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3・坂本周

 旭川へ向かう機中でも、アリアはずっとそのことが気になっていた。

 十無はわざわざオルゴールのお礼を言いに来てくれたのだろうか。でも、泥棒と仲が良いなんて知れたら迷惑がかかってしまうかもしれない。

何を馬鹿なことをしてしまったのだろう。あんなことしなければ良かった等と、アリアは気が紛れるものがなくてつい、余計な心配をしてしまった。

 雲の切れ間から見えてきた白い大地を小さな窓から覗き込みながら、アリアはため息をついた。

 この気持ちはもう表に出してはいけない。

 アリアは頭の中を切り替えて、今回ヒロに指示されている『仕事』のことに集中することにした。

 まずは音江探偵事務所に、アルバイトとして潜り込まなければならない。

ヒロが予め用意してくれた、坂本周さかもとしゅうという二十歳のフリーターになりすます。

実在する男の名前を借りる、その方が嘘は発覚しづらい。

当の本人は東京にいて、かち合うことはまずない。その辺はヒロが調べてあるのだ。

 書類に目を通して念入りに生年月日などを確認したあと、アリアは再びそれを鞄にしまって、到着するまでの間、仮眠を取った。

  

「二十歳だって? 見えないな、本当なのか?」

 東昇が目を見開いた。

 旭川の音江探偵事務所に、東昇が何故いるのだろうかと訝しげに思いながら、正体がばれやしないだろうかとやや緊張した面持ちで古びたソファに座っている男――坂本周、もといアリアの正面に、昇はどっかりと座っていた。

昇は音江探偵事務所所長を差し置いて、履歴書と坂本周の細面の男臭さがない顔とを見比べて品定めを始めたのだ。

音江所長はその横で眉間にしわを寄せている。

「東君、君は向こうで仕事を続けてくれ。担当していた浮気調査はいつになったら書類が整うのだね」

「いやー、なかなか尻尾を出さなくて。あの夫、絶対に怪しいんですが」

「調査期間は終わっている。今までのところでまとめてくれ」

「でも所長……」

「文句を言うな、さっさとかかれ」

「あの奥さん、きっと納得しませんよ。旦那の浮気の証拠をしっかり掴んでやるって息巻いていたから。あーあ、女性の調査員が少なすぎるんだよ。女性同伴の方が自然な感じで近づけてうまくいくんだよな。この前もうまくまかれてアウツだし。女の子を雇ってよ、所長」

「そうは言っても、きつい仕事だから女の子は直ぐ辞めてしまうし」

「僕は男だから採用してもらえませんか?」

「ああ、失礼したね。面接の途中だったのに。紹介状持参でお越しいただいているのに申し訳ないが、この不景気でね、アルバイトもそうそう簡単には雇えないんだよ」

 品の良い口髭を生やした音江所長は、人の良さそうな優しい瞳を曇らせて言った。

確かにあまり経営状態はよくないようだ。

ビルの三階にある事務所は隙間風が入ってくるのがわかるし、古びたソファはスプリングが効いていなかった。

繁華街に近くて立地だけはいいようだが、依頼人がそう多いようには見えなかった。

「僕は時給が低くてもかまいません。北海道に憧れて来たので、まだこちらのことにも疎いですし。それに探偵業というものにもとても興味があって、見習いでもいいです、何でもします、是非雇ってください」

 ここで働けなければ、元もこうもない。アリアは身を乗り出して、音江所長に懇願した。

「所長、こいついいかもしれない。細くて女顔だから女の格好で俺の仕事を手伝うってのはどうだろう? 薄給でいいんだったら、ためしに雇って、使えなかったらそこで不採用ってことで」

「まあ、そうだな。そこまで言うのなら。とりあえず、採用期間ということでよければ。坂本君、東君に付いてやってみなさい」

「ありがとうございます」

 昇に助け舟を出されて何とか第一関門を突破できたが、昇の助手は勘弁してほしいとアリアは思った。

おまけに、女性の姿になったらいくらなんでも昇に正体がばれてしまうだろう。

だが、まず雇ってもらわないことにはどうにもならない。

アリアは複雑な心境だったが、何とかなるさと楽観的に考えることにした。

  

「これ、着ないとだめですか」

「当たり前だ、さっさと着て来い」

 採用期間ということで、昇のアシスタントとして働くことになったアリアは、その日の夜に早速尾行に同行することになったが、黒のワンピースとロングヘアーのかつらを昇に突きつけられて困り果てていた。

「これも仕事のうちだ。かつらで顔は隠れるから、遠目で女に見えたら大丈夫」

 昇にそう言われて、アリアは渋々、事務所奥の所長室で着替えた。

五分後には黒いパンストの、すらりと伸びた細い足をスカートからのぞかせながら、アリアは俯いておずおずと昇の前に姿を見せた。

「……お前、充分女で通るぞ。しかし、化けたな」

 正体がばれやしないかと、どきどきしているアリアの側に近寄り、昇はへえーと感心したようにうなずいた。

「だけど、どこかで会ったことがあるような……」

「それより、パットがあった方が良いと思いますが」

 アリアは全く膨らみのない胸の辺りを指差しながら、おどけたようにそう言ってはぐらかした。

「ああ、そうだな。いくら女に見えてもそればかりはどうしようもないからな」

 はははと笑っている昇の反応に、気が付かれなかったようだと、アリアは内心胸をなでおろした。

 アリアはその後、化粧を施して、昇が用意したパットをつけた。

益々女装が板に付いてしまい、どう見ても男には見えなくなってしまったため、アリアはわざと大股で歩いて仕草も極力女らしくならないように気をつけた。

それは、ややこしく、何重にも嘘を重ねての至難の業だった。

 混乱する。かなり気をつけなければ尻尾を出してしまいそうだ。だがここまでしたからには、何が何でもやり遂げよう。

アリアは背筋を伸ばして気を引き締めた。


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