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23・悪魔の囁き

 アリアは動揺していた。まさか、宝石店で二人に会うなんて。

 ひょっとしたら、もう婚約指輪の相談でもしていたのだろうか。

 二人が一緒にいるところを見て、顔を背けたくなった。早く店を出たかった。

 しっかりと目を見開いていないと、涙が流れてしまいそうだった。

 アリアの姿で行動していて良かった。サングラスで表情を隠せたから。だが、佐藤美希は何を考えているのだろう。

 日中、十無と会っておいて、夜は坂本周に会うとは。

 昼間の電話はデート中にかけてきたということか。彼女の行動がわからない。

 アリアはワイシャツにエンジ色のネクタイを締めてVネックのセ―ターにショート丈のトレンチという出で立ちで、なるべく年下を感じさせないよう、ラフな格好を避け、服装にも気を使った。

佐藤美希に会うために、再び坂本周に早代わりしたアリアは、居酒屋で美希を待つ間、もやもやした気持ちで日本酒を飲んでいた。

 酒の力を借りないと、まともに美希の顔を見られないのではないか、そんな不安があったのだ。

待ち合わせ時間に十五分ほど遅れて、美希が現れた。

「遅くなってごめんなさい」

 そう言いながら、彼女はカウンター席に並んで座った。

 服装は夕方に会った時と同じタイトスカートのスーツなのに、今の美希はとこか雰囲気が違う気がした。

アリアは彼女をまじまじと見つめた。

「周ちゃん、どうかした?」

「いや、なんとなく感じが違うな、と」

「そう?」

 美希は微笑んで少し頬を染めた。

 ああ、そうか。化粧が違うのだ。

アリアははっと気がついた。

口紅の色が鮮やかなピンクになっている。それに、マスカラもしっかりつけているようだ。瞳が一層くっきりとして印象に残る。きっと夜用にメイクを変えたのだろう。

 アリアはただ単純にそう思った。

 美希はアリアと同じ日本酒を注文して、二、三品摘みを頼むと、乾杯した。

「今日は十無さんとは会わなかったんですか?」

 アリアはわざと聞いてみた。

「実は、さっきまで一緒にいたの。昼間、周ちゃんに電話を掛けたときも、トイレに行くふりをしてこっそりかけたの」

 美希は苦笑しながら、素直に白状した。

「じゃあ、今夜本当であれば十無さんと過ごす予定だったのでは?」

「朝から会っていたのよ? 夜も会ったら疲れちゃうわ」

 そう言って美希は、枝豆を口に放り込んだ。

 美希さんは、やっぱり十無のことが好きではないと言いたいのか。

 アリアは美希の気持ちがつかめずに、渋い顔をした。

「おかしなことを言っているって思っているでしょ。だから、今夜、私は周ちゃんとここにいるの」

 アリアはそう言われると、尚更わけがわからなくなり、美希の気持ちを量りかねて黙った。

「東君と私は……うまくかみ合わない。もうそれははっきりしたわ。でも、今日もそれを言い出せなくて。勝手よね、東京から呼びつけておいて」

 美希はため息とともに、苦い薬でも飲み込むように、日本酒をぐいと喉に注いだ。

「私の憧れの人、東君の悲しい顔は見たくないけれど、相手が傷つかないように断るなんて、無理よね。だけど、今日の東君を見ていると、ひょっとして東君は断られるのを待っているんじゃないかって思った」

 美希の言葉がいちいちアリアの頭に響いた。

だが、アリアには美希と十無に出くわした時の衝撃が、残像として残っていた。

いくら美希がうまくいっていないのだと言っても、二人が付き合っているという事実がある限り、美希の言葉を噛み砕き、すんなりと消化することができなかった。

 そんなことを言っても、美希は十無が嫌いなわけではないのでしょう。

 アリアは喉もとまで言葉がでかかった。

「美希さんは、どうしたいの?」

 知らず知らず、アリアは冷ややかな口調になっていた。

「……イブに、東君と会うの。その時に答えを出すわ」

 相談したいということだったが、彼女はもう自分で答えを持っている。ただそれを確認したかったのか。

「ねえ、周ちゃん。夜景の見えるところで飲みたい気分なの」

 どういう気分だ。

アリアは美希が何を考えているのかさっぱりわからなかった。

それに、ヒロに会ってDとの仲直りのお膳立てもしないとならないのに。

早くファイルを手に入れるために、音江槇とも、もっと近づいておきたいのに。

こんなところで時間を潰してはいられないのだ。

 アリアの目には、佐藤美希がとんでもなく我が儘に映っていた。それは、嫉妬も入り混じっていたのかもしれない。

アリアは会計を済ませて店の外へ出てから、帰るつもりで美希に言った。

「ごめん、今夜は仕事で疲れていて、早く帰りたいんだ。それに、もう美希さんは答えが出ているのでしょう?」

「いいえ、それは、……あなた次第なの」

 美希は立ち止まり、熱っぽい瞳でアリアを見つめた。

 今頃になって、アリアはようやく気がついた。

佐藤美希は坂本周が好きなんだ。

でも、私にどうしろというのか。坂本周は実在しない。美希さんの気持ちに応えることはできない。でも拒否をしたら、美希さんは十無の申し込みを受けるというのか。

 では、彼女に曖昧な態度をとれば、二日後のイブに、彼女は十無に何と返事をするのだろうか。

そして、『仕事』が片付いた後、坂本周が急に姿を消したら。もしかして、それでうまくいくのだろうか。十無も今までと変わらず、今までのように仕事に専念して自分を追いかけるだろうか。

「……わかりました。じゃあ、少しだけ飲みに行きましょう」

 アリアは美希の腰にそっと手を回して並んで歩き、近くにあるホテルの最上階のバ―に向かった。


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