を込めた視線を校長に向ける。
「もちろんじゃ」
校長は、自信満々に頷いた。
「行くぞ」
それを確認した大男は、腕を一振りして囲んでいた五人に指示を出すと、扉をくぐって行ってしまった。
いつの間にか周囲には誰もいなくなっている。校長の姿を確認しようと屋上を見渡すと屋上の端にいるのが見えた。屋上も渡り廊下で別の校舎と繋がっているから、渡り廊下で別棟の校舎へ行くつもりなのだろう。
僕は、空を見上げてため息をついた。
「……つまらん」
この時はそう思っただけだった。ほかに考えが回らなかった。
◇
屋上での出来事から一夜経って、事が大きくなり始めた。
僕は、学校についてから朝一番に職員室に行くことになった。担任の教師に呼び出されたためだ。
「何があった?」
担任の目の前に立つと開口一番、不審半分、苛立ち半分に聞かれた。
ありのままを話すと「そうか」と諦めたように顔をうつむけて、「無理はするな」と一言言われた。それで理解した。ただの教師にはどうしようもない事態になっていると。
そして、朝のホームルームに認定試験の説明がなされた。一年生には分からないことだらけの試験であるため、時間を割いて丁寧に説明された。
一、認定試験について。
認定試験は月に一度、年に七回行われる。行われる月は決められており、五月、六月、九月、十月、十一月、一月、二月である。試験の内容は毎回変わり、校長が内容を作成し、全教員の半数以上の賛成で決定される。賛成が半数に達しない場合は、決定されるまで内容を変更し、必ず試験が行われるようにする。
認定試験の合格者は、学校内で自由に振舞うことが許され、処分を受ける時にかなり優遇される。実質処分されないことが多い。
しかし、それには条件が付けられている。授業や学校行事が行われる日であり、校内で起こった事柄に限られる。当然、犯罪行為が許されることはなく、学校側の配慮が及ぶ範囲までである。簡単に例を挙げると、停学や退学はまずありえないし、校内であれば校則を違反しても構わず、成績に影響は出るが授業に不真面目でも大目に見てもらえる。部活動に所属している者は、所属する部活の予算を優遇させたりもできる。その待遇は、学年が変わるまで有効である。
二、今回の認定試験の内容について。
今回の試験は、校長の急な思いつきにより実行されることになった。理由は、生徒のいさかいの現場を目撃し、それを納得のいく形で収めるためである。よって試験内容もそれに沿う形で作られた。一言で言うと体を張った腕比べ。ルールありの喧嘩である。
試合のルールは、一対一で向かい合い雌雄を決するという形式をとる。試合時間は三分間。先に降参するか、審判に止められた時点で負けとなる。時間内に決着がつかなかった場合は、五人の判定員によりどちらが優勢であったかを判定され、優勢だった者を勝者とする。
試合は総当たり戦で行われ、最大三人でチームを組むことが許される。勝ち星の合計が最も多かったチームが試験の合格者となる。
認定試験は次の土曜日に行われるため、参加する者は金曜日の昼休みまでに申し込まなければならない。試合の場所は当日発表される。また、道具の使用を求める場合には事前に申請し、許可を得る必要がある。ただし、許可される道具は一つまでである。
三、強制参加者について。
この試験内容を実施する理由になったいさかいを起こしていた生徒、二年G組の大平誠と一年C組の武野浩一は強制参加である。
以上が、朝のホームルームで説明されたことだった。
担任の教師は「あまり大騒ぎしないように」と最後に付け加えた。配慮をしてくれているのは分かるけれど、担任は役に立たないという印象がこの時、僕の中で確定した。
クラスの皆は、休み時間になるとひっきりなしに話を聞きにきた。当然と言えば当然だろう。強制参加という名目で名指しされてしまったのだから。
聞かれたことには、ほとんどあいまいな返事しかできなかった。僕の知っていることなんて説明されたことと大差ない。
一息つくことができたのは、それが知れ渡った昼休みだった。机の上に弁当を広げて、箸でつつく。
「はぁ〜」
一息つくついでにため息も出た。
「で、どうなってんだ?」
裕也が前の席に座って、僕に顔を向けている。その顔は少し不機嫌に見える。
「俺の知らないところで面白いことになってるじゃないか」
「それは、時間が経ってないからじゃないかな?」
「昨日の放課後に用事があるって言ったのは、試験の事だったんだよね?」
光が、隣の席から心配そうな目でこっちを見ている。
「校長に言い渡されたのはそうだね」
