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異世界英雄式のつまらない解き方  作者: 四四 カナノ
第一件 異世界からの訪問者
1/71

1 祭+準備

 学校。それは、社会的に未熟な子供たちを教育する場。

 高等学校。通称、高校は、大学の下に位置する義務教育を終えた者が通う学校。社会の中ではまだまだ認められぬ立場にいる者達が集まっている。という認識で間違いはないと思う。これが絶対に正しいとは言わないが、社会からしてみればそんなものだろう。

「……」

 眼下に広がっているのは、忙しくも楽しそうに作業している生徒たち。敷地内のいたるところから喧騒が響いてくる。それは、不快なものではなく、不思議とこちらの心を温めてくれる。

 通常ならば決められた教室に分けられ、決められた内容を学ぶための場所であるが、現在の様子は全く違う。いや、決められていたことであるのは間違いないが。

 現在この高校は、文化祭の準備のために普段とは違う賑わいを見せている。

 グラウンドに規則的に並べられた模擬店が連なり、向かい側に見える校舎の外壁を色鮮やかな看板や広告が飾っている。

 道乃森高校と呼ばれるこの学校は、敷地の周囲に樹木が生い茂ったやや高台に建てられている。周囲に自然の多い理由は、二つの神社の敷地に隣接するように建てられているからだ。それぞれの神社は、ともにそれなりに古い歴史を持つようで、敷地内にある樹木の幹も太い。その二つの神社に挟まれるようにして建っているために外からは樹木に囲まれているように見えてしまう。

「……」

 首を上げて、視線を空に向けると心地よい日差しが感じられる。

 空は青く澄み渡っていて、雲はまばらだ。天気予報ではここ数日の間、晴れが続くそうだから文化祭開催中の雨の心配はないらしい。

 晴れの青い空には白い雲のほかに、雲に重なるようにして鮮やかな朱色の亀裂が走っている。一定の方向にまるで群れのように続いている。時には亀裂同士が交わり、バツの字を描くこともあるが、今はそのような亀裂は見えない。今日の亀裂の数はわりと少ないほうだろう。

 裂空間と呼ばれる空の裂け目。今から十五年前に突如として現れた謎の空間。最初に確認されたのは南極上空で、その後、間を置かずに北極でも確認された。確認された時の大きさはそれほど大きくはなかったが、時が経つほどに大きくなり、今では数万人の人間を飲み込めるほどの大きさになっているという。

 南極と北極の裂空間が大きくなるのと同時に、ほかの地域でも裂空間の出現が確認されるようになった。ただ、ほかの地域で確認される裂空間は南極、北極の列空間とは違ってそれほど大きくならずに消滅している。ずっと、出現と消滅を繰り返している。裂空間の出現頻度は、南極と北極に近いほど多いらしい。

 そんな光景が、当たり前になっている世界。列空間が確認された当初はかなりの騒ぎになったそうだが、空を行き来する飛行機の運航に影響があったくらいで人々の生活には大きな変化もなく、今の世界は空の変化を受け入れてしまっている。

「……」

 隣に目を向けると制服を着た一人の少年がコンクリートの床の上に横になって静かに寝息をたてている。ほかには誰もいない。

 当然と言えば当然のことで、生徒は皆、文化祭の準備に追われている。この場所は、文化祭の会場としての使用は許されておらず、頑丈なフェンスに囲まれているだけの殺風景な場所だ。

 ここは、校舎の屋上である。

「う〜ん」

 床の上の少年は、気持ちよさそうに寝返りを打った。昨日は徹夜だったと言っていたから本当に眠かったのだろう。横になってすぐに寝息をたて始めてしまった。

 視線を校庭に戻して、思わず呟く。

「……つまらん」

 別に今の状況に不満があるわけではない。充実しているとは言えない状況だが、ただボーっと空を眺めているだけでも構わない。だから、何か意味があって呟いたわけではない。

 これは、口癖みたいなものだ。普段は口に出さないように気をつけているが、一人でいる時や付き合いの長い友人と一緒にいる時にはつい口にしてしまう。

 隣で寝ている少年もそんな友人の一人だ。

 ここには、その友人に半ば強制的に付き合わされる形で連れてこられた。だから、ここでボーっとしているのは仕方がないことで、自分の意志が多分に含まれているわけではない。しかし、この状況を付き合いの長いもう一人の友人に見られると平手打ちを食らうことは間違いない。

