6・誤解
誰もが肩をすぼめて前かがみになり、足早に目的の場所へ急いでしまうような、一段と冷え込んできた夕暮れ時。
旭川の中心街にあるガラス張りの建物内に、黒い皮のタイトミニスカートから惜しげもなく足を出し、ロングブーツにカシミヤの黒いロングコートをまとった、ひときわ目立つ長髪の女性が立っていた。
外からでも思わず目を惹く派手な服装のその女性は、待ち人がいるのか、腕時計に何度も目をやっていた。
「なにやってるのかしら」
それは女怪盗のDだった。
彼女は腕組をし、苛々した口調で呟きながら、硝子越しに外を覗いている。
そこへ、いつものサングラスをしたアリアが、息を切らして走ってきた。
「遅くなってすいません」
「どうしたのよ、三十分は待ったわ」
「これが精一杯。突然電話してきて旭川に着いたから、直ぐに迎えに来いなんて無茶だ」
「だって、アパートから車で直ぐじゃないの?」
「私は今探偵事務所に働いているから、定時には終わらないよ。今日は朝まで張り込みでくたくただったし」
アリアは少し声のトーンを落とし、「それに変装したままでは会えない」とDの耳元で付け加えた。
「あら、変装したままでも良かったのに。見たかったな、アリアちゃんの変装」
「面白がらないでください。Dと会っているところがもし事務所の人に見られたら面倒だから、そんなことできません」
「いいじゃない、恋人とでも言っておけば」
「こんなに年上の……それに、旭川に来たばかりということになっているのに」
Dが『こんなに年上』と言う言葉に反応し、細い眉がぴくりと動いたのがわかったのでアリアは慌てて言葉を濁した。
「まあいいわ、今夜アパートに泊めてちょうだい」
「だから、まずいんですって。ホテルに泊まってください」
「嫌よ、広々とした所が良いの」
「じゃあ、ツインの部屋でもとったらいいじゃないですか。それに、首を突っ込まないでください」
「冷たいのね」
Dは思いっきり拗ねている。
今回は柚子がいないので余計なことに口を挟まれなくて、やれやれと思っていたら、もっとたちの悪い大御所が来てしまった。
ヒロの仕事仲間ということで、そうむげにもできず、アリアは対応に困った。
「本当にアリアちゃんって女の子? 私の気持ちがわからないの?」
「訳のわからないことを言わないでください」
Dのことを良く知るほど多くは会っていないし、大した話しもしたことがないのに、そんなことを言われても、とアリアは思った。
「さあ、今日は飲むわよ。だから付き合って」
「勘弁してください、明日も仕事で朝が早いんです」
「だめ、返さないわよ」
アリアはDに肩を抱かれて飲み屋街へ強制的に連れられていった。
Dは他人に我がままを言って甘えるような人ではなさそうなのに、何かあったのだろうか。
確かにDは妙にはしゃいでいるようだ。だが、変装して事務所に潜り込んでいる状態では、それにかまけていられるほどアリアには余裕がなかった。
困ったと思いながら、アリアが何気なく横を向くと、車道を挟んだ反対側の歩道に、東十無を見た気がした。
まさか……十無は東京にいる。それとも、昇だったのか? でも昇だったら、まず黙ってはいない。こちらに来て声をかけるだろう。他人の空似だろうか。
アリアは気になったが、Dに引っ張られてしまい、仕方なく居酒屋の暖簾をくぐった。
だが、それは見間違いではなかった。旭川に着いたばかりの東十無だったのだ。
「なんだ、綺麗な女性と楽しそうにしているじゃないか」
そう呟いた十無はその場で立ち尽くし、肩に何かが重くのしかかったように感じたのだった。
十無は見合い目的で旭川へ来たことを昇やアリアに知られたくなくて、昇にも連絡を取らずにこっそりホテルを予約していた。
そして、さっさと見合いを済ませたら、あわよくばアリアに会って食事でもしたいという甘い期待を抱いていたが、その考えは一瞬のうちに砕け散った。
十無は頭のどこかで、アリアはきっと女だから女性と親しくなるということは全くありえないと決め付けていたため、男だという現実を突きつけられ、かなりショックを受けたのだった。
アリアだって彼女がいてもおかしくはない。ヒロがアリアに好意を寄せているからといって、アリアが必ずしも男が好きだということにはならない。
「見合いか、吹っ切るには良い機会かもしれない」
いい娘だったら、本気で考えてみようか。
何をしても大きな失敗を体験したことがない十無は、傷つくことを恐れて無難な道を選んでしまうのだった。
自分でもそれを自覚しているが、どうしてもそこから一歩踏み出すことができないのだ。
「どうせどうにもならない」
十無は諦めの言葉を呟いて小さくため息をつき、重い足取りで予約しているビジネスホテルへと向かった。