「それで、次の日の朝には全校生徒に伝えるか。ずいぶんと早いな」
「早いな、じゃないでしょ。強制参加って何よ」
「しょうがないよ。それに無駄に殴り合うよりはマシだと思う」
あの時の状況ではいつ開放されるか分からなかったし、どうやっても回避できなかったと思う。そういう意味では助かったと言える。
「そいつはどうかな?」
裕也の目つきが鋭くなった。こういう表情をする時の裕也は、無視できない情報を持っていることが多い。
「どういう意味?」
「ちょっと聞きかじっただけだけどさ、今回の試験はかなりチャンスがあるんだと」
「チャンス?」
「普通だったら合格者が出ないような内容なんだが、今回は合格者が必ず出るようになってる。だから、参加者がいつもより多くなるんじゃないか、ってさ。内容が内容だから出るヤツは限られるだろうけどな」
「そっか、一応試験だからほかにも参加者がいるのよね」
「ああ。柔道部とか、空手部とか参加しそうだよな」
そうなると話が変わってくると思う。
参加するのが僕と大平誠のグループだけならば屋上での話の延長だと思えるが、ほかにも参加するとなると意味合いが変わってくる。参加の予想されるのは、体を鍛えている腕に自信のある生徒ばかり。当然、実力に差が出てくるはずで、やる前から敗色濃厚じゃないだろうか。そんな中で屋上での決着をつけたとしてもむなしいだけだ。
これは遠まわしに罰を与えられているのかもしれない。やる前からやる気を削がれた感じだ。もともと乗り気じゃなかったが。
「それで、タケはどう考えてんだ?」
「やるだけやるよ。本気で参加してる人に迷惑をかけないぐらいには」
こっちは巻き込まれた感が強いが、自主的な参加者はそうじゃない。ちゃんと相手をしないと失礼だろう。
「チームのメンバーはどうすんだ?」
「別に三人いなきゃ参加できないわけじゃないみたいだから、一人でいい」
むしろ、これ以上誰かを巻き込みたくない。それに、一緒に参加してくれそうな人に心当たりもない。
「でも、そうなると試合はどう進めることになるの?」
光が首を傾げる。
確かにそうだった。相手が三人いた場合、一人としか戦わないならば残りは不戦敗だろうか?
「……放課後に詳しく聞きに行ったほうがいいかな」
ちゃんと準備だけはしておかないと痛い目を見そうだ。
「ま、やる気なら俺も協力はするよ」
「無駄に終わるかもしれないけど、いいのか?」
「親友を単身送り出す気なんてねぇよ」
裕也は、笑いながら拳を前に出した。
「……頼む」
僕は、それだけ言って裕也の拳に自分の拳を軽く打ちつけた。
◇
認定試験の内容が発表になってから試験の開催日に近づくにつれ、僕に向けられていた興味の視線が徐々に哀れみの色を含むようになっていった。その理由は、日に日に明らかになる参加者の顔ぶれにあった。
試合に勝ち続ければ合格者になれるというのは、腕に自信のある者にとってはかなり魅力的なことのようで、発表の初日から参加申し込みがあった。そして最終的に参加をしたのは柔道部、ボクシング部、空手部、相撲部、少林寺拳法部、剣道部、それぞれの精鋭三名と強制参加の大平誠グループの三名に僕を加えた総勢二十二名である。
参加者が明らかになるにつれて認定試験は、道乃森で一番強い部はどこなのかという話で盛り上がるようになっていた。話題に上がっているのは「部」であり、強制参加組には全く関係ない話だ。生徒の中には賭けの対象として認定試験を使おうとした者もいたようだが、教師陣の摘発を受けて賭け事までは発展しなかったらしい。ただ、賭けの話だけは情報として残り、それぞれのチームの前評判として認識されていた。
裕也によると、最も前評判が高いのは剣道部ということだ。使用する道具として竹刀を許可されていることがその理由だ。武器を使うことになるから勝利は堅いという判断だ。
そして、最も前評判が低いのは僕だった。外見や普段の態度を見ていれば誰も期待しないだろうし、唯一チームを組んでいないことが最大の理由だった。
ルールの確認をしたところ、チームの人数が合わない場合、メンバーの少ないほうが試合をする数を増やすことで調整する。戦わなかった場合は不戦敗となるということだった。チームを組まずに一人で出るというのはそれだけで不利な条件となっている。
そのような経過を経て校内が盛り上がる中、校長に主役呼ばわりされた二チームは全く注目されることなく当日を迎えることになった。
そして土曜日。五月の認定試験『勝負じゃ、試合じゃ、バトルロイヤルじゃあ』が開催されることになった。試験の名称が何でこんなのなんだろう?