 そんなことを考えていたところを不意に音が響いた。静かな屋上で勢いよくドアが開かれる。

 その音に振り返ると息を荒げている少女が立っていた。噂をすれば何とやら。思い浮かべたところで、実にタイミングよく現れた。

「見つけた」

 そう言った少女の目尻は軽くつり上がっていて、厳しい表情を保ったままこちらに近づいてくる。少女の言葉から何が目的なのかは簡単に予想できた。

 目の前に立った少女は、早速口を開いた。

「何サボってるの?」

「いや……」

 問われたことには何も答えずに視線を下げた。視線を下げた先には横になっている友人がいる。

 それを見た少女は、寝ている少年の額を思いっきり平手打ちにした。

「痛っ!」

 額を叩かれた少年は、平手打ちの勢いに比例するような勢いで体を起こした。額を押さえて背中を丸めている。

「っー、乱暴だなぁー」

「浩一も裕也も何サボってるのかな?」

 叩かれた少年、裕也の声には耳を貸さずにこちらに視線を向けて、先ほどから同じ表情で同じ問いをする。これは簡潔にでも僕が答えないといけないらしい。

「休憩かな?」

「そう、休憩だよ!」

 同じ内容を異なる抑揚で答える二人。

 表情を緩めない少女。

「休憩なら、浩一を連れて行かないで一人ですればいいでしょ」

「いやいや、タケはずっと働きっぱなしだったから誘ってみたんだよ」

「浩一は適度に休んでるから大丈夫よ」

「ほう、さすがに加賀はタケのことはよく見てますなぁー」

「む、はぐらかす気か!」

 今度は脳天めがけて、再び平手打ちが飛ぶ。

「痛っ!」

 いつものことながら話が進まない。いや、裕也が話を進ませない。二人のやり取りはいつもこんな感じだった。

「それで、光はどうしたの?」

 いつまでも二人のやり取りを見ているわけにはいかないから、話に割り込んで聞いてみる。

 声をかけられた少女、光はやや表情を緩めてこちらを向いた。

「ん、探しに来たのよ。優秀な働き手を」

「わかった。裕也、行こうか」

 光の言葉を理解して裕也に視線を向けると、裕也は頭をかきながら欠伸をした。

「ふぁ〜、まだ眠いんだけどな」

 文句を言いながらもスッと立ち上がる。

「そんなこと言っていられないでしょ。明日からなんだからね」

 そう言いながら光は、さっさと扉へ向かって歩き出す。

「へいへい」

 裕也もふてくされながらも扉へ向かう。

 黙って僕も二人に続いた。

 屋上の扉をくぐると、校舎内に響く喧騒が耳に届いてきた。外の喧騒とはまた雰囲気が違って、空気が熱を持っているようだ。それぞれの階から響くにぎやかな音の中、階段を下りながら裕也と光は話を続ける。クラスの出し物の話をしているようだ。

「それで、後は何が残ってんだ?」

「そうね。ちょっとのぞいた感じだと教室のセッティングとかかな。まだ届いていない荷物もあるかもしれないけど」

「ふーん。女子のほうは?」

「大体終わってるよ。働くのは明日と明後日だからね」

 光は、そこで小さくため息をついた。

「それにしても、実際にやることになるとは思わなかったな」

「まあ、この学校は何でもありって感じだからな」

 裕也は、口元をほころばせながら答えた。

 道乃森高校は、かなり特殊な学校である。この学校の創設理由が、一芸に秀でた者を集め、教育し、才能を伸ばすということだった。ただ、この「一芸に秀でた者」というのが曲者で、スポーツから芸術活動、文化活動、才能のある者ならば拒まずに幅広く受け入れた。普通であれば、そんなにたくさんの分野を一つの学校で扱うことは難しいが、それをやってのけてしまった。

 そのため、現在では普通教育も行っているのだが、昔の影響も色濃く残っている。全国各地から才能のある者が集まってくるのだ。ほとんどの部活動は、体育系、文化系問わずに好成績を収めているし、有名大学に進学する生徒も毎年数十名にのぼる。学ぶ側と教える側の歯車がうまく合致しているのだと思う。

 これを聞いただけでは外から見た学校の評価は、文武の両面で高い評価を得ていると思われるかもしれないが、実際にはそうではない。道乃森高校は、変わり種の学校とされている。

