7・愛する人
「アリアちゃん、聞いてる? ヒロって酷いと思わない?」
小上がりの一番奥のテーブルに陣取って、ヒロへの不平不満をとうとうと語り続けながら、くだを巻いているDの横で、アリアはじっと聞き役に徹して相槌を打っていた。
もうずっとこの調子だが、Dの話しはとりとめもなく、同じ話しの堂々巡りだった。
アリア自身が関わりのない『仕事』上のトラブルや、『仕事』のやり方への注文、考え方の違いなど、それらはアリアが聞いても到底理解できなかった。
ただ、その話しの中で、Dはヒロが好きなんだということだけは確信できた。
「ヒロって、都合のいい時だけ転がり込んできて、ふいといなくなるの。いる間はべったり甘えてきてこれでもかって言うくらい優しくて、でもそれがいけないのよ。……きっとそういう都合のいい女が沢山いるのね。そうやってみんなヒロを甘やかしてきたのよ」
ヒロは気まぐれで、今までも幾度となく女性を泣かせてきたのをアリアは知っていた。
だが、彼女達はその結末を知りながらもヒロに惹かれていくのだ。
ヒロには女性を魅了する何かがあるらしいのだが、アリアには理解できない世界だった。
Dもまたその女性達の一人なのだろうか。
詳しくは話そうとしないのでヒロと何があったのかわからないが、いつになく寂しそうで、常に自信に満ちていた瞳は輝きを失い、Dは美しい顔を曇らせていた。
気丈で、人前では決して弱音をはかない、アリアが密かに尊敬しているDが、こんなにも脆く崩れるのだ。
そんなDを目の当たりにするのは辛かった。
ヒロがこちらへ来たら、直ぐに知らせてあげよう。クリスマスを二人きりにしてあげたい。
ヒロの誕生日もクリスマス前にあることだし、何とかならないだろうか。
アリアはできうる限り、Dの恋に協力しようと思った。
しかし、恋とはこうも人を弱くしてしまうものなのか。もし、自分が恋に溺れたら……自分が変わってしまうような恋なんてしたくない。ヒロや柚子と一緒にいられて、穏やかに過ごせたらそれでいい。恋なんて辛くなるだけだとアリアは思った。
「ねえ、聞いてるの? 上の空ね」
アリアの顔を覗き込んだDの目が据わっている。
短時間に日本酒を五合は軽く空けているのだから無理もない。
最後に、Dは変わったお酒を飲みたいと言い、アリアが地酒のシソの焼酎を頼んだ。
それは、微かにシソの香りがして、口当たりもさっぱりとしていたため、あっという間にDのグラスは空いてしまい、Dの酔いにとどめを刺してしまった。
「ヒロが最後に帰るところはアリアちゃんなのよね。特別な、愛する人」
Dは頬杖をつきながら、目を細めて妬ましそうな視線を投げかけてきたので、アリアは「違うよ」と直ぐに否定したが、それ以上、何と言っていいのかわからず俯いた。
ヒロの気持ちはよくわからない。ヒロの『好き』は他の人より許容範囲が広いように思う。
多分、自分と同じで寂しがりやだから、誰かに側にいてほしいのだ。
「アリアちゃんはどうなの。誰か好きな人はいるの?」
「そろそろ帰りましょう、飲みすぎです」
矛先が自分に向いてきたので、アリアは話を逸らした。
「なにしけたことを言ってるの。夜はこれからよ。さあ、今度はカクテルよ! アリアちゃんも好きでしょう?」
Dはきっと潰れるまで飲むつもりだ。
とすると、朝までコースに違いないが、それだけは何としても避けたい。
明日の朝、地獄を見そうだ。こうなったら、危険は承知でアパートへ連れて行くほかないだろうかと、アリアが攻略を練っていると、Dはさっさとおあいそを済ませて、次へ行くわよと、手招きをしている。
Dの足取りは意外にもしっかりしていて、まだまだ飲めそうだった。
朝日を見ないうちに無事、ベッドで休むことができるだろうかと、アリアはかなり不安だった。