「で、最初の対戦が因縁の相手か」
「因縁ってほどじゃないと思うけど」
「言いがかりをつけてきたんだから因縁でいいんじゃないの?」
僕は、裕也と光と一緒に試合の行われる会場に来ていた。
試合を行う場となったのは武道館の剣道場と柔道場、ボクシング部のリング、相撲部の土俵、裏庭の芝生の五箇所だ。一度に使われるのは四箇所だが、所属する部活の練習場所で試合を行わないように割り当てられる。
現在僕がいるのは、相撲部の土俵の脇だ。そこで光に相手をしてもらいながら柔軟をして、体を温めている。怪我をしたらそこで終わりだから、体には気をつけないといけない。
「確認するぞ」
「うん」
裕也が、ノートパソコンのディスプレイを見ながらこちらに声をかけた。裕也は参加者の情報を集めて、いろいろサポートをしてくれている。
「相手は、大平誠率いるチーム・ライトニングシャドー。許可された道具は、メリケンサック」
ここまでの情報は、金曜日の放課後に発表になっている。事前に発表になったのは、チーム名と許可された道具のみである。具体的な情報は明かされていない。生徒の間で流れている噂で察しがつくこともあるが。
ちなみに、僕のチーム名はそのまま僕の名前で登録してある。
「予想される参加者は、大平誠、小堀大地、中西隆一、全員二年だ。特徴は覚えてるか?」
「大男、太っチョ、ヒョロ長」
「おっけー。とは言ってもこいつらの情報は、こんぐらいしかないんだよな」
裕也は頭をかいて悔しそうな表情を浮かべる。
「大丈夫」
相手はどこかの大会に出ているというわけではない。ほかのチームと違って、特筆できる部分が見つからないのは当然だ。
「何もわからないよりはずっといい」
「そうだろうけどさぁ」
裕也の表情は晴れないが、実際助かっている。相手のことが多少なりとも分かっていると心構えが楽にできる。
柔軟を終え、立ち上がって周囲を見渡す。
土俵の周囲には必要最低限の人間しかいない。参加者、審判、判定員、それから校医、もしくは養護教諭。審判と判定員は、すべて教師が担っている。校医と養護教諭は、試合後に必ず診てもらうことになっているため、それぞれの試合会場の近くに待機している。
そして、土俵から少し離れたところに観客が一人いる。紋付袴で正装した校長だ。
今朝、グラウンドに集合して簡単な開会式を行った後、「禍根を残すことのないようにやること」と一言だけ言われた。そして、この場所に誰よりも速く来たらしい。一応、見届けるつもりなのだろう。
「応援は誰もいないね」
光が、か細い声で呟いた。
「そりゃ、別のところのが見所あるからだろ」
グラウンドに集まった時、本来は開会式などを行う予定はなかった。しかし当日になってみると、予想以上に観客の生徒の数が多かった。部活に所属しているチームの応援などで生徒が集まることは予想されていたが、グラウンドを取り囲むほどの人数になってしまい、試験とは名ばかりの見世物と化していた。そのため混乱を避ける目的で、主に観客の生徒向けの説明をする簡単な開会式を行うことになった。
急いで生徒用のスケジュール表が作られ、それを配布する準備をし、会場管理の打ち合わせがされ、教師方が朝っぱらから走り回り、ようやく試験に入った時には予定の時間を過ぎてしまっていた。本来は午前中に三試合、午後に四試合行われるはずだったが、予定を繰り下げて午前中に二試合、午後に五試合になった。
そんな説明を加えられた開会式が終わると観客は、それぞれ見たい試合会場に向かって場所取り合戦を開始していた。
「それにこっちは見栄えも悪いしな」
裕也がこちらに視線を向ける。すると、光もそれに釣られたように目を向けた。
「問題ないよね?」
「あるような、ないような……」
僕の問いかけに光は戸惑い気味。
「タケよ、自由って言われたのにわざわざ学校指定のジャージを選ぶことはないだろう」
裕也が呆れ顔で僕の服装を見ている。
「そう?」