 この学校は、ほかでは類を見ない決まりや制度が存在している。たとえば、「認定試験」という制度がある。この試験に合格すると、一定の条件下であれば何をしても学校からの処罰を受けることがないというものだ。何代か前の校長が考え出したものだそうで、「これからは不良が希少になる」として不良を保護することを考えたそうだ。その考え自体はとても信じられないもので誰も認めなかったが、その校長は諦めず、「認定試験」を合格した者は認めがたい行為をしても許そうということになったそうだ。

 ただ、不良と呼ばれるような行為を認めようと考える教師はそうそうおらず、「認定試験」はかなり難易度の高い試験となり、不良どころか優秀な人物でも合格することが難しい試験となった。

 そうは言っても何をしても許されるというのはかなり魅力的な条件であるようで、現在でも年度始めは何人も試験を受ける者がいる。しかし、一回受けただけで二回目を受けようと考える者はなかなか出ず、自身の実力を試そうとするものが数人受けるような形で毎年落ち着いてしまうらしい。

 通い始めてから半年ほどだが、学校からどんなことを言われても不思議はないと思えるようになった。

「それでも限度はあるでしょう」

「限度があったら何でもありにはならないって。そういえば、タケはどう思ってるんだ? どういう意見か聞いてないよな?」

「そう言われても、実際に見て見ないと何とも言えない」

 ホームルームで出た時にもかなりの異論があり、学校側が認めた後も激しい論戦が繰り広げられることになったクラスの出し物。認めた側もなんだが、言い出した側も難しいと言われ続けた出し物。過去の文化祭を見ても例を見ないほど話題をさらっている出し物。

 それは、コスプレメイドの洋食屋である。

 世間的に言えば、珍しいものではないだろう。ただ、それを高校の文化祭でとなるといろいろな制限がかかる。

 その案が出された当初は否定意見に押し切られたが、一部の熱意のある者が裏で暗躍して支持を徐々に広め、クラスの約半数(男子のみ)の支持を集めた。それで勢いに乗ったコスプレメイド実現委員(役員不明)は、学校側に密かに認可の確認をし、それが認められると分かるとクラスで大々的にプレゼンを行い、女子からも条件付であるが一応の賛成を得て、現在に至っている。

「一応資料は見ただろ?」

「一通りは」

 僕がその流れを知ることになったのは、プレゼンが行われる段階になってからだった。元々興味を示していなかったからだと思うが、僕は周囲の流れから置いてきぼりにされることが多い。

 内容はプレゼンを見ているから大体頭に入っているし、何をするのかも理解している。コスプレメイド実現委員(書記部)の用意した資料も幅広い情報を確保していて、わかりやすく整理されていた。

 ちなみに裕也は、実現委員に情報面で協力している。資料に使われた情報のほとんどを用意したそうだ。

 何か知りたいことがある時は、裕也に頼めばほとんど何とかなってしまう。そういう意味ではかなり皆から頼られている。文化祭に参加するほかのクラスや部活から協力を頼まれていたのを何度も見かけた。

「でも、実際に目にして見なければこのすばらしさは伝えきれん、とかって誰か言ってなかった?」

「あー、いたな、そんなこと言ったヤツも」

 裕也は、笑顔で軽く頭を振りながら歩いている。

 確か、プレゼン中の発言だったと思う。かなり白熱した議論を展開していたから誰が言ったことなのかはっきりしないが。

「……何でこんなことであんなに熱くなるのかなぁ」

 光は、呆れた調子でいる。プレゼンのことを思い出しでもしたのだろう。

「そこは、あれだ、男のロマンというやつだよ。理解しろというほうが無理だ」

 裕也の調子は変わらず、光の話に合わせている。

「そうは言われてもね」

「いまさら言ってもしょうがねぇし。一応、賛成したろ?」

「条件付だけどね」

 そう、女子からの賛成を得ているといってもそれには条件が付けられている。「メイド」というからには実際に働くのは女子ということで、ある意味男子は必要ない。逆にいうと女子の協力がなければ、絶対に成功しないということだった。さらに、文化祭中の男子は、ほとんど役割がなくなり、自由な時間が大幅にできる。働かされるという感覚が強く、かなり不公平だとして女子は絶対反対を表明していた。

