2・渡せない贈り物
アリアは自分が罪作りな贈り物をしたとは、微塵も思っていなかったし、勿論、悪意があるわけではなかった。
東兄弟に渡したオルゴールは、悩んだ末にやっと選んだ物だった。
泥棒である自分がクリスマスプレゼントを渡すこと自体、おかしいかもしれないとは思ったが、回りの女性から貰うのではと思うと、何かをしたかった。
十無は仏頂面で愛想が悪く、昇はお調子者だが、二人とも長身で鼻筋も通っていて切れ長の瞳をしている。
黙っていれば外見は男前だ。きっと職場ではもてるに違いない。
だからといって、そうそう高価なものを渡しても変に思われる。悩んだ挙句、男性に贈るには可愛らしい、オルゴールになってしまった。
何がどうなるわけでもないけれど、自己満足だな。
アリアは十無のコートのポケットに小箱を滑り込ませた後、自嘲するように苦笑した。
これからヒロにいわれた仕事のために、旭川へ行かなければならない。
今回は柚子も友達と約束があるといって一緒には来ないし、クリスマスは少し寂しいけれど、あっちで一仕事したら、ヒロとゆっくりスキーでも楽しもうか。
アリアはそんなことを考えながら、マンションへ帰ったのだった。
翌日、アリアがまだ眠りについている早朝に、インターホンが鳴った。
眠い目をこすりながら、布団から顔を出して壁掛け時計を見ると、まだ七時前だった。
玄関先から、柚子の驚いたような声が聞えてきた。
昇ではなかったのかと思いながら、アリアが服に着替えていると、柚子が好奇心一杯の顔で、ぱたぱたとスリッパの音を立てて、部屋に飛び込んできた。
「十無が来たわよ。何かあったの? こんな早い時間に来るなんて」
「……さあ」
アリアはサングラスをかけながら、とぼけた返事をした。
あったと言えばあったのだが。昨夜、小箱を渡したことくらいか。柚子はそのことを知らないし、何を言われるかわかったものじゃないので、アリアは絶対に知られたくなかった。
案の定、勘の良い柚子は「ふうん、そう」と、疑い深そうにアリアを見つめた。
アリアは顔を見られて悟られないように、柚子の視線を避けて、さっさと玄関へ行った。
「どうしたの?」と、十無におはようも言わずに、アリアは唐突に声をかけた。
「いや、たいした用事じゃないんだが。ちょっといいか?」
十無はこちらを覗いている柚子の目が気になっているようで、話しづらそうだ。
アリアはコートを羽織って十無とマンションを出て、近くの公園まで歩いた。
十二月とはいえ、住宅街の庭先には鉢植えの花も咲いており、今朝は日もさして暖かかった。
銀杏の葉はすっかり落ちてしまい、寂しい感じがした。アリアはやはり雪がないといつまでも秋のような気がしてしまうのだった。
「……オルゴールありがとう」
「音がきれいでしょ。つい買ってしまったから」
自分でも変な言い訳だと思ったが、アリアにはそれ以上良い言葉が思いつかなかった。
「いつからあっちへ行く?」
「今日の午後」
「そうか、朝に来ておいてよかった。早い時間に悪かったな」
「何か用だったの?」
「うん、まあな」
十無は目を合わせずに両手をコートのポケットに突っ込んで何か言いたそうにしているが、はっきりしない。
「アリア、」
十無が言いかけたとき、タイミング悪くアリアの携帯電話が鳴った。「ごめん」と十無に断って仕方なく電話にでた。
ヒロからの、飛行機の到着時刻を確認する電話だった。
アリアは手短に用件だけ伝えて直ぐに電話を切った。
十無に何の話かと聞き返したが、「ヒロも行くのか? 悪さをするなよ」
と、冗談めかして言うと、「じゃ、俺はもう仕事に行かないとならないから」とちらりとアリアの方を振り返ってから、職場へ行ってしまった。
何を言おうとしたのだろう。
アリアはいつもの習慣で、携帯電話を持ってきてしまったことを悔やんだのだった。