金曜日の放課後、担任から試験の最終確認が行われた。その時に服装は「自由」と言われていた。そのことを二人に伝えると、あれこれと意見をあげてくれた。
しかし、それを生かすことはできなかった。名目上は試験であるし、内容は試合である。手持ちの服の中で、試験と試合の両方にふさわしいと思えるものがなかった。光なんかは、買いに行くことも考えていたようだけれど、そんな気分じゃなかったから手元にある物から見繕うことにした。
その結果が、学校指定のジャージである。
「向こうを見てみろ。誰もそんな恰好をしてないぞ」
言われた土俵の反対側に目を向けてみる。そこには談笑しているチーム・ライトニングシャドーの面々がいた。半分は制服を着ているが、半分は私服を着ている。
その恰好は、迷彩柄だったり、デニム生地だったり、日常の中で見られるような服装である。ただ、おしゃれという雰囲気はなく、その手に見えるメリケンサックがごろつきのように見せている。相手を威嚇する意味があるのだと思うが。
「ああいう恰好をする気にはならないけど」
「俺もそんな気にはならんなぁ」
「そういう話じゃないでしょ」
僕と裕也は緩んだ会話をするけれど、光が引き締める。
「ともかく怪我しないように気をつけて」
「とりあえずは、注意する方向でがんばるよ」
僕は光を安心させるつもりで答えたが、その答えに裕也が突っ込む。
「勝つ方向じゃないのか?」
「それじゃあ、とりあえず、怪我しないで勝つ方向で」
「『とりあえず』が消えねぇのが不満だが、タケならそんなもんか」
そう言う裕也の顔には言葉ほどの不満は見えない。一応、納得してくれたらしい。
「そろそろ始めるから第一戦を行う生徒は土俵に上がるように」
ちょっとおなかの出っ張りが目立つ教師が、野太い声を上げた。この場所で審判を担う教師だ。
僕は、無言で土俵に上がった。
反対側からも一人、土俵に上がった。
「武野浩一君だね?」
審判からの問いに僕は無言で頷いた。
審判も頷き返し、土俵の反対側に視線を向ける。
「中西隆一君だね?」
「おう!」
相手は元気よく、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「よろしい。では、第一試合、第一戦を開始しましょう」
審判は、右手を水平に真っ直ぐ前に出して構えた。それに合わせて土俵上に緊張が広がる。
「……始め!」
そして、僕の連戦が始まった。
約十分後、試合終了。
僕の視点から見た試合結果。
第一試合 対チーム・ライトニングシャドー
会場 土俵
許可された道具 メリケンサック
第一戦 リーチに差があるため最初は逃げに回ったが、粗の多い動きの隙をついて反撃した。そして、審判のストップがかかり勝利。
第二戦 相手の突進をうまくかわして、相手の体力切れと共に攻撃を開始。それと共に審判ストップで勝利。
第三戦 体格差から効果的な攻撃はできず、防戦一方。しかし、大振りになった攻撃にあわせてカウンターを打ち込んだ。それが決定打となり、審判ストップで勝利。
「ふむ、結果は明らかとなったようじゃな」
校長が、土俵上で試合進行の予定にない発言をしている。
「これをもって、今後のいさかいはなしとするように。以上じゃ」
そう言って土俵側にいる両名に視線を向け、静かに去っていった。
土俵の反対側に視線を向けるとチーム・ライトニングシャドーの面々が心なしか肩を落としている様子が見えた。
「予想以上の大勝利だな」
裕也の声は軽く弾んでいる。
「……予想以上と言うより予想外だよ」
僕は戸惑いの声を出した。
「大丈夫なの?」
光の表情は冴えない。
「体は大丈夫。ちょっと疲れたけど」
「それじゃ、次の会場に行くか」
裕也の言葉を合図にして移動を開始した。
とりあえず、試験に強制参加することになった因縁は、これで片付いた。
認定試験の途中ですが、いったん区切りを入れさせてください。
次話は、この続きからになります。