 しかし、これが条件の提示によって覆ることになる。男子の熱意が起こした奇跡の結果なのか、女子が用いた策略の結果なのか、今となっては判断が難しいが、その条件によってクラスの出し物が決定することになった。

 その条件とは簡単にいうと、男子の女子への絶対服従。パシリでも下僕でも従者でも言い方は何でも構わないが、文化祭の終了まで男子は女子の命令を聞き続けるという内容だった。これをコスプレメイド実現委員(穏健派)は、賛成してくれるのであれば何でもするとして深く考えずに了承した。それほど酷いことにはならないだろうと考えていたのだろう。

 それが甘い考えであったことはすぐに判明することになった。

 男子は、特にプレゼンにおいて熱弁を振るい、大いに喜んだ者は、馬車馬のように働いた。働かされた。細かい内容は伏せるが、徹底的に攻撃、もとい命令された。

 命令の内容は、ある程度実現できる内容でそれなりに意味のあることがほとんどだったし、すべての男子が満遍なく命令を受けていたため、男子からの反発は少なかった。何よりコスプレメイドの洋食屋の実現がかかっているため、反抗できる立場にはなかった。過酷な命令を受けた男子は互いに励ましあい、団結をより強固にして今日まで乗り切ってきた。

「ここまで来たらさすがにもう酷いやつはないよな?」

「裕也はそんなに大変なのを受けていた?」

「命令というよりは、要望だけどな。端から見れば酷いものじゃないんだろうが、量が異常なんだよ。今日だってそれでぜんぜん寝てないんだからな」

「はいはい、それじゃ裕也には今日は頼まない」

「今日は、ね……」

 裕也は力なく頭を振った。

「それで、何を頼みに来たの?」

 光は屋上で「働き手を探しに来た」と言った。ということは、何か頼まれるということだろう。

「買出しなんだけど、浩一だけでも問題ないかな」

 そう言いながらメモを取り出して、僕の前に出した。順番が決まっているわけではないが、そろそろ回ってくる頃だろうとは思っていた。

 メモを受け取って内容を確認すると、品物の名前が一覧表になっていた。そのほとんどは、飲み物の名前で埋まっている。

「私も行こうか?」

「いや、大丈夫」

 ほとんどは近くのコンビニで手に入るし、量も何とか運べるレベルだ。問題は一箇所で済ませられそうにないことぐらいだろう。

「そう、ならいいけど」

「早速行ってくる」

「気をつけてね」

 僕は軽く手を振って二人と別れ、階段を下りた。


 ◇


 買出しから戻って外から正門をくぐると、視界にはいつもと違うグラウンドの風景が広がる。いつもは殺風景なグラウンドも今は模擬店に囲まれ、中央付近にはステージが設けられている。

 そのグラウンドをコの字型に囲んで建っている校舎も不規則に着飾っていて、普段とは違う景観で迎えてくれる。グラウンドを挟んだ正門の反対側、中央校舎は比較的おとなしいが、その中央校舎を挟んでいる西校舎と東校舎は競い合うかのように彩られている。

「……つまらん」

 僕の両手は荷物の詰まったビニール袋でふさがっている。体にかかる負荷は、メモの内容を確認した時の予想よりも大きなものになっていた。

 それは当然のことで、買出しの途中で追加の買出しの連絡が入ったためだ。それも一度で終わらず、二度の追加があった。

 一度目はコンビニの前で「ちょっとこれも買ってきて」とすぐに済んだことだったが、二度目はコンビニを出たところで「買出しに行ってるならこれらも頼む」と覚えるのに少し手間をとるほどの量を頼まれた。結果、当初の倍近い量になってしまった。ある時期を境に肉体労働に駆り出されるようになったので、頼むほうも頼まれるほうも慣れたものだが。

 特に特徴の無い顔立ち、体つき。ひ弱ではないが運動が得意とも思えない、無口で目立つことのない印象。それが僕、武野浩一である。

 中学時代の知り合いや近所の人に聞けば、そんな証言が返ってくると思う。だが、道乃森高校に来てからは全く似合わない称号を手に入れてしまった。道乃森高校で僕のことを聞けば、まず間違いなくそのことが口にされるだろう。誰が言い出したのか知らないが、生徒はもちろんのこと、教師を含めた大半の学校関係者に知れ渡っている。

 曰く、「道乃森最強の男」と。


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